第112話  チョッキ―の実を探せ

・・・はぁ・・・。

穴があったら入りたい。

できることなら、食材と一緒に閉じ込めてもらって無心で切り刻みたい。精神統一が出来るまで。


昨日の自身の失態を思い出しては、羞恥心で卒倒しそうになる。

どういうつもりで触ってんの?

レイの言葉が頭の中でグルグルして、本当にどういうつもりで触っていたのかと頭をぶんぶん振った。


「ライファ、大丈夫?もうすぐライファが来たがっていた食材屋さんに着くけど。」

そんな私とは裏腹にレイはいつも通りに接してくれて、凄く有り難い反面レイの大人な対応が昨夜の自分の愚かさを浮き彫りにするようで更に穴に閉じこもりたくなるのだ。


「うん、大丈夫。食材ね、食材っ。」

頭の中の取っ散らかった感情に蓋をするように目の前に集中することにした。今日はチョッキ―の実を探しに温泉へと行くのだが、どうせならお昼は外で料理をして食べようと思ったのだ。温泉のそばとはいえ崖の外は熱がこもるわけではないので寒いだろう。暖かい汁物でも作れば寒い中にいてもホッとする食事時になるはずだ。


「女将さんに教えてもらったお店はこの辺だったと思ったんだけど。あ、あった!」

レイがリタの母親から教えてもらったお店を見つけて声をあげた。



「レイは何が食べたい?」

私の声にお店に着いたことを察したベルがコートの隙間から顔を出した。

「ん~、ライファの料理は何でも美味しいからなぁ。ライファの食べたいものがいいな。」

「じゃぁ、シチューかなー。」

「シチュー?」


「そうそう、濃厚なカカールって感じの食べ物だよ。師匠が好きなんだよね。」

「へぇ、濃厚なカカールか。おいしそうだな。」


せっかくなら体を温めるような効果をプラスして調合料理にしてはどうかと思い付き、店内を見回すもここにあるのは食材ばかりで効力を持った薬剤がない。そうか、薬剤は薬剤屋さんか。乾燥させた葉っぱ等、保存が効く形にして調味料みたいに持ち歩いたらどうだろう。そうだ、そうすれば料理の時にサッと使用できるし便利だ。思いついた案にワクワクした。


「すみませーん、これください。」

私は手に持っていた野菜とお肉をお店の人に渡した。

「いらっしゃい。仲の良い姉弟だねぇ。旅人かい?」

「えぇ、そうです。チョッキ―の実を探しているのですが、知っていますか?」

「チョッキ―の実ねぇ。聞いたことないなぁ。」

「ではシュトーという生き物については何か知りませんか?」

すかさずレイも質問する。


「シュトー、シュトーってあの小さい虫みたいな生き物のことかい?」

「えぇ、多分それです。」

「シュトーなら温泉の噴き出し口の岩陰に隠れているはずだよ。」

「本当ですか?」

「あぁ、うちは食材を探しに森を歩くことも多いからね。シュトーなら結構見かけるよ。この辺りは温泉もたくさんあるし、楽しんでおいで。」

「ありがとうございます。」


店を出て歩きながらずっと疑問に思っていたことをレイに聞いてみる。

「なんであんなに皆が私たちを姉弟だって言うんだ?髪の毛の色も違うし、顔だって似てないと思うのだけど。」

「あぁ、それはきっとライファが身に着けているペンダントのせいだよ。」

「ペンダント?」


「うん、私の魔力を身に着けることでライファからも私と同じ魔力を感じることが出来るんだけど、ある程度の魔力がないと私の魔力の中にあるライファの魔力を感知できないんだと思う。だから、私とライファの魔力がよく似ているのだと勘違いする。私たちが他人であることがはっきりと分かっていれば愛人だと思われるんだろうけど、そうでない限りは姉弟と思われることが多いんじゃないかな。」


