第122話 ドーヤの町

移動二日目。今日は快晴のお陰で予定よりも早いペースで進んでいる。

「うん、やっぱり今日のお茶はおいしい。」

「今日のお茶は、って昨日のは美味しくなかったということがバレバレじゃん。」

「ははははは。」


昨日の夜、ボーボーの木皮を煮詰めた後、粗熱が取れるのを待ってからビョーン花と香りの強い花茶を浸し、旨みと効果を抽出したのだ。そのおかげでお茶の旨みを十分に引き出すことが出来たらしい。

「もうすぐドーヤに着くよ。」


レイの言葉で下を見ると海沿いの林の中に集落が見えた。街というよりは小さな村といった感じだ。太陽が海に迫り赤く美しい光が海を染めていた。海に浮かぶ無数の氷が夕陽に染まった姿は幻想的だ。


「エンヤ族に関する情報を仕入れつつ、どこかでご飯食べようか。」

「そうだね。」

村人を驚かせないようにと砂浜に着陸し、歩いて村へ向かおうとすると泣き叫ぶ子供の声が聞こえた。4歳くらいだろうか。その子供は何かを叫びながら必死にこちらに駆けてくる。ただ事ではない様子だ。


「どうしたの?」

「助けて!!おにいちゃんが・・・船着き場のとこっ、海に落ちて・・たすけてっ。」

その言葉を聞くなりレイが船着き場へ駆けだした。

「君はここで待っていて。いい?動いちゃだめだよ。」

私はその男の子に言い聞かせるとレイの後を追った。



私が船着き場へ駆けつけると、流木にかろうじて捕まっている少年をレイが魔力で船着き場に引き寄せているところだった。

「くっ。」

きつそうにレイが声をあげた。飛獣石に魔力を与えながら飛んできた直後だ。レイの魔力は相当消耗しているはずだ。

「レイ、回復薬を!」


私はバッグから回復薬を取り出すとレイに渡した。レイは回復薬を一気の飲み干すと両手を海にかざした。少年の体がググッと持ち上がり海から浮かび上がるとこちらへ向かって飛んでくる。レイはその体をしっかりと受け止めた。

「おい、大丈夫か?」


レイが少年の頬を叩きながら声をかける。意識は無い。レイが呼吸を確認している間に私は脈を確認した。

「脈はある。心臓は動いている。」

レイは少年の体を横にし、顎をあげて軌道を確保した。

「おい、しっかりしろ!」

背中をさすりながら声をかけると、げほっと水を吐き出して少年が目を開けた。


「レイ、この寒さだ。体温を上げないと。」

レイが少年の濡れている服を手際よく脱がせていく傍ら、私は少年の体を布で素早く拭き、私のコートを被せた。その上からレイも自身のコートで少年を包む。

「これ、飲めるか?体が温まるから飲んでほしい。」


私が少年にお茶を渡すと、少年は震える手で恐る恐るお茶を飲み始めた。その少年をレイが抱えて、先ほどの男の子の元へと戻る。

「お兄ちゃんっ!!」

男の子が私たちを見て駆けてきた。

「お兄ちゃん、大丈夫?」

「うん、ユウ、助けを呼んできてくれたんだな。ありがと。お兄さんたちも助けてくれてありがとう。」


「良かった・・・。うぇ、ヒック、うえぇえ~ん」

「よく頑張ったな。送っていくよ。家はどこ?」

私は、ほっとして泣き出した男の子を抱っこすると、レイと一緒に村へと歩き出した。




「本当にありがとうございます。メイリン、すぐにお風呂の用意を。」

着いたのは村の端っこにある古びた一軒家だった。家のあちこちに自分で修繕したと思われる痕が見られ、裕福とは言えなさそうだ。

「もし宜しければ、お風呂のお湯を沸かすのを手伝いましょうか。早めにお風呂に入れた方がいいと思うので。」


魔力を使えば火の勢いを増幅することが出来、お風呂も早く沸く。震えは止まっているもののまだ青白い顔をした息子を見て、父親がお願いしますとレイに頭をさげた。

「僕が案内するよ。お風呂はこっちだよ。」

ユウがレイの手をつかんで引っ張っていく。

「どうぞあなたも中にお入りください。外は寒かったでしょう。お二人のコートもお借りしてしまって。」

「お邪魔します。コートのことはお気になさらないでください。助かって良かったです。本当に。」


家の中は五角形のようになっており5つの部屋がある。それぞれの部屋は簡単な仕切りで仕切られており、中央で繋がっている。そして中央には床がなく、そこに大きな焚火を作ることで全ての部屋が暖かくなるようになっていた。

