第119話 グショウ隊長とジョンの道中
トルッコを発って三日、ようやくガルシアの最北端まで来た。明日からは飛獣石で海を渡らなくてはならない。陸の上では好きな時に休めるが、海の上を飛ぶとなると着陸する場所に着くまでは休むことが出来ない。
「グショウ隊長、よく眠れるようにマッサージでもしてあげましょうか?」
「遠慮しておきます。あなたに頼んだらとんでもないことになりそうですから。」
「とんでもないことってどういうことですか?具体的に教えてください。」
ジョンはそう言うと私のベッドに座って私の頬に手を伸ばしてくる。何かと私に触れようとしてくるのが鬱陶しい。私はその手を払いのけた。
「ジョン、何度も言いますが私にその気はありませんよ。だいたい、同性を好きになったことなどありませんから。」
「へぇ~、では人を好きになったことは?」
「人を?」
「男女問わず、人間として、というものですよ。」
「それはありますよ。交友関係が少ないので多くはいませんが。」
「でしょう?その感情に触れたい、という思いが重なっただけです。」
「・・・一体何が言いたいのです?」
「同性だからと除外する。勿体なくありませんか?こんなに素敵な人が側にいるのに。」
言いたいことは分からないでもない。だが、残念ながら同性に触れたいと思うことは一度もなかったし、今後もそうなるとは思えない。
「・・・その素敵な人というのは自分のことを言っているのですか?」
「勿論ですよ。」
「・・・。」
この自信はどこからくるのだろう。呆れて言葉を失っていると、ジョンはフフンと笑って顔を近づけてきた。
「結構男前でしょう?」
「はぁ・・・、ジョン、近いですよ。」
私はジョンから逃れるように立ち上がるとコップに水を注いだ。自身の内部を洗い流すかのように水を飲む。今日は夢も見ずにぐっすりと眠れるだろうか。半ば祈るような気持ちを抱いてベッドに戻った。
かび臭い匂いがする。
夢の中なのに、またか、と思った。もう何度この夢を見ているのだろう。
自身はこの女の子なのに、夢の中でもこれは夢なのだと分かる。まるで自分という意識を保ったまま女の子の中に取り込まれているかのようだ。
丸い耳をした縫いぐるみを大事に抱え、今日もまた縫いぐるみに話しかけた。
「モモちゃん、おはよう。」
勿論返事など返ってくるわけはない。
「今日はね、シーツを交換してくれる人が来るんだって。ご飯持ってきてくれた人が言ってた。絶対にその人を見ないように壁に向かって立っているようにって。」
コンコン
「カレン様、シーツの交換に参りました。壁を向いて私を見ないようにお願い致します。」
「はい。」
ギィッとドアが開くと女の子の心がソワソワし始めた。話しかけたくてたまらないのだ。この部屋に人が入ることなど滅多にない。誰かが来るだけでこのかび臭い部屋が明るくなったような気がするから不思議だ。話しかけたい気持ちと話しかけてよいのか迷う気持ちで揺れたが、話したい気持ちの方が勝った。
「ねぇ、お父様、お母様は何をしているの?弟たちは元気?どうして誰も遊びに来て
はくださらないの?私が病気だから?」
あふれ出るかのように次々と質問が毀れた。
「カレン様、すみません。お話は出来ないことになっております。これより、何を話しかけられても私はお答えできません。」
「そんな!!」
悲痛な声を上げて女の子はその女性を振り返った。
「いけません!!」
『かわいそうに。』
女性は驚きと共に叫び、一目散に部屋を出ていった。
「私はこれで失礼します。シーツはご自身で交換してくださいませ。」
バタンと閉じられたドア、遠ざかる足音。
そうしてまた、ひとり。
『かわいそうに』と聞こえたあの声。シーツを交換しに来た女性のものではあったが、女性はその言葉は発していなかった。とすれば、人の心の声が聴こえるスキルか。
