第8話 殺し屋×動物

「なんで殺し屋って皆動物の名前なんだ?」

 いつもの仕事の帰り道、深夜のドライブの最中。遠藤歩は、ふと思いついた疑問をそのまま口にした。

 助手席に座っていた少女がスマホから顔を上げた。眠たげな目をこすりながら、彼女は言う。「いきなり何?」

「お前は小鳩で、この前会った婆さんの殺し屋は鷺って名前らしい。殺し屋は生き物の名前を付けるきまりでもあるのか?お前の師匠も夜鷹だ、し」

 慌てて口を閉じる。彼自身も疲労がたまっていたらしい。恐る恐る彼女の表情を伺うも、いつもの仏頂面のままだった。どうやら彼の話の半分も頭に入っていないらしい。

 最悪の殺し屋、夜鷹を殺したのはその弟子である彼女だった。こうして星街小鳩は最強の殺し屋となった。

 ただし、彼女は十五歳。十一時は眠る時間なのであった。

 彼女は背もたれを限界まで倒してそこに寝転ぶ。華奢な彼女とはいえ、寝るには少し窮屈そうだ。

「色々便利だからね」

 意外にも彼女は話に付き合ってくれた。目を閉じて口だけ動かす。

「殺し屋って、堂々と宣伝するわけにはいかないでしょ」

「そりゃそうだ」

 CMがあるなら少し見てみたい気もするが。

「だから、自分がどんなタイプの殺し屋かすぐわかるように名前で表現するの。ネットがある今じゃあんまり関係ないけどね。お約束、ってやつ」

「映画とかだと狼って名前が多いが」

「狼はフリーランスの殺し屋のこと。安いけどその分仕事が悪い。殺し屋を雇いたいなら初心者はハチかアリがいい。集団だから高いけど失敗は少ない」

「覚えとくよ」

 その知識が活かせる場面は彼の人生には皆無である。しかし、こうした無駄な知識こそ疲れ果てた夜の話題にふさわしい。気の赴くまま、彼は質問を重ねる。

「他にもあるのか?」

「うん。サソリとか蜘蛛の名前は大体毒使いだね」

「ほうほう」

「あとよくいるのは蝶とか」

 蝶と名乗る殺し屋。彼は少し考え、どういうタイプの殺し屋か推測した。「色仕掛けが得意、とか」

「よくわかったね」

 彼女にしては珍しい素直な称賛。

気をよくした彼が言う。「中々面白いな。他に何がある?」

「タカ」

「狙撃手だな」

「正解。じゃあ、フクロウ」

「夜に標的を襲う」

「いいね。次はちょっと難しいよ。クラゲ」

 クラゲという生物から連想される殺し屋。一分ちょっと考えた彼は肩をすくめた。「紐で首を絞めるのは、ちょっと違うか」

「電気を使うの。できるだけ苦しめたいときにオススメ」

「なるほどなぁ」

「最後。チワワ」

「チワワ?」

 あのくりっとした目が可愛らしい生き物。とても殺し屋と結びつくとは思えなかった。「さっぱり思いつかん」

「少年の殺し屋。鴉が好きでよく集めてる。あいつ変態だから」

「鴉って店長のことか」

「そう。殺し方が汚いから鴉。気持ち悪くなるからあいつの殺しは見ない方がいい。あいつくらい有名になると自分だけの名前を名乗るわけ。その名前で客がつくから」

 彼は一つ大きな欠伸をした。彼女の声もどんどんとか細くなっていく。眠りに落ちかけていた彼女に、歩は最後の疑問を投げかけた。

「お前はなんで小鳩にしたんだ?」

「名前を付けたのは夜鷹なんだ。願いを込めてね」

「願い?」

 その言葉は小さかったが、確かに彼の耳に届いた。

「世界平和」

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