第18話 殺し屋×穴
「歩、入れたい?」
進藤歩は汗で滑るハンドルを握りなおした。道はしっかり憶えている、後ろに追っ手はいない。このまま行けば間に合うだろう。しかし、そう自分に言い聞かせれば言い聞かせるほど、心配が彼を押しつぶす。焦りがアクセルを踏み込ませる。
「何を、どこに?」
つい苛立ったような言い方をしてしまう。
そんなことを気にすることなく星街小鳩は言った。
「ここに、指を」
彼女が自分の脇腹を指さした。
制服のシャツは血が滲み、大きなシミとなっている。
星街小鳩は殺し屋である。最悪の殺し屋、夜鷹を殺し、最強の殺し屋となった。ただし、彼女は十五歳。ミスだってする。
今日のターゲットは強敵だった。裏社会では「カミキリムシ」と呼ばれた男だ。鋭いナイフと、それよりも鋭いセンスを持っていた。そのセンスが殺される瞬間に鋭くきらめいた。ナイフが小鳩の脇腹に突き刺さり、カミキリムシは笑みを見せて死んだ。
歩は穴の空いた彼女を車にまで運ぶと、闇医者の所に走らせているというわけだ。歩が焦るのとは対照的に、当事者の小鳩は平然としている。それどころか焦る彼を楽しんでいるかのようだ。
「指、入れてもいいよ。特別にね」
「……何で俺は特別なんだ?」
「だって、優しくしてくれるから」
歩は腹立たしかった。
彼女がふざけているからではない。
こんな風になるまで彼女を追いこんだ大人たちに対してだ。
痛いはずだ。苦しいはずだ。怖いはずだ。誰かが彼女を滅茶苦茶にして、そんなことも感じることができなくしてしまった。
「もっと自分の命を大事にしろ」
「価値があることは知ってる」
何も言えずに彼は黙った。人を殺し、命を金に換える。彼女にとって命は確かに価値があった。換金できる金銭的な価値が。
しかし、彼が言いたいのはそういう意味ではない。彼は前方に意識を向けつつ、説明の言葉を探す。考えれば考えるほど自分の言葉が陳腐に感じ、道徳の授業の戯言に変わる。
もし、命が大事というなら、彼女が奪った命はどうなる?
どんな命でも救われるべきなら、殺し屋は許されないのか?
彼は言い返した。
「俺は、お前が、大事だよ」
目の前の子が傷ついて気が付いた。
命は大事ではない。
命は平等ではない。
でも、彼女は、特別だ。
彼女は顔を歪めた。シートにうつぶせに寝転ぶと、シートに大きな汚れをつけた。今できる最大限の嫌がらせだ。
顔を伏せたまま、呟く。
「……サイアク。指を入れられた」
「入れろと言ったのはお前だ」
「私が言ったのは、体の話」
彼女は顔を横にそむける。
「ほんとサイアク」
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