第3話 殺し屋×ゾンビ
古いホラー映画だった。今では嘘っぽく見える特殊メイクのゾンビが、次々と人を襲っていく。その緩慢な動きでゆっくりと人間たちを追い詰めていく。
小鳩は部屋にあったスナックを貪りながら、画面を見つめていた。座っているベッドがスナックのカスまみれになっても気にすることなくテレビに集中している。
歩もテレビに視線を合わせているものの、彼女ほど集中してはいなかった。どちらかというと、床にあるものを見たくないからという理由の方が強い。
段々と勢力を増していく血だまりが彼の爪先を汚した。慌てて彼は足を床から離す。高級ホテルの一室は今まさに事故物件と化していた。どんなに死体を見ても慣れることは無い。
組織の金を使い込んで私腹を肥やしていた男。その丸々太った彼を屠殺したのが彼女だ。
彼女、星街小鳩は最悪の殺し屋を殺し、最強の殺し屋になった。ただし、彼女は十五歳。退屈を嫌う年ごろだった。
掃除屋の到着が遅れ、彼ら二人は待ちぼうけを食うことになった。
「彼、皆に嫌われてたんだって」
「そりゃ横領なんてする奴はな」
「歩もしたことあるんでしょ。友達になってあげたら?」
「友達になろうにも、もう遠くに行っちまったよ」
「急いで行けば間に合うかも」
冗談では無かった。彼は別に彼女の相棒ではない。どちらかといえば玩具に近い。飽きたら捨てる。ムカついたら殺す。借金を返済するまでは彼の命などレジ前にある風船ガム以下の価値だ。
彼はテレビに活路を見出した。ホテルのテレビにはいくつかの映画のアーカイブがあった。有名な映画は無かったが、それでも退屈しのぎにはなるだろう。
意外にも彼女が選んだのは古いホラー映画だった。
「殺し屋の映画もあるぞ?」
「それ、何が楽しいの?」
そりゃそうか。歩は不思議と納得した。彼女にとって殺し屋なんて歯磨きと同じくらい日常的なものだ。一般人が感じる殺し屋のスリルなんてみじんも感じないのだろう。
「殺し屋の映画なんて嘘っぽいしね」
ゾンビの方が嘘っぽいと思うのだが、あえてそれは指摘しなかった。ゾンビは死んで蘇るが、彼は死んだらそこで終わりだ。
そんなわけで彼女はゾンビ映画を見ていた。
「面白いか?」
「退屈。ゾンビなのに走らないし」
「ゾンビは走らないだろ」
「走るよ。夜鷹と見た映画だと走ってた」
「そりゃ、偽物のゾンビだ。ゾンビはノロい方が正しい」
男、進藤歩には譲れないものが三つあった。
酢豚にパイナップルは入れない。
愛情よりもお金の方が大事。
そして、ゾンビは走らない。
彼女は片方の目だけを歩に向けた。彼の発言に若干興味を持ったようだ。法則性がないように見えて、彼女は物事に一つの評価軸を設けている。退屈か、そうじゃないか。彼の発言は後者だった。
「走るゾンビの方が怖くない?」
「走って襲ってきたらゾンビじゃなくたって怖いだろ。わざわざゾンビにする必要がない」
「でも、こんな遅いゾンビに捕まるわけないじゃん」
「それが良いんだよ」
「?」
「遅いゾンビだからこそ捕まりたくないんだ。こんな遅い奴らに追いつかれて殺される。殺されたらこんなノロマな化け物になる。そういうスリルを楽しむんだよ」
「……なるほど」
画面では一室に閉じ込められたヒロインが主人公の助けを待っていた。その願いは叶わず、ゾンビが彼女の肉に歯を突き立てた。
「でも、やっぱり走るゾンビの方が好きだなぁ」
そのとき、誰かが扉をノックした。見れば掃除屋が扉の前に立っている。彼は扉を開けようとそちらに歩いたが、ドアノブの少し先で立ち止まった。
彼女は首を傾げた。「出ないの?」
画面では主人公とゾンビの最後の闘いが始まっていた。
「あと五分くらい待ってもらおう」
「鴉が怒るよ。殺されるかも」
「そうしたらゾンビになるさ。お前を襲う。ゆっくり歩いてな」
彼女は小さく笑い声を漏らした。「絶対無理」
「好きに言え。いつか追いついてやるから」
「無理だって。殺し屋はみんなゾンビなんだもん」
闘いの果て、彼は住処としていたショッピングモールを逃げ出した。車の燃料は残り少ない。自殺しようと銃を構えたときに、結婚指輪が視界に映った。彼は窓から銃を投げる。
映画のラストシーン。彼は言った。
生きよう。世界が僕に許す限り。
「殺し屋はね、最初に自分を殺すんだ」
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