第113話 お手伝い
「お昼ご飯、よかったの?」
リタが手を振って帰る後姿を見送りながらレイが小さな声で私に話しかけた。
「うん、食材は一日では腐らないし。あ、でもお肉はヤバいか・・・。」
「保存魔法かけておこうか?」
「え?あれって結構魔力を消費するんじゃないの?」
「んー、ライファの家にあるようなやつだと定期的に魔力を供給しなきゃならないし、作るのも大変なんだけど、二日程度持たせればいいやっていうのなら、私にとってはそんなに大変じゃないかな。」
「そ、そうなんだ。レイの凄さに頭がチーンてなるわ。」
レイが笑いながら、なんだそれ、と言う。レイとこうして話していると先ほどまで胸の中にあったモヤモヤが晴れていくから不思議だ。
それから二時間ほど経っても成果は上がらず、地図を見ながら二度場所を変えて繰り返しても捕まえられるのはシュトーだけ。
「本当に背中にチョッキ―の実が生えたシュトーなんているんだろうか・・・。」
辺りも暗くなった19時、私たちはガッカリと帰宅した。
翌朝、今日こそは捕まえると気合十分にフロントへ行くと、リタが待っていた。
「今日は私もお手伝いさせてください!この辺の温泉なら全部案内できますし、お二人の邪魔にならないようにしますから!」
「でも、森の中は危険なんじゃないの?この辺のことはよく分からないけど、魔獣が出たりしたら危ないよ。今日は【森のうた】から離れたところにまで足を延ばしてみる予定なんだ。」
レイがやんわりと断るもリタは必至だ。
「この辺りの森のことは良く知っています。危なくなったら一人ででもちゃんと逃げます。だからお願いします、お手伝いさせてください。」
リタが勢いよく頭を下げた。その姿にレイが困ったように私を見る。連れていかない方がいいだろうとは思っているのに、レイの側にいたいと思う気持ちが痛いほどよく分かって、ついフォローするような言葉が口をついた。
「この地図に載っている温泉なら比較的安全ってことなんじゃないかな。ほら、危険なところなら温泉に泊まりに来た人にこういう地図なんか渡さないはずだろ?でも、私は強くないからレイがOKしないところには連れていけない。」
私がそうはっきり言うとリタは私の顔を見た後、レイの顔を見つめて、レイ様お願いします!ともう一度頭を下げた。「わかった。じゃあ案内係としてお願い。でも、私たちがこの地図以外の温泉に向かう時は、リタさんには引き返してもらうからね。」
「わかりました!ありがとうございます!」
「あ、でも、今日のお昼ご飯は私が作るね。実は食材をもう準備してあるんだ。」
「はい!」
【森のうた】に来た時とは逆側にある崖を上り最初の温泉に向かう。
「こちらにある温泉は【薬湯】と言われています。ヒーリング効果のある木の根元にあり、どういうわけかその木のヒーリング効果が温泉にも流れているみたいなんですよね。なので、小さな傷なら治りますよ。ほら、着きました。」
薬湯は薄く緑がかった色のお湯で、スキルを使えば確かに【ヒーリング効果1】の文字が見えた。温泉の臭いを嗅ぎつけたベルがピョーンと飛び出してお湯で遊び始めたのを目の端で確認しつつ、このお湯にヒーリング効果を与えている木を探した。私の反対側に立っているあの木か。木というよりも小枝がたくさん集まって地面から生えているかのようだ。木自体はヒーリング効果が2あるらしい。せっかくなので、枝を少しいただくことにした。いただいた枝を巾着に入れつつ吹き出し口へと移動する。
「リタさん、この罠をこんなふうに岩陰にセットしてもらえる?」
私がお願いするとリタは張り切って罠を仕掛けに行った。ぴょんぴょんっと跳ねるように岩を渡りながら移動するリタを見て、レイが「あんまり急ぐと危ないよ!」と声をかける。はーい、と嬉しそうに笑うリタは背が低いこともあってか幼い子供の用でつい構ってしまう。つい放っておけなくなるというのは、リタのような子のことを言うのだろう。
