第3話 アミちゃん、元の世界へ帰る

 ついに自分の正体を明かしたアミちゃんは、爺ちゃんたちが心臓麻痺を起こして死ぬのではないかと目をつぶった。しかし、倒れる音も悲鳴さえも聞こえてこない。アミちゃんは恐る恐る目を開けて前を見た。爺ちゃんたちも婆ちゃんたちも、相変わらずにこにこしながらアミちゃんを見ていた。


「あ、あの┅┅驚かないの?」

「なあんも、驚いたりせんよ」

 トシコ婆ちゃんが優しく言った。

「だって、どこん世界に突然金髪に青い目の八歳くらいの女の子が、裸で現れたりするもんかね。あたしゃ神様の生まれ変わりって思うとったよ」

「わしゃあ、鬼の子じゃって思うとった」

「あたしゃ妖怪変化だと思うとった」

「ふ、ふが、ふがが┅┅」

「カズ爺ちゃん、無理に言わなくていいよ┅┅あは、あはは┅┅そっか┅┅」


 アミちゃんはちょっと肩すかしを食らった気分だった。でも爺ちゃん婆ちゃんたちの懐の深さに感動し、これから告げなければいけない決意をますます言い出しにくく感じた。

「┅┅あ、あのね┅┅それでね、わたし┅┅」

「行くんだね?」


 トシコ婆ちゃんの言葉に、アミちゃんは驚いて四人を見回した。

「わかってたよ┅┅いつかはアミちゃんとお別れしなくちゃいけん日が来るって┅┅それで、どこに行くとね?」

「う、うん┅┅元の世界に帰ろうと思うんだ。魔力も十分溜まったし┅┅夕べ、転移門を開くことができた┅┅でも、長く開き続けることができなくてさ。今夜のうちに帰ろうと思う┅┅」

「そうかい┅┅寂しくなるね┅┅」

 トシコ婆ちゃんはそうつぶやくと、ぽろりと涙をこぼした。

「ああ、ほらほらトシコさん、皆で笑ってアミちゃんを見送ろうと話し合ったじゃなかね」

「ふが、ふが┅┅ふうううっ┅┅」


 爺ちゃん婆ちゃんたちは、とうとうこらえきれずに泣き出してしまった。アミちゃんも思わず泣きそうになったが、ちゃんと四人に希望を持たせる言葉は用意していた。

「爺ちゃんたち、婆ちゃんたち、またいつか遊びに来るから┅┅」

「えっ?そ、それは┅┅」

「うん┅┅さっき言った転移門は、高台の学校の一年生の教室に作ったから、壊さない限りいつでも使えるんだ。ただ、開くためには膨大な魔力が必要だから、しょっちゅうとはいかないけど、向こうで勇者をやっつけて世界を征服できたら、平和な世の中になる。そしたら好きなときにこっちに遊びに来れるようになるはずだよ」


 爺ちゃん婆ちゃんたちは、それを聞くとぱっと明るい表情になって喜び合った。

「いつでん遊びにおいで」

「待っとるよ」

「うん、そのユウちゃんとかいう奴を、ぎったぎたにやっつけてやるたい」

「ふがあ、ふぐああっ」

「あはは┅┅うん、まかせといて」


 爺ちゃん婆ちゃんたちに、最後のご馳走をふるまってもらい、おにぎりと煮しめのお弁当を作ってもらったアミちゃんは、見送りの四人と一緒に三日月の夜道を学校へ向かった。

背中には弁当と着替えとスマホが入った風呂敷包みを背負っていた。

「ほら、ここが転移門だよ。誰かが壊したりしないように、たまに見に来てね」

「ほおお┅┅」

 二階の教室の黒板の下に、石を積んで小さな洞窟のようなものが作られていた。そして、床の上にはどす黒い血のようなもので、円が描かれ、その中に複雑な模様や文字が書き入れられていた。


「じゃあ、行くね┅┅とっても楽しかったよ┅┅元気でいるんだよ、また来るから┅┅」

「うん、うん┅┅がんばってね、アミちゃん┅┅」

「ファイトォ、一発じゃ、アミちゃん」

「体に気をつけてね┅┅」

「ふっがあ┅┅ううう┅┅」


 アミちゃんは、涙を見られないうちに急いで呪文を唱えた。

「セルデム、ラーハトナ┅┅ウブラ┅┅ハブリ┅┅デル┅┅カトラ┅┅ギル、センドラ!」

「おおっ」

 床に描かれた魔方陣は赤い光を放ち始め、その中心に立ったアミちゃんの体を青白い光が包み込んでいく。やがて、その青白い光の中にアミちゃんは見えなくなり、光は黒板の下の転移門に吸い込まれるように消えていった。


 辺りは再び暗闇に戻り、シゲユキ爺ちゃんの持つ懐中電灯の光だけが、それが夢でなかったことを教えるように石積みの転移門を照らしていた。

「行ってしもうたね┅┅」

「うん┅┅」

「今度はいつ会えるんじゃろうかね?」

「ふが┅┅うふう┅┅」

「大丈夫、約束したけん┅┅それまで、ここをちゃんと守らんといかんたい」

 四人の老人たちは頷き合って、絶対長生きしようと決意を新たにするのだった。


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