第6話 殺し屋×鍵

「これ、どう思う?」

 彼女が手渡したのは小さな鍵だった。先端が少し錆びつき、古ぼけた番号札がついている。二十九番、それが鍵の名前だった。

「鍵だな」

「見ればわかる」

「誰のだ?」

「雲雀のポケットに入ってた」

「……知らないし、知りたくもない」

 雲雀はヘルトーキョーにいる殺し屋の中でも、極めて特殊だった。誰かから依頼を受けるのではなく、自分から目標を定めて殺す。殺しを選ぶ殺し屋だ。夜鷹から教えを受けた雲雀の得意分野は煙と炎。彼が起こしたテロは数えきれず。最後にはヘルトーキョー全土を巻き込んだ爆破テロを計画していた。

 それを止めたのが彼女、小鳩である。彼女は雲雀と相対し、とどめを刺したのが昨日のこと。

 最悪の殺し屋、夜鷹を殺した星街小鳩は最強の殺し屋になった。ただし、彼女は十五歳。謎には劇的なドラマがあると考えてしまう。

「でも、気になるでしょ?」

 気にならないと言えば嘘になる。世界最凶の殺し屋の秘密。誰にも理解されず、理解を求めなかった男。それがテレビの話ならかじりついて見ていただろう。

「もし仮に興味を持ったとしても、鍵の差しどころが見つかるとは思えん。このヘルトーキョー中にどれだけ鍵穴があると思う?二人で一つ一つ確かめるのか?」

 彼女は不敵な笑みを浮かべた。

「二人じゃない」


 いつものように閑散とした喫茶店の中、店長は流れている音楽にじっと耳を澄ませていた。来客者に目を向けることさえしない。

「来たのか」

 そう小さく呟いた。

「接客が最悪。ネットに悪口書くよ」

「お好きにどうぞ。客はお前らだけでいい」

 店長の本業は殺し屋のあっせんである。この店を利用するのも彼女が雇った殺し屋たちだけだ。誰も来ないようなさびれた場所に店を構えているのもそれが理由だろう。

「ご苦労だった。報酬はいつもの口座にふりこんでおこう」

「それを聞きに来たんじゃない。目的はこれ」

 店長は彼女を見ることなく、投げつけられた鍵をキャッチした。

「これは?」

「雲雀が持ってた鍵」

「なるほど。私に探し物をしろと言うんだな」

「気になるよね。……恋人の隠し物をさ」

 歩は目を見開き、店長の方を見た。店長の顔はいつもと同じだ。ただ、気丈な態度の中にも少しだけ疲労の色が見える。

「……わかったよ。探しておく。だから、今日はもう帰れ」

「約束ね」

 背を向けた小鳩に、歩は続こうとして呼び止められた。

「歩、お前は少し待て。話がある」

 小鳩の姿が消えてから、店長は一つ大きな息を吐いた。カウンターにもたれかかり、座っている歩と目線を合わせる。

「あいつは楽に死ねたか?」

「ええ、一発でした」

 小鳩が放った正確無比な弾丸。それは一ミリもずれることなく、青年の眉間を貫いた。

「そうか。ならいい」

「店長、その」

「余計な詮索はするな」

 彼女は鍵の入った自分の握りこぶしを見つめていた。

「子供の良い所は純粋さだ。混じり気がないとも言う。純粋な好意、純粋な殺意。彼は素晴らしかった。どこまでも純粋だった。まるで一つの炸薬、ダイナマイトが人の形をとっているようだった」

 彼女の独白は、一つの詩の朗読のようだった。よどみなく、すらすらと言葉を重ねるのはずっと心に留めていたからなのだろうか。

「私は鴉だ。光り物に目がないのさ。巣にしまうんだ。輝きが消える前に。……閉じ込めておきたかった。この世界は不純物が多すぎる」


 雲雀という男について、歩はわずかなことしか知らない。新聞で知ったこと、テレビで見たこと、死ぬ直前のやせこけた顔、死に顔。

 彼女は近くのコインロッカーと雲雀の鍵を見比べた。

「ここみたい」

 雲雀が訴えたことはシンプルだ。

 革命を起こす。

 苦しむ者、奪われる者、殺される者を救う。

 資本家を倒し、政治家を倒し、体制を覆す。

 険しい理想の道を登り、頂上に彼とその仲間が到達する。誰も傷つかない世界を作るのだ

彼の胸には真っ赤な理想が燃えていた。

暗闇に追いやられた人々を照らし、温め、勇気づけた。

一部の層には魅力的に映った。自分の生活をマシにしたい。明日のパンが欲しい。ゴミを漁る日々はもうたくさんだ。

逆に言ってしまえば、それが彼らの限界だった。小さな目標を達成して彼らは満足してしまう。誰も雲雀と一緒に頂上を目指そうとはしなかった。

 彼の炎が激しさを増す。たき火のように暖かった彼の行動も、延焼を続ける火事のように過激になっていく。

 反逆者を殺した。自分たちに協力しない者も殺した。理想を分かち合えない者を殺した。腐った資本家のビルを爆破し、怠惰を貪る無知な大衆を劇場ごと燃やした。彼の激情は止まらない。火はより一層勢いを増し、薪の分だけ燃え盛る。

 気が付けば彼の周りには誰もいなかった。

 火と炸薬だけが彼の味方だ。

 顔の半分が焼けても、指が炭化しても彼は諦めない。

 灰になるまで。

「……なぁ、やめないか。もしかしたら中に爆弾が入ってるかもしれん。開けた瞬間ドカン、二人仲良く朝刊のトップを飾る」

「大丈夫だよ。罠も見当たらないし」

「開けた瞬間に気付いても遅いぞ」

「意気地なし」

 そう、歩は臆病だった。残酷な現実を知ったとき、人の命がいとも容易く奪われると気づいたとき、一歩進める者と逃げる者がいる。彼は逃げ、雲雀は立ち向かった。

鍵の役割は隠すためにある。だから、鍵のかかった部屋は心に似ている。開ければ彼を知ってしまう。狂気に似た純粋さに、怒りに胸を焼かれてしまう。そんな恐れが彼にはあった。

 彼女は鍵穴に鍵を差し込むと右にひねった。

 銀色の扉がゆっくりと開く。

「何これ?」

 緑色の小さなサボテンが、鮮やかなピンク色の花を咲かせていた。


「結局全ては謎のままか」

 結局、彼女はそのサボテンを持って帰ることにした。植木鉢を抱え、サボテンについて調べ物をしていた。

「当たり前。死んだ奴の気持ちなんてわかる?」

「じゃあ、なんで探そうしたんだ?」

「鍵があるなら開けなきゃ。それだけ」

 よくわからないが、彼女にとっては一つの正当な理由足り得る様だ。それなら、詮索する必要もないだろう。死人の気持ちなど分からないが、十代の女の子の気持ちほど複雑なものもない。

「この子を誰から隠したかったのかな?」

 鍵には二つの役割がある。

 一つは隠すため。

 そしてもう一つは。

「閉じ込めておきたかったのかもな」

 小鳩はくすりと笑い声を立てた。

「歩の世界はサボテンが歩くの?」

「好きに言え」

 スマホをいじる彼女の指が止まった。

「サボテンって花言葉あるんだ」

「どんなのだ?」

「えっと、『燃える心』、『枯れない愛』、『偉大』」

 一拍置いて彼女は言った。

「『あたたかい心』」

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