「いくよ!」
レイが一気に二か所の岩を浮かべて私とリタがサッと蓋をする。一つの罠で平均して4~5匹取れる。それをチェックしては檻にいれ、2、3時間経過してもチョッキ―が見つかることは無かった。
「場所を変えよう。」
「うん、ベル、行くよ。」
森の中に人がひとり通ることが出来る道があり、その道をリタを先頭に進んでゆく。道とはいえ最近は使われていないのか木が綺麗に避けただけの細長い空間であり、雪の上に足跡をつけるのはリタが最初だった。
「次の温泉は【森のうた】からは一番離れたところにある温泉になります。その名も【モユの湯】。モユという苔が生い茂っていて普段は黒いのですが、夕方になると苔が黄色く光るのです。とても幻想的な温泉なんですよ。ただ、今の季節は苔が冬眠するので、モユの湯を訪れる人はほとんどいません。ただの黒いお湯、しかも温泉街から離れているとなると皆さん、足が遠のくようで。」
「その気持ちはよくわかる。」
足のふくらはぎの真ん中までを雪に埋め、なんとか足を進めている私は心の底から共感した。ポンチョの裾は雪に触れ、材質のせいなのか雪が丸まってポンチョの裾に着くから、体が重くて仕方がない。
「ぷぷっ、ライファ大丈夫?なんか、こういう動物っているよね。」
後ろから抑えた声で笑うレイの声が聞こえる。
「抱っこしてあげようか?ぷぷっ。」
きっと半分雪に埋まりながら雪だらけになって遊ぶ動物の姿を思い浮かべているに違いない。振り返って「いらんっ!」と言えば更に爆笑する声が聴こえた。むむ。
「着きました。ここが【モユの湯】です。」
リタが前を譲ってくれ見えたのは雪の真ん中にぽっかりと浮く岩風呂だった。真っ黒のお湯に空の白が映り、湯面が輝いている。立ち上る湯気が、あたたかいよぅ、こっちはあたたかいよぅと誘っているかのようだ。その誘いにベルは一目散に飛んでいき、お湯にダイブした。時間はちょうど昼時。
「ここでご飯にしようか。レイ、罠を仕掛けるのを頼む。私はご飯の準備をするよ。」
「わかった。」
「私もなにか手伝います!」
「じゃあ、ライファを手伝ってあげて。」
レイに言われたリタが私の側まで来た時、リタの目の前に鋭い爪が見えた。
「あぶないっ!!」
咄嗟にリタをかばう。耳の下から顎にかけてのラインが熱い。
「リタ、大丈夫か?」
「ライファさん、私はだいじょうぶ。でも、ライファさん血が・・・。」
怯えたその声に、大したことないから大丈夫、と安心させるように微笑んだ。リタを襲おうとした鋭い爪が、鋭い爪を持った大きな鳥が空中で方向転換し、またこちらへと向かってくる。
「もう大丈夫だ。」
レイが私たちを守るように前に立ち、鳥を退けようと構えた。2mはある鳥は猛スピードで迫りながらも体が左右にぶれる。何かがおかしい。目を凝らしてみれば鳥の右翼に棒のようなものが刺さっており、片目もなにか怪我をしているかのようだ。
「レイ、殺しちゃだめだ。あいつ怪我をしている。」
私の言葉を受けたレイが構えを攻撃魔法ではなく防御魔法に変更した。
「あれは、コチョウという鳥です。人間を襲う事なんてないのに。」
リタがまだ怯えた声で呟いた。
「怪我で興奮しているのかも。助けてやらないと。」
私が言うと、レイがどうすればいい?と聞いてくる。
「とりあえず、捕まえよう。レイ、コチョウを結界で縛ることは可能か?」
「あぁ、できる。」
「では縛ってから治療しよう。実はさっき、薬湯のところからヒーリング効果のある枝を貰ってきたんだ。それを使う。」
「わかった。さっさと捕まえてしまおう。」
そう言ったレイの視線が私の傷に注がれているのを感じた。
「レイ、私は大丈夫だ。こんな傷、痛くないから。」
レイを安心させようと言葉にしたものの、レイは厳しい表情のまま頷いただけだった。
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