「そういうことか。」

「うん、貴族くらいの魔力がないと難しいかな。魔力ランクが低くても魔力の種類を分析しようとして見ればもう少しわかるのかもしれないけどね。」

その後、レイはため息交じりに、本当は姉弟って思われるのは嫌なんだけどさ、と言った。


「え?それはどういう意味?」

私と姉弟というのは恥ずかしいのだろうか。確かに、平民と姉弟ってよく考えたら貴族のレイには失礼なんじゃ・・・。そんな不安を抱いて質問してみる。

「じゃあライファは私を弟だと思っているの?弟にしか見えない?」

真っ直ぐ私を見るレイの目にドキッとする。弟ならドキッとしたりしない。あんな風に触りたいとも思わない。


レイから視線を外しつつ、思ってない、と答えるとレイが笑顔になった。

「そうか、ならいい。他の人から姉弟だっていわれたっていいや。よし、温泉まで急ごうっ。」

急に張り切り出したレイに引っ張られながら温泉へと急いだ。



最初の温泉は【森のうた】の崖を上って森の奥に8分ほど進んだところにあった。

「地図によると【海の湯】というらしい。以前海だった地層を通ってお湯が噴き出すらしく海の塩分を含むお湯なんだって。」

「へぇ~、本当だ。確かに海の香りがする。」

私は吹き出し口に顔を近づけて匂いを嗅いだ。レイはお湯に手を入れて、気持ちいいと呟いている。


「温泉に手を入れると、温泉に浸かりたくならない?」

レイに聞くと、なるなる!と激しく同意されて笑った。暖かさに気付いたベルがコートから飛び出して温泉のお湯で遊び出し、私たちはシュトー探しを始めることにした。

「温泉の噴き出し口の岩陰って言ってたよね?」

「うん。私が岩を浮かせるから、ライファがつかまえてみて。」

「分かった。」


私は岩のすぐそばに手を伸ばした状態でスタンバイし、いつでも動けるように準備をした。

「いくよ。」

レイの控え目な声のあと岩が浮き私は岩陰を覗き込んだ。そこにあった影が一瞬にして散らばる。


え?


「・・・は、早すぎて何にもできなかった。」

呆然としたままレイの顔を見る。レイも一瞬のことに目を見張っていた。

「あれじゃ姿形も分からないな。これはちゃんと作戦が必要だ。」

レイの言葉に同意して頷いた。


「罠を作ろう。岩陰に横にした箱のようなものを置いて岩を浮かせた直後に板で作った蓋を差し込む。慌てたシュトーが箱に入っている。どうだろう?」

「いいと思う。とにかくやってみよう!」

レイの提案に賛成し、木を削って入れ物と蓋を作った。レイが魔力で大ざっぱにカットし削ったものを私がナイフで細かい部分を仕上げたものだ。


「なかなか上出来じゃない?」

「うんうん。いい感じだと思う。」

早速岩陰にセットして試してみる。

「いくよ!」


レイの声に頷いた。レイが岩を浮かせた瞬間に蓋になる部分を箱の口の部分に沿うように垂直に差し込んだ。そして蓋をしたまま持ち上げる。耳を近づけるとカサカサと音が聞こえ、箱が先ほどよりも重くなっていた。


「レイ、成功した気がする。」

「うん、少しだけ隙間を空けて覗いてみよう。」

覗くと中に平たい石のような甲羅を背中に背負い、丸い頭と手足、小指の爪程のしっぽを持った動物がいた。


「レイ、いるよ、きっとこれがシュトーだ。」

「うん、聞いていたのと特徴が合う。間違いはないな。でも背中には何も生えてないね。」

「しかも捕まえられたのは二匹か。これは時間がかかりそうだな・・・。」


その後は罠を更に3つ作り、蓋を開けずとも内部が見えるようにとシュトーが逃げ出さない程度の穴を幾つか開けた。そして一度つかまえたシュトーがまた捕まりに来ないようにと、レイの結界で作った檻に閉じ込める。


「少しの辛抱だから、ごめんな。」

レイが謝っているけれど、シュトーはシューっと音を出して威嚇しているようだ。

「よし!どんどん罠を仕掛けよう!さっさとチョッキ―の実を見つけて開放してやろう。」


そうして一時間が過ぎた。チョッキ―の実は未だ見つからず、お腹の減り具合がもうすぐお昼だと告げた。

「お昼ご飯用意するよ。」

レイにそう告げてお湯を沸かし始めた時、レイ様―っと声が聞こえた。


「リタさん、どうしてここに!?」

「お腹が減っているんじゃないかと思って、ご飯持ってきました。勿論、ライファ様のぶんもありますよ!」

リタはそう言って手に持っていた包をあげた。


「もしかしてご飯用意していました?」

お湯を沸かしていた私を見てリタが心配そうな声を出す。余計なことをしたかなという表情だ。

「いや、してないよ。このお湯はお茶でも飲もうかと沸かしたものなんだ。ちょうどお腹がすいていたんだ。ありがとう、リタさん。」

「良かったです。すぐに用意しますね。」


リタは嬉しそうに料理を並べた。きっとレイに食べて欲しくて一生懸命作ったのだろう。

「母に教えてもらいながら作ってみました。お口に合うといいのですが。」

リタが持ってきたお弁当箱の中には、色とりどりの料理が丁寧に収められていて、大変だったろうなというのがひと目で分かるお弁当だった。


「すごいね。これ全部つくったの?」

レイもびっくりして声を上げると、リタが嬉しそうに微笑む。レイの隣に座ってアレコレとレイに料理を取り分けるリタを見ながら、なんだか自分が邪魔ものになったような気がした。


「うん、おいしい。」

レイの言葉を聞きながら、笑顔をつくって本当に美味しいと声に出す。

「ライファ様にまで褒めていただけて嬉しいです。頑張ったかいがありました!」

屈託なく笑うリタの笑顔を可愛いと思いながら、もやっとした気持ちが自分の中に広がっていくのを感じてそんな自分が嫌だと思った。




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