第11話 もう一人の魔女
師匠にお弁当でも作ってくれと頼まれ、ハンバーガーと果物、サラダを用意し、マグポットにスープを入れた。ほとんど昼食の残りではあるが味は確かだ。それから、今朝作った薬を持っていくようにと言われ、眠り薬を瓶に入れ持つ。
「ついて来い。」
師匠に言われ向かった先はトイレだった。
「まさか・・連れション」
言いかけた私の頭を師匠が叩く。
「んなわけあるか!!」
ソウデスヨネ。師匠がトイレの壁にかかっているカレンダーの数字の7に魔力をこめた指で触れる。カレンダーがまるでクッションか何かのように、指で触れた部分だけ凹んだ。そこから魔方陣を描く。ひと目でなどとても覚えられない複雑な魔法陣だ。魔法陣を書き終えると、その魔法陣に応えるようにトイレの壁が波打った。
「よし、いくぞ。私の手を掴んでいなさい。」
師匠の手をしっかりと掴んで壁の波を潜る。何か衝撃があるかと思えば、なんの衝撃もなく暖簾をくぐっただけのような感覚だった。
壁の波の先はやたらピンクとフリルが散りばめられた小さな部屋だった。やっぱりというべきか、
「トイレですね・・・。」
そう、とても可愛らしいトイレだった。師匠は勢いよくトイレを出ると勝手知ったる他人の家というふうに何の戸惑いもなく家の中を進んでいく。するとヒューイ型の可愛いぬいぐるみが現れ、私たちの後ろを指さした。振り返ると、ロリータファッションをしたゾンビもどきが一体、床を這いつくばって私たちを追いかけている。
「マリア、お前は全く・・・」
師匠が声を出すと、マリアと呼ばれたロリータゾンビはよろよろと手をあげ、「・・・ごはんをください。」と言った。
テーブルに並べた食べ物を、並べた順番に片っ端から食べていく少女を引いた目でみていた。師匠は額に手を当て、やれやれという感じだ。少女は食べながら時々何やら言っているが、口にたくさん食べ物を入れている状態なので何を言っているかはわからない。言語が全て、ふぉご、ふぉご、なのだ。私はこの少女を食べ物好きチームのメンバーにはしないと心に誓った。テーブルの上の食べ物があらかたなくなったのを見て、師匠が切り出した。
「・・・落ち着いたか?」
「ふぉみません。研究にふぉい夢中になっていたら、3日ほどご飯を食べるのを忘れていましたの。」
口元をナプキンで拭くと、にっこりとほほ笑んだ。目の下にあるくっきりとしたクマがロリロリした容姿にあまりにもミスマッチで軽く怖い。
「ごちそうさまでした。とても美味しかったです。」
食事が終わったのを見計らって私は挨拶した。
「はじめまして。わたし、リベルダの弟子のライファと申します。よろしくお願いします。」
「むふふ。あなたの話は以前聞いたことがありますのよ。料理好きのお弟子さんでしょう?わたくしはマリア。ようこそ、私の家へ。」
マリアは白っぽい金髪をショートカットにした細身の美少女だ。年齢は12歳くらいだろうか。フリルのついたピンク色のメイドのような服を着ている。
「ライファ、マリアは調合の研究バカなんだ。庭には各地から集めた魔木や魔花の庭もある。調合に関してはマリアに聞くのが一番だぞ。」
「まぁ、研究バカだなんて心外ですわ。」
マリアはツンと唇を尖らせて不満を露わにした。目の下にクマさえなければおじ様の心をギュッと掴む表情に違いない。師匠はマリアの言葉に構わず続けた。
「マリア、ライファには作りたい薬があるんだ。アドバイスしてやってくれないか?ついでに、庭の薬材もくれ。」
「庭の薬材もだなんて要求の多い魔女ですこと。」
マリアはまたもやムゥッと口を尖らせたが師匠が「ここに来るときはいつも、ご飯はライファが用意する」と言ったとたん「おまかせください!」と表情を変えた。よほど食事の用意が面倒臭いらしい。
「こんなにお若いのに調合の研究だなんて、マリアさんはすごいですね。薬材の庭まで管理しているだなんて。」
「ライファ、マリアは魔女だぞ。若いのは見てくれだけ。中身はおばあちゃんだ」
「失礼ですこと。リベルダよりは若いですわ。」
「それで、どんな薬を作りたいのです?」
マリアの調合室へ移動しながら昨日思いついた薬のこと、作った薬のことを話した。
「ではまず、持ってきた薬を見せてください。」
マリアが調合室のドアを開けると、そこは想像していたのとは違いきちんと整理整頓された空間だった。調合室と寝室が一緒になったような部屋で、部屋の3分の1が寝室、3分の2が調合室と、仕切りこそないがちゃんと分けられている。全てがピンクとフリルで統一されていてピンク酔いとでもいうのだろうか、酔ってしまいそうな雰囲気ではあるが、薬材もきちんと棚に仕分けられていて調合に使う鍋も種類が豊富だがわかりやすく並べられている。整理整頓された部屋というのは、正しくこういう部屋のことだなと思った。