女の子の中の私はそう考えたが、湧き上がる孤独感に胸が押しつぶされるかのようだった。圧縮されたかのようにぎゅっとなる心臓、内にこもる苦しさ、負の感情が行先を探してその感情を排出するかのように浅く呼吸を繰り返した。
はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ
小さくなって縫いぐるみを抱える。
さみしい。
さみしい。
涙がこめかみを伝い床に沁みを作った。
声もあげずに浅い呼吸を繰り返す。
さみしい。
さみしい。
「・・・隊長。グショウ隊長?」
「ジョン?」
「そんなに泣いてどうしたのですか?」
「泣いて・・・。」
体を起こして自分の手で涙を拭おうとするが、ジョンに拭われた。ひとりじゃない?寂しさから抜け出せずに、ジョンを見上げればジョンにそっと抱きしめられた。
あたたかい。
あぁ、ひとりじゃないんだ。
ジョンの体温に酷く安心し、体の力を抜いて寄りかかった。ジョンが私を抱きしめる腕に力が入る。
「怖い夢でも?」
「いや、酷くさみしい夢・・・。」
そこまで言って、ガハッとジョンの体から離れた。寂しい夢を見たからとジョンに甘えるなどと、私は何をしていたんだ。
「あぁ、完全に目が覚めちゃいましたか。」
ジョンが残念そうな声を出す。
「せっかくあなたをゆっくりと抱きしめるチャンスでしたのに。」
「まったくあなたは油断も隙もありませんね。」
立ち上がって気分を変えるために水を飲んだ。午前3時、外はまだ暗い。
「もしかして、あなたを起こしてしまいましたか?」
「えぇ、呼吸がおかしかったものですから気になって目が覚めました。」
ジョンはそう言うと珍しく心配そうな表情をしてみせた。
こんな顔もするのか。しかし、ジョンを起こしてしまう程、あの夢と同調しているだなんて・・・。あの女の子の感情が私を飲み込もうとしているかのようで少し怖くなる。
夢に飲み込まれるなどと、馬鹿馬鹿しい。
「それは起こしてしまって申し訳ありませんでした。もう大丈夫ですので、眠ってください。」
「一人で眠れますか?」
「何を言っているのですか。当たり前でしょう。」
「ふーん。」
ジョンは力任せに自分のベッドを押し、私のベッドにくっつけてきた。魔力でやれば簡単なのに自分の力でやるところが筋肉バカらしい。
「これで少しは寂しくないでしょう?」
「・・・むしろ暑苦しいですよ。」
布団の上から伸ばされるジョンの腕の重さを腰のあたりに感じたまま目を閉じた。その重さが一人ではないということを思い出させる。
その日はもう、あの夢を見ることは無かった。
早朝のうちに水や食料などを買い、飛獣石に乗り込む。
「フランシールまでは二日といったところですね。途中の島で一泊することにしましょう。」
「そうですね。」
そうですねと言ったジョンがなぜか楽しそうだ。
「・・・なんだか浮かれているようにも見えるのですが大丈夫ですか?」
「浮かれてはいますけど大丈夫です。」
「この移動のどこに浮かれる要素があるのですか?」
「途中の島って無人島でしょう?島に二人っきり。なんか、こう、ロマンチック!そして、二人っきりなんて思わず開放的になっちゃうじゃないですか!」
ジョンは両手を広げて目を閉じ、何やら妄想をしているようだ。夢のせいとはいえこんな奴に甘えてしまったとは。昨日の自分を消し去りたい・・・。
「開放的になどなりませんし、あなたもならないでくださいね。あぁ、待てよ。誰もいない島というのなら思いっきり戦えますね。そういえば最近、運動不足だったのですよ。」
「えっ?」
ジョンの引きつった表情を見て、してやったりと気分が良くなる。
「思う存分解放しましょう。魔力を。」
そういって微笑みながら飛び立てば、開放するのはそこじゃない!!と叫び声が聴こえた。
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