第120話 ドーリーへ向かう
移動初日。雪が降りしきる中の移動だ。
「レイ、お茶飲む?温まるよ。」
昨晩、というか深夜ではあったが先生なら起きているのではないかと恐る恐るリトルマインで先生を呼んだ。ビョーン花が欲しいとその理由を説明すると、それならばビョーン花とボーボーを組み合わせた方がいいと助言をもらった。
「ビョーン花の保温効果に、ボーボーの体を温める効果を組み合わせれば、温かい体を保ってくれるようになると思いますよ。」
そうして先生がバッグに入れてくれたビョーン花とボーボーの木皮。それをお湯で煮だして宿屋のお茶を混ぜ、保温効果のあるお茶を作ったのだ。急いで作ったこともありそれぞれのもつ効力を減らしてしまい、保温効果は2になってしまったが、無いよりは随分よいと思う。
「ありがとう、いただくよ。」
レイにお茶を渡し、自分も飲む。ベルにも少し冷ましてからあげた。味は薬草茶のようになってしまったが飲めなくはない。お茶を含んだ口から、喉からお腹から体が温まってくるのがわかる。そこに柔らかな熱源ができたかのようだ。
「あったかい。」
口から洩れる息が白くなり消えていく。
「すごいね、このお茶。体の中が温かくなっていく。今日みたいな移動日には本当にありがたいよ。」
「急いで作ったから効果は減らしちゃったし、味まで拘れなかった。それが残念だ。」
「効果はともかく、味はライファのこだわりたいところ、だもんね。」
「うむぅ、効果だってこだわりたいとは思っているよ?」
「じゃぁ、効果はちょっと削れるけど美味しいものと、効果はばっちりだけどあまり美味しくないものだったらライファはどっちを食べたいの?」
「ん~、自分が食べるんなら美味しい方。」
「ほら、やっぱり効果よりも美味しさでしょ。」
「むぅ、でもレイに食べさせるんだったら効果がばっちりの方にする。」
「えぇ?」
レイが不満そうな声を上げる。
「レイには元気でいて欲しい。その後で、口直しにおいしいデザートを作ってあげるよ。」
「・・・ライファ、それ、ずるい。」
レイの言葉に笑う。この距離感を大事にしたい。これ以上離れてしまわないように。
昨晩、飲み物を買って戻るとレイはもうすっかりいつものレイになっていた。自分のぶんだけ買うのもと思いレイのぶんも同じ飲み物を買い、レイに渡す。
「ありがとう。・・・ライファ、あのさ、実は今日リタに話があると言われて出かけていたんだ。」
徐に話し出したレイの言葉を緊張しながら聞いていた。
「愛人にして欲しいと言われた。」
やっぱりと思ったと同時に、次にくる衝撃を堪えるようにとぎゅっと手を握った。
「でも断った。」
「え?」
「ライファに手がかかってそれどころじゃないって。」
「え、えぇっ!?」
「ちょっと目を離すと今日みたいなことになるし。」
「えぇっ・・・いや、それに関してはなんの弁解もできん。」
「ぷぷぷぷぷ。とにかく、断ったから。」
レイとリタのことに、そんなに不安そうな態度をとっていただろうか。そう思い返してみれば、そんな態度を取っていたなと思い当たることばかりで、恥ずかしくなった。でも、それ以上にレイが愛人契約を断ったことにほっとしていた。
でもあのような態度は良くない。私の気持ちに気が付いたら、優しいレイのことだ。離れることを選んでしまうかもしれない。
薄暗い空が完全に黒にかわる前に宿屋を求めて街に下りた。
「どこにしようか。」
「んー、グショウ隊長たちが泊っていたようなコテージがいいな。それなら調合料理も作れるし。」
「わかった。探してみよう。」
道行く人にコテージの場所を聞き、買い物をしてコテージに着いたのは18時を少し過ぎたところだった。コテージというものはどこも似たような感じなのだろうか。飾り気のないシンプルな木造の建物だった。突然の客だったからだろう、火の気のないヒヤリとした部屋の暖炉に、いそいそと火を入れた。
「食材、キッチンに持っていくね。」
「うん、ありがとう。」
部屋の隅に荷物を下していると、レイか戻ってきて暖炉の火に魔力を与え、火を強くした。ぶおっとした音と共に暖炉の周りの明るさが増す。ベルが暖炉の前に座って目を細めていた。
「ご飯つくるよ。」
「あ、手伝うよ。今日のご飯は何にするの?」
「鍋焼きうどんにしようと思ってる。」
「鍋焼きうどんって?」
私がキッチンに行くとレイもついてきた。
「さっきお店で買ったんだ。これ。うどんっていう名前ではないんだけどね。」