「これが眠り効6の薬です。」
マリアに渡すと、細長いガラスのコップに少しだけ薬を移して何かの液体を入れた。ガラスコップの液体が濃い目の紫になったのを確認すると、「確かに眠りの効果6はありますね。」と言った。
「この薬にドゥブ毒くらいの即効性を持たせて、薄い膜で覆い直径2cmくらいの球にしたいのです。」
「それは、面白い課題ですね。」
マリアが弾んだ声で答えた。
「そもそも、ドゥブ毒はどうやって作るんですか?何が即効性の元になっているんでしょうか?」
「いい質問ですね。勉強熱心な生徒は歓迎しますよ。ちょっと私の庭に場所を移しましょう。実際に材料を見た方が分かりやすいと思います。」
マリアはそういうと鞄を肩からかけ、寝室と調合部屋の境にあるドアに手をかけた。「ここが私のコレクションガーデンですの。」そう言いながらマリアがドアを開けると、温かな光が注ぐ森が見えた。
マリアと私が並んで歩き、後ろから師匠がついてくる。歩くたびに風がそよぎ、足元の草が鮮やかな緑に揺れ、春の早朝のような香りがする。
「私の庭は大きくわけて4つのエリアに分かれておりますの。西の季節のあるエリア、南の高温多湿のエリア、東の高温乾燥エリア、北の万年凍土のエリア。それぞれに魔木や魔花、あとは若干の魔獣なんかが住んでますわ。」
まるでミニチュアの世界だ。その壮大な庭に言葉が出てこない。師匠を振り返ると、「な。バカだろう?」とニヤリとされた。
「すごい・・・管理能力ですね。」
「あら、そんなことありませんわ。ある程度環境を整えて、魔木や魔花を放置すれば大抵は勝手に育っていくものです。わたくしがすることと言えば、気候を整えるくらいですわ。」
その、気候を整えるということにどれほど魔力を使うことか・・・。自分との魔力差を思って軽く落ち込む。
「北のエリアまで行きます。歩くと時間がかかるので、この庭の主を呼びますわね。」
マリアが首から下げている笛を吹くと(私には音は聞こえないが)大きな風の塊が現れた。透明になったり半透明になったりをゆっくり繰り返すそれは驚くことに話ができるらしい。
「お呼びですか、マリアさま。」
「ソヨ、私たちを北のエリアまで運んでくださる?」
「かしこまりました。」
ソヨは私たちを包むと空を飛んだ。私たちはソヨの体内に取り込まれているらしく、勢いよく飛んでいるはずなのに風を感じることもなく、ちょっと生温かい。
「ソヨはこの庭の主ですから、この庭のことはなんでも知っているのよ。」
マリアが得意げに言った。
北のエリアに近づくにつれ青々とした緑は影をひそめ、葉の無い木や針葉樹が目立つようになった。大地には雪が積もり、空も灰色だ。
「ソヨ、青藍樹の下におろして。」
青く透き通った水晶のような樹。木の形に固まった氷のようなその木の根元にソヨは私たちを下してくれた。ソヨの体内から排出されると極寒の空気に体が震えた。
「寒いからサッサとやりましょう。」
マリアはそういうと、呪文を唱え土の中から白乳色の幼虫を取り出した。幼虫を鞄に入れると、青藍樹に鋭いナイフをあて小さな枝を一本切り瓶に入れる。その後、近くの池に向かって呪文を唱えると、その池の氷が小さく割れ中から花が浮き上がってきた。
「これは雪水花といいますの。凍った池の奥底に咲く花なんですのよ。凍った池の中に咲くのに、こんなに真っ赤な色をしているなんて不思議でしょう?」
マリアは花を手にとると、美しいわとうっとりした。
「ソヨ、今度はのっぽぅの木のところへ連れて行ってちょうだい。」
マリアがソヨを呼ぶと、ふっと暖かい空気につつまれた。
「あったかい・・・」寒さで凍えていた体の力が抜けて、やっとゆっくり呼吸が出来た気がした。
「のっぽぅの木まであるとは、全く、お前の空間魔法には限界というものがないな・・・。」
師匠が感心したようにつぶやく。ソヨは直径10cmほどの太さの木の前まで行くと、急上昇しはじめた。ぐんぐん、ぐんぐん上昇していくが目の前にある木は以前同じ景色のままで枝もなければ葉もない。
「これがのっぽぅの木ですのよ。十数キロも高くなることも珍しくはないのです。」
どれくらい経っただろう。10分間は上昇したかと思った時、突然木肌が紫色にかわり、ソヨが止まった。マリアが木の紫の部分に細い筒状のものを刺すと、そこから液体が流れてきた。瓶を筒の口にあて、液体を瓶に入れる。500mlの瓶一本分とると、筒を抜き木の傷の部分に手を当て呪文を唱えた。木の傷が塞がったのを見て、「さぁ、戻りましょう。」とマリアが言った。
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