頭を垂れる文明人


「ハルさん! パン買ってきたっす!!」


「あのな、誰が── 」


「握り飯の方が良かったっすか?」


「……まぁいいや、食うか」


 昼休み、今日はルイと教室で弁当でも食べようかと思っていたが……

 “自分が買ってくるっす” という言葉を念押しされたので、仕方なく買ってきてもらった訳だ。


 世人に頭を垂れる文明人。

 

 一万五千年の歴史の中でも、類を見ない光景だそうで……

 他の生徒たちはドン引きして誰もいなくなった。


「しかし世人の教室は寂しいっすね」


「誰のせいだ誰の。大体その喋り方は何だ?」


「敬う人には語尾に “す” を付けるって教わったっす」


『ハル様、ゲス野郎の事は無視して早く食べましょう。今日は同好会を決めなければいけませんよ』


「同好会……?」


『おっほん。同好会と──「放課後やる活動っす!! 何百って数があるんで、絞って見たほうがいいっすよ!!」  


『コロスゾォテメェ……』


 殺気だったサクラを見てゲスが逃げ出す。

 二人は教室内で追いかけっこ中。

 よし、これで落ち着けるな。


「ルイ、教えてよ」


「えっ? で、でも……」


「ルイの説明が好きなんだよね。ダメ?」


「ううん、ダメじゃない! そ、その……私達世人は同好会、文明人は部活動っていう形に分かれているの。同好会は予算が少ないから規模が小さいんだけど、その分数も沢山あるんだよ。美術、音楽、スポーツ、科学……色んな活動があるから、一緒に見よ?」


「やっぱり分かりやすいな、ルイの言葉は。楽しみだなー、早く食べよ」


「ふふっ、よく噛んでね?」


 ルイの笑顔を見ると、胸の奥がザワつく。

 ヒロに聞いたけど “そんな事も分かんないの?えっ?キミどうて── ” って言ってたし……

 一発ぶん殴ったら粉砕骨折してたけど、あれ治るのかな?


『追い詰めたぞゲス野郎。さぁハル様、コイツを消し炭に!!』


「ルイ、案内してよ」


『キーーーーッ!!!!』


 ◇  ◇  ◇  ◇


 広すぎる校内、多すぎる同好会。

 確かにこれは絞らなきゃ無理だな……


「なぁサクラ、この世界にしか無いアクティブな同好会ってある?」


『やっと世界最高峰の人工知能サクラの出番ですね』


「完全に言葉負けしてるな」


『スバリ、“ヴァン同好会”です。この世界独自の乗り物であるヴァン。言うなれば空飛ぶバイク。反重力装置、そして推力であるアルフェル。このアルフェルというのはそもそもが今から八百年前に── 』


「よーし、行くぞ」


「いいのかな……?」


「ゲス、そこで満足するまで聞いてやってくれ」


「了解っす!」 


 二人を残し、ヴァン同好会なる場所へと向かう。

 ルイに聞いたところ、同好会の中でも最上位に人気があるそうで、ヴァンスポーツとして世界各地で熱気を帯びている……らしい。

 

「うわぁ……凄い人の数だな」


 千人近くいるだろうか……

 先が見えないほど人が群れを成している。

 空を見上げると、確かにバイクのような物が飛び回っている。

 物凄い速度だな……

 動きが直線的ではなく、どちらかというとスノーボードに近いような動きだろうか。


「すげぇ……乗りたいなぁ……」


「……乗ってみる?」


「えっ!? 乗れんの?」


「ふふっ、こっち。ちょっと遠いけど」


 ルイに手を引かれ、小走りで案内される。

 柔らかくて温かい手。

 疲れない身体のはずなのに、何故か息苦しい。


 ◇  ◇  ◇  ◇

 

 そのまま学校を出て、街の中心部へ向かう。

 街の歩道は、歩くと進行方向へとサポートする力が加わり、楽に歩くことが出来る。

 理屈は分かんないけど(多分聞いても分かんない)、便利な世の中だ。


「ここだよ。観光用のヴァンに乗れるの。私達学生は無料なんだよ 」


「へぇ……おっちゃん、乗ってもいい?」


「今日は暇だからなぁ。夕方まで乗り回して宣伝してきてよ。二人してデートかい?」


「そうだな……うん、デートだな。ルイ、後ろ乗って」


「デート…………お、お願いします……」


 軽く説明してもらって、ハンドルを握る。

 バイクの様な形だけど、クラッチ操作が無く両足の円形のペダルで上下左右の動きを操作するらしい。


 ものは試し。

 ハンドルを回すと徐々に宙へと浮かび出した。


「おぉぉ……凄い静かだな……」


「……ふふっ」


「何か可笑しかった?」


「ううん、なんだかいいなって思っちゃって。ハルちゃんの反応っていうか……ハルちゃん可愛いなって」


 可愛い……

 なんだろう、嫌ではないな。

 この身体は女の子なんだし、当たり前……なのか?


「まぁ……女子だし? でもルイの方が可愛いよ。だからこのデートも凄い嬉しいんだ。こんなに可愛い子とデートなんて初めてだし」


「そ、そんなこと……わわっ!? ハルちゃん!?」


 俺の身体に回すルイの手を意識すると、また胸が疼いてしまい、それを振り払うように思い切りアクセルを踏んだ。


 ◇  ◇  ◇  ◇


 どこまでも続く摩天楼。

 見たことのない景色達、感じたことのない空気感に、知らない世界。


 それでも夕焼けの美しさは変わらなくて、どこか懐かしいソレをひたすらに眺めていた。


「……ハルちゃん、大丈夫?」


「…………俺さ、知らない世界から来たって言ったら……どう思う?」


 変に感傷的になってしまう。

 元の世界を思うと、心がざわめく。

 自分の選択が正しいのかわからないし、なんでこんな所にいるんだろうって感じてしまう。


 そんな情けないことを考える俺の手を、ルイは優しく握ってくれた。

 それから……おでこ同士をつけて、微笑んでくれた。


「もし、ハルちゃんがその世界に帰りたいなら私精一杯協力するよ。でも……もし、この世界にいてくれるなら……私はずっと傍にいたいな。私、ハルちゃんが好き」


 その言葉に、思わず涙が溢れてしまう。

 そっか……そういうことか……


「……じゃあ、傍にいてくれる?」



 ◇  ◇  ◇  ◇



『────という訳なんです!! あれ? ハル様?』


「満足したっすか? もう日付変わったっすよ」


『   』


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