第121話 レイと調合

食後、キッチンに立ち薬剤を並べた。手元にあるのは


ガル鹿の角 【体力回復効果 3】

空雷鳥の片目 【遠見効果 4】

ビョーン花 【保温効果 3】

ボーボーの木皮 【熱効果 3】


まず、ガル鹿の角を粉末にして舐めてみると独特な味がした。この味はシナモンだ。これは嬉しい。シナモンはお菓子作りなんかによく使われる。スイーツのレシピがどんどん頭に浮かびワクワクする。あとでお菓子を作ろう。体力回復効果のあるお菓子が作れれば、道中、役に立つはずだ。


それから、ビョーン花とボーボーの飲み物も作ろう。簡単で美味しいレシピを探さなくては。

問題は空雷鳥の目だな。初めて見る効果だったし、役立つかもしれないという思いは勿論あったが好奇心の方が強かった薬材だ。


私はリトルマインをキッチンに置くと先生を呼んだ。

「先生、聞こえま」

「どうしました?」

早い。全部言い終わる前に先生の返事が聞こえた。きっと調合台の上にリトルマインを置いて研究をしている日々なのだろう。


「先生、ちょっとご相談があるのです。」

「どうしたのですか?」

「空雷鳥の目を手に入れたのですが、どんなふうに調合しようかと考えておりまして。」

「あら、なかなか珍しいものを手に入れましたわね。」

「先生は空雷鳥の目を調合したことがありますか?」


「ありますよ。確かどこかの貴族に頼まれて腕力を強化する効果のある薬材と組み合わせたはずです。一本飲めば視力と腕力がアップするので狩りには良いと思ったのですが、使った者の命中力が残念でしてね。周りのものを破壊しまくったと聞きましたわ。薬はちゃんと使える方にお届けするのが良いですわね。」


先生はそう言って笑った。


「なるほど・・・。確かに命中力のある人が使えば便利そうですね。」

「そうでしょう?ただ、遠くのものに命中させるには腕の力だけでは難しく、高いコントロール力も必要になる。なんとなく調合するのではなく、どういう効力の持つ薬にしたいか、誰が使うことを想定するのか、よく考えることですわね。急いで調合しなくても良いのではなくて?」


確かにその通りだ。珍しい薬材だからこそどういう効果が欲しいのか、誰が使うか、ちゃんと決まってから調合するのが良いだろう。

「そうですね。先生、ありがとうございました。」





先生とのリトルマインを終えた後、改めて薬材をみた。

パイを作りたいな。ガル鹿の角の味がシナモンにそっくりだと思った時から思っていたのだ。


果物、何か買ったっけ?


食材袋を漁るとマキマキの木の実が出てきた。そういえば、レイが何か買っていると思っていたらこれだったのか。桃によく似た味のこの実なら、パイにもよく合うはずだ。


「レイ、このマキマキの木の実使っていい?」

対面式のキッチンからレイに声をかけると、レイはちょうどバッグの中身を整理しているところだった。

「うん、いいよ。ライファが好きだから買っておいたものだから。」

「ありがとう。美味しいのを作るよ。」

「うん、楽しみ。」


レイがニコッと笑ったのを見て視線を戻した。

サワンヤを粉末にし、2センチくらいに切った羊乳凝をたっぷり加える。洋乳凝を切り崩すように混ぜ、羊乳凝が小指の爪くらいの大きさになったところで冷水を入れひとまとめにする。あまり混ぜすぎないようにするのがポイントだ。


その後、コオリーンを呼び冷やしてもらう。

冷やしている間にマキマキの木の実を食べやすい大きさにカットし、お酒と砂糖を足して煮る。その間にボーボーの木皮を煮出した。



「美味しそうな匂いがする。」

レイがキッチンに顔を出した。

何を作っているの?と言わんばかりの表情だ。

「マキマキの木の実を煮ているからそれかも。パイを作ろうと思ってるんだ。」

「パイ?」


「うん、サクサクしたクッキーっぽい生地でマキマキの木の実を煮たものを包む。サクとろの美味しいスイーツなんだ。」

「おいしそう・・・。何か手伝おうか?」

「いいの?助かる!」

「いいよ。何をすればいい?」

「じゃぁ、時短魔方陣をお願い。」


レイに時短魔方陣を飛ばしてもらいながら、どんどん料理を進めていく。マキマキの木の実を火から下しコオリーンへ渡すと、魔方陣の下で高速で首を左右に動かしながら手でマキマキの木の実を冷やし始めた。

