第17話 殺し屋×アイドル

「アイドル、いいかも」

 そう子供に言われたら、どうすべきだろうか。大体の大人は苦笑いを浮かべながら頑張って、と応援するのだろう。

 もし、その子が殺し屋だとしたらどうすべきだろうか。

 ヘルトーキョー最悪の殺し屋、夜鷹を殺したのは彼女である。そうして、星街小鳩は最強の殺し屋となった。

ただし、彼女は十五歳。承認欲求に飢えている年ごろである。

 進藤歩は頭を抱えていた。

 彼女も冗談交じりに言っているのだろう。アイドルを目指す可能性は五パーセントに満たないはずだ。

 しかし、万が一彼女がアイドルを目指してしまったとしたら。彼女の気性は間違いなく、アイドルに向いていない。惨劇が待っている。炎上では済まされない。きっと後には草一本すら残らないだろう。

 想像するだけで彼の胃がキリキリと痛む。さっき食べたばかりのミラノ風ドリアが喉元まで戻りかけていた。

なんとしても阻止しなければならない。

 ただ、下手に否定するのはマズい。否定されたことで逆にアイドルになる意思を固めてしまうかもしれない。

「アイドルか。中々面白いが、いくつか課題があるな」

 相手の話に乗り、会話の流れで実現不可能という結論に誘導する。

「何があるの?」

小鳩はやってきたパフェにスプーンを入れた。

「まずどうやって放送するか」

「そこは大丈夫。裏社会にも動画配信サイトなんて山ほどあるし、裏社会のネットアイドルを目指そう」

 大丈夫か人類。彼は天にそう嘆かずにはいられなかった。

「でも、殺し屋が顔を出すのは……」

「裏社会の動画サイトは殺し屋の配信者もたくさんいるよ。ほら」

 差し出されたスマホにはポップな文字と決め顔をする配信者がずらっと並んでいる。楽しそうな画面なのに、皆目が死んでいる。

 歩はその中に雇い主の鴉を見つけた。

『年収三千万⁉今話題の殺し屋ビジネスとは?』

「あの、これ」

「興味あるの?応募しない方がいいよ。ほぼ詐欺だから」

「詐欺なのか……」

「裏社会で真面目な商売があると思う?」

 ちゃんと殺し屋を育成したとして、真面目な商売と言えるかは微妙な所だ。麻痺しつつあるが、殺し屋はまっとうな商売ではない。

「他に必要なものある?」

「スタジオとか」

「お金ならある」

「曲を提供できる人が」

「お金ならある」

おかしい。どう路線変更してもアイドルデビューの道にたどり着く。むしろ計画が形づいている。気づけば、最初は冗談だった彼女の顔も少しだけ引き締まっていた。

「店長が何と言うか」

 机に置いてあった彼女のスマホがピロリと音を立てた。

「コラボ動画つくろう、って」

「いや、でも、変だろ。殺し屋がアイドルって」

「職業差別だよ。好きな職業を選んでいいって憲法にも書いてある」

「憲法を盾にするな」

「でも、鴉が賛成するなら歩が拒否するのはおかしいよね」

「……」

 おかしい。殺し屋とアイドルは決して混ざらない水と油の関係のはずなのに、さも自然な話のように進んでいる。もしかして頭がおかしいのは自分なのだろうか。

 黙っている彼に対して、小鳩はスプーンの切っ先を向ける。目を細め、口元には不満が浮かんでいた。

「ねぇ、私がそんなにアイドルになるのが嫌?」

「……」

 突き付けられたのは最悪の二択だった。

 嫌、と言えば殺される。

 かといって、うれしいと言えば本来の目的が達成できない。その先には地獄が待っている。世界で一番終わっている二択。今死ぬか、ちょっとしてから死ぬかの違いでしかない。

「私ってそんなに可愛くない?」

 顔を寄せる。彼は直視できずに目を逸らした。

「……可愛い、とは思う」

「一応最後まで聞こうか」

 ここが正念場だ。この一言に全てを託す。

「困るんだ」

「困る?」

「その、俺以外に君の歌のファンができるのは」

 彼女の指からスプーンが落ちた。小さな金属音が二人の沈黙の間に響く。いつもの無表情で彼女はこう言った。

「この後空いてる?」

 

「本当にアイドルになるのか?」

「アイドルはいいや」

「あんなに乗り気だったのに」

「だって、ファンサービスって疲れるから」


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