私の手に握られているのはうどんというよりは薄く平べったいので、きし麺の方が近い。色と形と原料といい、うどんに近しいものだということはすぐにわかった。鍋に出汁とトンビャ、お酒、少しの甘味をプラスして、うどん、野菜、お肉、卵を一緒に煮込むだけ。野菜の旨みが溶けだし、その旨味をうどんがしっかりと吸い込む。簡単美味しい野菜もとれて温まる素敵メニューだ。
レイが野菜を切る横で、うどんをサッと茹でる。このままではうどんについている塩気が強すぎるからだ。
「こういうのっていいね。」
レイが野菜を切りながらこっちを見る。
「よそ見すると危ないよ。」
「いっ。」
言ったとたんレイが指を切った。赤い血が指から流れ出る。
赤。
赤い。
血。
たくさん。
たくさん。
その瞬間、周りは闇に包まれた。
魔獣の鳴き声。
人間の叫び声。
倒れる人々。
「・・・イファ、ライファ!ライファ!!」
「あ・・・」
レイと呼ぼうとするが体も唇も震えて上手く声が出せない。カラカラになった喉がひくつく。異変を察知したベルがパタパタと飛び回るのが見えた。
「水のんで、水っ。」
レイが水を差しだしてくれるもレイの指から流れる血が目に入ってレイから遠ざかる。戸惑いを隠さず、レイが表情を歪めた。
「血・・・。」
やっとのことでそれだけ言うと、レイが自身の指を隠してすぐにヒーリングで完治させた。落ちた血も綺麗に拭いて、何事もなかったかのようになってから、もう一度水を差しだした。
「大丈夫だから、ほら。」
レイがそっと私に触れ、水を口元まで持ってくる。口に含んだ水の冷たさが、すうっと広がり、ようやく景色に色が付いた。
ガタガタガタっ
うどんが沸騰している。
「やばっ!」
慌てて火を止めて湯切りをしようと鍋をつかんだ。
「私がやるよ。」
レイがさっと変わってくれる。まだ少し私の指先が震えていることに気が付いたのだろう。
「ありがとう。」
今のは何だったのだろう。震えている手を見つめた。
「ライファ。次は何をするの?」
「あ、あぁ、鍋に全部入れるんだ。」
私は小さな鍋を二つ取り出すと、そこに出汁と水、トンビャと甘味を入れて火にかける。そこにうどん、野菜、お肉、卵をいれた。まだ震えが止まらなくて、鍋に蓋をする時にカタカタっと音がなったが知らないふりをした。
「これで少し待てば出来上がりだよ。」
「楽しみだね。」
「うん。」
その間に食器を用意しようと鍋から一歩下がったところで後ろからレイに抱きしめられた。
「少しの間、このままで。」
レイの突然の行動に驚きながらもそのままいた。背中から伝わるレイの温もりに体の力が抜けてゆく。そうか、私、力が入っていたのか。肩に回されたレイの手にそっと手を添えると、手の震えが止まっていた。もしかして私を安心させるために抱きしめてくれたのだろうか。
「レ・・・。」
もう大丈夫だと伝えようとレイの方を向くと、レイの顔が私の肩の部分にあり、近すぎる距離に心臓が跳ねた。レイが私の方をゆっくり向く。
「大丈夫だよ。私がいるから。」
レイのブラウン色の瞳が私を見つめ、唇がそう囁いた。
「あ・・・。」
何か言おうと口を開いた時、鍋がぶしゅうっと音を立てて泡が吹きだした。
「「あぁ〜っ。」」
私とレイの声が重なる。慌てて火を消した。
「完成だね。いい匂いがする。」
レイが嬉しそうに微笑んだ。
「うん、レイ、ありがとうね。」
「ん。」
テーブルに並べられたのは鍋焼きうどんとサラダ。
一口食べれば、味は美味しいのにうどんがふにゃふにゃだ。
「・・・茹ですぎた。」
ベルを見れば、なんの反応もなくもくもくと食べていた。明らかにいつもと喜び方が違う。ガックリと肩を落とすと、美味しいよとレイが気を遣ってくれる。
「柔らかい方が胃に負担をかけないだろうし、こういうのもいいよね。」
ふぅ、ふぅ、とうどんに息を吹きかけながら食べるレイを見ながら、泣きそうな気持になった。この気持ちをどう表現したらいいのだろう。
「・・・レイは優しすぎる。」
さっき、突然あの日に戻ってしまった時も抱きしめて落ち着かせてくれた。今だってこうして・・・。
「え?ライファ、どうしたの?え?なに?泣く?」
私の泣きそうな気持を察したレイが慌てる。
「ちょっと舌を火傷して泣きそうになっただけ。」
「えぇっ!?ほら、ちょっと口開けて。」
ヒーリングをしようとしたレイが私の側に駆け寄って両手を私の頬に添え、顔をレイの方へ向かせたことで、泣きそうだった顔は赤面することとなった。
あぁ、変な誤魔化し方をするものではないな。
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