第7話 就職氷河期世代が恐れられる理由は、これなのだという。へー、そうなの?

 飛び出していたヒビキの口は、上手い具合に、刺された。

 「ヒビキはまた、そんなことを考えていたの?走らなければならない現実を、将来の心理的空腹感を満たす希望的手段として、捉えていたんじゃないの?…お母さんたちの涙を、知っていたでしょう?走っても走っても、無駄になっちゃうことだって、あるんだからね?そりゃあ、走っていく中で、アビリティポイントは貯まり続けるわ。…それでも、お母さんたちは…。タイムラインを、踏み超えちゃったら、ゲームオーバーなのよ?今どきの若者たちには夢がないだなんて平気で言える、社会の困ったちゃんに、なってしまうわ。それって、とっても、不幸なことなのよ?努力が、無駄になっちゃうし…。お母さんね、ヒビキを、お母さんたちのようには、したくないのよ…」

 そこまで聞いて、母親の悲痛が、想像できていた。

 うらやましく、悲しいヒビキだった。

「俺も、新卒であったら良かったのにな…」

 自身を、呪っていた。

 新卒は、最高級の、ボーナスポイントだ。新卒であれば、いくつもの道を、楽しく楽しく、教えてもらえたからだ。

 が、ヒビキは、30歳を超えていた。

 新卒という、輝かしい肩書きは、手に入れられなくなっていた。

 「俺っていうのは、何なんだろうなあ?迷ってばかり、だよ…」

 何も、できなかった。

 「先が、見えないよな」

 大学卒業時は、友人ともども、相当、落ち込んだものだった。

 それがまさか、当時のその言葉が、今の新型ウイルス社会に重なってくるとは、思いもしなかったものだ。

 「学生寮のおばあちゃんが、女神様にも、思えてきたな。救われたよ。会っておいて、本当に、良かったぜ」

 そんな中、実家の近くに、苦しみの状況を楽しそうに感じていた、変わった男がいた。

 サリトという名の男、だった。

 彼よりも、10歳ほど年上だった。

 サリトには、ユリトという父親がいた。その親子は、常に、うれしそうだった。

 先月、大家にもらったミカンを届けるために実家に戻ったときにも、近所で会った。サリトは、軽々しく、見下してきた。

 「俺、新卒入社組サリト!新卒一括採用世代で、楽々コースだぜ!子どもの頃は、ゆるい教育で楽しく育ったもんな。生まれたときから、S NS生活で、楽しいよなあ。友達、ハッピー!良いか、ヒビキ?お前の母さんたちとは、ずいぶんと、違うだろう?社会に、見放されたんだってなあ」

 近所で顔を合わせれば、何かにつけて、嫌みを言われたものだった。

 「お前のお母さんたちは、泣きながら、俺たちに金を出すことになった。なあ、知っているか?それで、我慢させられて、我慢させられて、結局は、俺たち世代にポストを奪われたんだぜ?かわいそうになあ。いや、まじでかわいそうになあ」

 できるなら、会いたくなかったものだ。近所を歩くのが、怖くもなっていた。

 「また、俺の母さんたちへの悪口が、はじまった。嫌だなあ…。こんなことが、ずっと前にも、あったっけ。いつだったろうか」

 途方に暮れそう、だった。

 「ヒビキ?なあ、悪く思うなよ?」

 「…」

 「あの教育も何も、国が、決めたことなんだからな」

 「…」

 「俺たちとか、俺の親父の世代は、緩やかに育てられて、そんなに努力なんかしなくても、楽就なんだからな」

 「…楽就?」

 「おっと、済まない。お前のお母さんたちの世代には、似合わない言葉だ。知らないのも、当然だよな?」

 「…」

 「楽就。楽に就職の略、だ」

 「…」

 「お前の母さんたちもかわいそうだが、ヒビキも、かわいそうだよな。せっかく入れた大学には通えないで、1年間、ドボンなんだもんな」

 「…」

 「就職氷河期世代と同じって、ことだな」

 「就職の、何だって?」

 「ヒビキは、言葉を知らないな。就職に、マンモスの生きていたあの閉ざされた氷河期を合わせて、就職氷河期っていうらしいんだよ。それが、お前のお母さんたちが生きた社会だ。親父が、言っていたよ」

 「…」

 「かわいそうになあ。就職氷河期世代」

 「就職の…」

 「だから、就職氷河期だ」

 「就職…氷河期…」

 「良いか、ヒビキ?俺たちを勝たせる、最高の社会だったよな?おかげで俺たちは、勝ち組だ。親父も、な。ははは。その代わり、国は、慌てたらしいがな?」

 「なぜ、慌てたんだ?」

 「さあな?」

 「…」

 「ヒビキ?」

 「な、何?」

 「これで、会社は、国で最も優秀とされるお前の母さんたちを入社させなかった。だから、相当なリバウンドがきたんだってさ。良く、わからんな。俺たち新卒様が入って、競争もがんばりもなく、ゆるく、友達感覚で、ふわふわ楽しくやろうっていうのにな」

 「…」

 「なぜ、新卒一括採用が止まらなかったのか、知っているか?」

 「…」

 「ははは。俺的には、わからんがな。新卒様だもんなー。わからないよなー」

 「…」

 彼のほうは、黙っていた。なぜ、こんなことになってしまったのか、彼なりには、少しだけ、理解できていたからだ。

 今、会社で力を握っているのは誰なのか?それは、定年退職世代のおじさんだ。

 そのおじさんたちは、若かりし頃、新卒一括採用という、世界でも珍しい身分制度で会社に入った世代だ。

 「俺たちの世代が受けた身分制度は、若い奴らにも、与えよう」

 そう思ってしまうのも、当然だった。おじさんたちには、深く考える力が、なかったためだ。

 「自分自身の力で、考えに考え抜く力が、ない」

 ある世代と、非常に、似ていただろう。これが、社会的に何を引き起こすのかは、現実を見ればわかったことだ。

 定年退職世代のおじさんたちは、緩やかだった。

 「俺たちおじ様世代って、優しいよな?新卒一括採用を当たり前にしちゃえば、良いんだよ」

 定年退職世代のおじさんたちは、大変なことを、しでかしたものだ。

 新卒一括採用という謎の採用方法を続け、新しいおじさんたちを作り、そちらに、責任をなすりつけようとしたのだ。

 定年退職世代のおじさんたちは、鼻高々だった。

 「おお!良いことを、考えたものだ。こうして新卒一括採用制度を続ければ、平等じゃね?俺って、偉いね。定年退職して家庭に戻ったら、妻にも子どもにも愛されちゃうぜ。こいつは、良い隠れ蓑になるぜ」

 もちろん、就職氷河期組が入社してしまうのは、あってはならないことだた。

 おじさんたちには、就職氷河期の入社は、特に、許せなかった。

 なぜか?






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