第16話 殺し屋×ビジネス

 彼女は言った。

「殺し屋界に革命を起こしたい」

 彼は答えた。ファミレスにいる他の人に聞こえないように。

「これ以上何を変えられるんだ?」

 ヘルトーキョー最悪の殺し屋、夜鷹を殺したのは彼女である。そうして、星街小鳩は最強の殺し屋となった。

 ただし、彼女は十五歳。横文字に魅力を感じてしまう。

 彼女が急にビジネスパーソンのようなことを言い出したのには理由がある。一昨日の夜、連絡ミスによって若干の待機時間が生まれてしまった。退屈は彼女の最も嫌うことであり、引き金も大分軽くなる。歩もそういった危機的な状況を想定して準備していた。

 スマホに入れたネットフリックスである。今月のデータ通信量と引き換えに、彼は命の危機を乗り越えたのだった。

 意外にも彼女が選んだ映画はアクションものではなかった。貧しい家に生まれた若者が、奇抜なアイデアと情熱で成功する。こんな上手くいくかよ、ぼやく彼とは対照的に、彼女は真剣な顔で画面を見つめていた。

 まさかそんな野望を抱いていたとは夢にも思わなかった。

「最初から諦めている人にイノベーションは起きないよ」

 イノベーションの意味を知ってるか、とからかおうとしたが、止めておいた。言えば、彼のハートが(物理的に)ブロークンされてしまうから。

「他の方法とかあるか?」

 彼女は腕をテーブルに置いた。ビジネス雑誌でよくみるあの手つきだ。彼女はいつもの無表情のままだが、心なしか自身に満ち溢れているようにも見える。

「私が思いついたのはサブスクの導入。一月定額で殺し放題。三十一種類の殺し屋から自由に選べる、みたいなのはどう?」

 歩は顔を伏せる。いくらクールな見た目をしていても、彼女は中学生である。さらに言えば、あまり勉強が得意なタイプでもない。適当に知ったカッコいい言葉に飛びついたという所だろう。

 どういえば彼女を傷つけず、自分が(物理的に)傷つかずにすむか。骨董品を扱うよう丁重に話をする。

「それは難しいんじゃないか……」

「は?何で?」

「一月に何人も殺したい人とかあんまりいないだろ。それに三十一種類の殺し屋がいても、殺し屋に選ぶ楽しさとか求めないし」

「一日一種類選べるのに?」

「アイスクリームじゃないんだぞ」

「はぁ、わかりました。もっと凄いの考えるから、ちょっと待って」

 それから五分もの間、彼女は一言も喋らずに深い思索にふけっていた。

 そして、彼女はある一つの革命的なアイデアを思いついた。

「一人注文したら、もう一人無料ってどう?」

「……急にスケールがしょぼくなったな」

 しかもさっきの問題を解決できていない。ちょうど二人を殺したいと思っている人など多くはないだろう。

 そもそも殺し屋という商売は商品の拡張性が少ない。そこの部分を変えるのは難しいだろう。

「売り物じゃなくて他の部分を変えた方がいい。周りよりも目立つ広告を作るとか。固定客、まぁ、ファンを増やすためにサービスをよくするとか」

 もっとも、普通の宣伝はヘルトーキョーといえど難しい。裏サイトを使うか、それとも、裏社会の住人とコンタクトを取るか。

 なんにせよ、彼には関係ない話である。適当に話を盛り上げて、彼女の機嫌がよくなるだけで充分だ。

「んー、目立つ、ファンを増やす。……アイドル?」

「……ん?」

「アイドル、いいかも」

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