「大したものはありませんが、どうぞ。」

「ありがとうございます。」

父親がくれたお茶を焚火のそばでいただく。

「美味しい。」


口の中に広がるフルーツの香りが、外の寒さを忘れさせてくれる。ベルが匂いにつられて顔を出したので、少し分けてあげた。

「おや、珍しいペットですね。」

父親が目を細めて、ベルにおいでと手を伸ばす。

「これはククという果物を乾燥させたフルーツティなんですよ。お口に合って良かった。」

「パパ!パパ!あのお兄さん凄いよ!もうお風呂が沸いた!!何この動物っ。」

ユウの興味津々の視線に危険を感じたのかベルが飛び立つ。


「こら、ユウ、家の中は走らないのっ!」

「ほう、それは凄いな。メイリン、タイラーの様子はどうだ?」

「お風呂に浸かったらすっかり元気になったわ。今頃鼻歌でも歌っているわよ。全く、海に落ちるだなんて、お二人がいなかったら死ぬところだったわ。」

メイリンが呆れたようなホッとしたような声で言った。


「お二人はこの辺では見ない顔だが、旅人さんかな?」

「はい、エンヤ族の方にお会いしたくて来たのですが、どこに行けば会えるかご存知ですか?」

父親から渡されたお茶を受け取りながらレイが答える。


「エンヤ族か。彼らは定期的に居場所を変えるから今はここにはいない。だがもう2、3日もすればこの村の近くにくるだろう。大したおもてなしも出来ないが、もしよければそれまで家に泊っていくといい。エンヤ族が戻ってきたら案内しよう。」


「いいのですか?」

「息子の命の恩人だ。何もしないでは帰せないよ。」

レイが私の方を見たので頷いた。

「「お世話になります。」」

こうして私たちはジェシーの家にお世話になることになった。





「いやー、いいお湯だったよ~。んふ~、うおっ、何この動物っ!」

顔を真っ赤にしてポカポカになったタイラーが鼻歌を歌いながら戻ってきた。さっきまでコートにくるまれてぶるぶる震えていた人物とは思えない。その姿を見てジェシーがため息をついた。そして何か言おうとしたところで、メイリンのお小言が始まった。


「タイラー!!どうして勝手に海なんかに行ったの!海に落ちるだなんて旅人さんたちが助けてくれなかったら死んでいたわよ!だいたいアンタはいっつも落ち着きは無いし、おっちょこちょいだし、心配ばかりかけるし、よく考えずに行動するんだから!」


「ちゃんと考えたよ!考えて、天気も良かったし海に美味しい食べ物でもないか見に行ったんじゃないか!」

「・・・見に行っただけじゃないよ。本当は海に出ようとしていたんだよ。」

「こらっ!ユウ、余計なことを言うな!」

「タイラー!導きの葉がないと海には出られないの。それはタイラーだってよく分かっているでしょう!」

「分かってるよ!でも、このままいつまでも漁に出られないんじゃ・・・。」


突然始まった言い合いにどうしたものかとオロオロしていると、ジェシーがパンっと大きな音を立てた。いつの間にかキッチンに移動していたジェシーが鍋を叩いたのだ。その音に子供たちが黙り、ベルが消えた。


「お客様の前だぞ。もう少し、静かにしなさい。タイラー、お前の気持ちはよく分かるが導きの葉無しで漁に出るのは危険すぎるのだ。氷に船がやられてしまう。」

「その導きの葉というのはどこにあるのですか?エンヤ族が来るまで時間もありますし、手に入れるお手伝いならぜひ。」

私がそう言うとメイリンが表情を曇らせた。


「伯爵様のお屋敷にはあると思うの。でも、手に入れる為には私がこの家を出て伯爵様の元へ行かなくてはならない・・・。」

「それはどういうことですか?」

ただならぬ空気にレイが尋ねた。


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