この光景、トトと一緒に見たな・・・。本当なら今頃もターザニアで皆と一緒に調合料理の研究をしていたはずだった。思い浮かんだ光景に思わず目を細める。


「辛い?」

レイが私の顔を見た後、ごめん変なことを聞いた、と目を逸らした。

「辛くないわけないよな・・・。」


「・・・辛い・・・のかな。頭の中ではちゃんと理解しているんだ。何が起こったのか、ターザニアがどうなったのか。でも、本当はあれは夢かなんかで、みんな変わらず生活しているんじゃないかって気持ちもあって・・・。そんな中で、あれは現実に起こったことなんだって痛感する時もある。なんか、うまく説明できないな。」


私は話をしながらコオリーンから受け取ったパイ生地を薄く延ばし、四角い形にした。それを二枚作る。


「毎日、朝から晩まで辛いかと言われれば違う。それはレイや師匠や皆がいてくれるからだよ。」


パイ生地に小さな穴を開け、あまったパイ生地で土手を作って四辺を囲む。中央にマキマキの木の実を並べ、スキルで確認しながら角の粉末をかけた。効果を確認しながら少し多めにかけてゆく。そして細長く切ったパイ生地で網目のように蓋をした。出来上がったパイを窯に入れ、火を放り込む。

不意にレイの手が伸びてきて私の頭を撫でた。


レイにはいつも支えてもらってばかりだ。

「レイがしんどい時は私が側にいるから。」

そう言葉にするとレイは一瞬驚いたような顔をして、その後すぐに嬉しそうに微笑んだ。





「そろそろかな。」

美味しそうな香りに誘われるように窯の中を覗くと、少し焦げ目のついたパイがパチパチと音を立てていた。

「うん、出来上がりだ。」


窯からパイを取り出すと、レイがおぉっと声を上げた。マキマキの木の実の甘い香りと焼けたパイの香ばしさが食欲をそそる。スキルで効果をチェックすると、体力回復効果3だ。


どれくらいの大きさだと効力が3なのか、どれくらいから2になってしまうのかに気をつけつつ、まず半分にカットする。効力は変わらない。更に半分。効力はそのまま。更に半分にすると効力が2になった。


「4分の1の大きさなら体力回復効果は3、8分の1だと効果は2か。」

さて、どの大きさにしようかと考えながら呟いた。

「本当に凄いスキルだよね。」

レイが感心したように言う。

「うん。当たり前のようにずっと使ってきたけど、このスキルの有り難さがよく分かる様になった。パイ、食べてみる?」

「うん。」


レイが嬉しそうに口を開けた。どうやら、食べさせてということらしい。

「熱いよ?」

そっとレイの口に運ぶと、熱っ、と声を出してレイが顔を歪めた。

「大丈夫?」

レイは、熱っ、熱っと言いながらも、美味しいと笑う。

「これ、すごく美味しい。ライファも食べて見なよ。」

レイはそういうと、今度はレイがパイを持った。

「・・・。」

「ほら、口開けて。」


恥ずかしい気持ちになりながら口を開けると、パイが唇に当たった。前にレイの家でもこうして食べさせてもらったことがあった。あの時は恥ずかしいなんて思いもしなかったのに。

パイの甘さが口の中にほどけてゆく。

サクッと感が少し足りないな。やはり、強力粉がこちらの世界には無いからなのかもしれない。

強力粉、欲しいなぁ。


ふとレイを見ると、レイの方が恥ずかしそうな顔をしていた。

「レイどうしたの?顔が赤い。」

「そう?気のせいじゃない?」

レイは慌てて私に背を向けた。

その背中を不思議な気持ちで見つめながら、パイは4分の1の大きさに切ろうと決めた。




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