第5話 学生寮の大家と、会う。たくさんの感情をコントロールしなくっちゃならない、この社会で…。

 就職氷河期世代は、勤勉だった。オンリーワンだとか、世界に1つだけの何とかだとかは、言っていられなかった。

 真面目に努力をして、晴れを待った。

 …が、つぶされた。

 晴れなんか、こなかったのだ。

 あんなにも、努力ができたのに。あんなにも、我慢をして待てたのに!

 その歌は、こんなふうに続いた気がした。

 「はつらつ便りを、待っているからね」

 本当に、きれいな歌詞、だった。

 いつか、そんなふうに…。

 そんなふうに、心に余裕をもって歌いたいと、願いはじめてもいた。

 「あ…」

 ここで、際どく引っかかるものが残った。

 はつらつ便りの、正体についてだ。

 「はつらつ便り、ねえ…」

 はつらつ便りは、待っていればくるものだったのだろうか?

 はつらつ便りは、待つより、自力で取りにいくものなんじゃなかったのだろうか?

 またまた意地悪に言ってしまえば、はつらつ便りがくるのを待っていると歌える人は、待っていれば何かがやってくる生活に慣れていたということなんじゃなかったのか?

 「おっと…。ヒビキよ、俺よ!しっかり、しろ!今は、他人のことをとやかく言っている場合じゃないだろう。走れ!」

 不満であったが故に、いらだった。

 ヒビキは、大学を卒業して15年以上が経つのに、大学の学生寮に住んでいた。

 学生寮の大家とは、ヒビキ曰く、駄菓子屋のばばあとは違いエレガントな方だったということで、気が合った。

 「ヒビキ君は、大変だねえ。そうかい、そうかい。また、私の学生寮に、やってきたのかい」

 卒業後、久しぶりに顔を見えたときにも、暖かく迎えてくれたものだ。

 駄菓子屋の神とは、雰囲気が、大きく違っていた。

 「…」

 「何も言わなくても、良いよ」

 「…」

 「ヒビキ君は、まだ、仕事が見つからないんだね?」

 「…ああ」

 「そうかい」

 「…」

 「あんなにも、懸命にやったのにねえ」

 「…ああ」

 「今の学生が、うらやましいだろう?努力いて、泣いて、挫折なんかしなくったって、会社に、入れるからね。就職氷河期が終わって、今は、学生優位の社会に、変わったからね」

 「…」

 「読み書き計算ができなくても、入社だ。一旦会社に入っちゃえば、新人教育とか何とかで、ペンの持ち方から、教えてもらえるそっていうわねえ」 

 「…」

 「それでも今の子は、入社できるんだよねえ。ヒビキ君たちが、かわいそうで、ならないよ」

 「…」

 「今どき世代の子たちを見て、かわいそうだっていう人がいるねえ。どういう根拠で、かわいそうに見えるのかねえ?そうは、思えないけれどねえ。ヒビキ君も、かわいそうだなんて、思ってはいないはずだ。図星、なんだろう?」

 「…」

 「ヒビキ君たちの世代なら、今どき世代の子たちがかわいそうだなんて、絶対に、思えるはずがないよねえ?…困ったねえ。どこを探したって、そう思える根拠は、見つかりはしないはずさ」

 「…」

 「そうだろう?」

 「…」

 「この新型ウイルスの社会で、学校にいけなくなったりで、かわいそうかわいそうだって同情してもらえる。駄菓子屋の商売人としては、悲しいね。同情するなら金をくれって、言いたいところだねえ」

 「う…」

 「でも、ねえ。おばあちゃんは、そうじゃないと、思うんだよ。本当にかわいそうなのは、ヒビキ君たちのほうだよ」

 「う…。う…」

 「今どきの子は、強いんだものさ」

 「うん…」

 「おばあちゃんのところに、きなよ。この学生寮は、おばあちゃん名義の建物になっているんだ。ここに、くればいいじゃないか」  「…」

 「何も、言わなくて良いよ」

 「う…」

 本格的に、涙が、出てきた。

 「今どき世代の若い子たちが、うらやましいねえ。うらやましいだろう…?」

 「…」

 「ここに、住みなさいな」

 駄菓子屋の神とは絶対的に違う、異次元の暖かさだった。

 「今は、少子化の世の中だしねえ。学生寮なのに学生が集まらなくって、一部屋、開いているんだよ。あんたのことは、良く、知っとる。ここに、住みなよ。…家には、帰りたくないだろう?家賃なんか、少なくたって、いいんだからさ」

 喜んで、受け入れた。

 その学生寮は、アルバイト先にも近く、すぐに、住み込みを決意した。

 実家には、一応、連絡を入れた。

 「厚生労働省主催の、職能訓練があるんだよ。ちょっとだけ離れたところに住むことになったんだよ、母さん?」

 良くもまあ、流暢に、母親を騙せたものだった。すぐに、OKを出してくれた。

 母親が、心配の声をかけてくれたので、少しだけ、気分が良かった。

 「…厚生労働省?悪いことに、巻き込まれたんじゃないのかい?だって、あの役所の、あの人たちなんだろう?」

 しかし、母親を納得させるしかなかった。

 「心配は、いらないよ。母さん?厚生労働省の人たちとは直接触れあわない訓練なんだだから。税金をだまし取られることも、心が汚くなることもないんだよ」

 「わかったわ」

 へんてこな放任主義が、功を奏したのだろうか?説得は、上手くいった。

 それでもまた、母親から、携帯電話あてに連絡がきた。何だかんだいっても、心配をしてくれていたのだ。

 「ねえ?さみしくは、ならないのかい?いつか良い日がくるだなんて思っていると、悪いことに巻き込まれちゃうんだからね?あなたたちは、雨のあとに、また雨が降って、気付いたら、若い世代の子にポストを奪われちゃったでしょう?」

 「ああ…」

 「あの若い世代の子たちは、何とも、思っていないのでしょうけれどねえ」

 「…」

 「今の若い世代の子たちは、自分たちが、誰から手当をもらって生きてきたのかを知らない。結果的に、誰の道をふさいじゃったのかも、知らない。きっと、知ろうともしないでしょうけれどねえ。あの子たちは、強すぎるものね。オンリーワンだし、友達でもないわけだし…。それに…」

 「母さん?その話のトーンを、下げよう」

 「…そうね」

 「この社会は、かわいそうの嵐なんだな」

 「そうね」

 「かわいそうだよ」

 「かわいそうね」

 「うらやましくて、かわいそうだ」

 「そうよねえ…。うらやましくて、かわいそうよね」

 「ああ。わがままにも、うらやましくて、かわいそうだ」

 「今の社会は、たくさんの感情をコントロールしなくっちゃ、ならないのねえ」

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