文明人のゲスい奴
「良い匂いだなぁ……あのお店は?」
「あれはね── 」
『あれは焼いた熱々のパン生地に蜂蜜、バニラアイスクリーム、それにシナモンパウダーを少量乗せたものです。ハル様に馴染み深い言葉のオンパレードですが、勿論この世界では全く別の言い方、少しずつ異なる製法、材料、それらを引っ括めて翻訳しております。先ずはバニラアイスクリームからですが、肝心となるバニラ、実はこの世界では特殊な──── 』
「おう、長々とご苦労さん。ルイに聞いてるんだけど」
長々と講釈を垂れる世界最高峰とやら。
周りが見えていないようなので、このまま垂れ流すことにしておこう。
「ねぇ、あの建物は何? ちょっと行ってみようよ」
「サ、サクラさんずっと話してるけど……いいのかな……?」
「店の宣伝になるんじゃない? ホラ、行こうよ」
◇ ◇ ◇
空に浮かぶ巨大な球体。
外から見ると青白く輝いているが、中に入ると360度外の景色が見えるようになっているらしい。
マジックミラー的なヤツか。
人が10人ほど入れる筒状の部屋に入ると、反重力装置とやらで一瞬にして建物内に移動した。
これだけ速いと普通身体がとんでもない事になりそうだけど……
文明人とやらの技術力は桁違いだな。
「凄いなー……中はレストランになってるのか。ねぇ、ここで食べてもいい?」
「ふふっ、いいよ?」
球体の中央に円状のカウンターがあり、全ての座席は景色を堪能出来るようになっている。
女子らしく肉を注文し、ひたすらに摩天楼を見下ろす。
『ですので、こういった要素こそこの料理には不可欠だと言いたいのです! 分かりましたか?』
「うんうん、分かったよ。ほら、いい眺めだろ?」
『そして絶景を見ながらハル様はこう呟くのです。サクラ、俺の身体が朽ちるまで俺とお前は一緒だ……と。もー、ハル様何言ってるんですか!!?』
「おう、何言ってんだお前は」
注文した料理が届き、口に運ぼうとした瞬間、背中からとある気配を感じた。
この身体、どうも一度あった人物の気配は察知できるらしい。
で、この気配はと言うと……
「よう、下衆野郎。人の食事の邪魔するつもり?」
ルイを虐めていた文明人グループの親分、その後失禁をしていたゲス君だ。
握る拳からは殺気がダダ漏れである。
「この前は不意打ちを喰らったから負けただけだ。今日は正々堂々、正面から勝負してもらおうか」
「お前その顔でよくそんな事言えるな」
『そうだそうだー! モブに毛が生えた程度のキャラのくせに! 身の程を弁えろ!』
「くっ……まぁいい、今日の俺は機嫌がいいんだ。男らしく、腕相撲で勝負しようじゃないか」
「超能力じゃ勝てないからって女相手に力勝負を持ち込んできやがったよ。何が男らしくだよ。女々しすぎるだろ」
『恥を知れ、恥を』
全身から殺気が溢れている。
大半はサクラによる煽りが原因だろう。
ゲスは勢いよく隣に座ると、肘を立て顎で挑発してきた。
正々堂々……ね。受けて立つか。
「おいゲス、ハンデだ。小指一本で相手してやるよ。少しでも動けばお前の勝ちだ」
「コッ………コロスッッッ!!!」
血管が浮き出る程力を込めるゲス。
なかなかの力の持ち主なのだろうが……
如何せん、一毛たりとも俺の小指は動かない。
「どうした? 本気か?」
「ク、クソアマが……調子に乗るなよ!!」
◇ ◇ ◇ ◇
『で、二十分経った訳ですね』
「もう終わりにしたら? 唇、紫を通り越して真っ黒だよ?」
気力も体力も無くなっているゲス。
残ったプライドは一流なのだろう。
「ま、まだ……負けてないぜ……」
「……そうだ、お前は負けてない。だから何回も挑戦して、いつか負かしてみろ。俺は正々堂々受けるからさ」
その言葉に、ゲスは一瞬目を見開いて……
そこで力尽き、白目を剥いたまま失禁した。
◇ ◇ ◇
ヤバいなー、遅刻遅刻……
ちゃんとタイマーセットしたんだけどな……
『私が止めました。それはもう可愛い可愛い寝顔でいらしたので……隅から隅、秘部から秘部まで── 』
「世界最高峰のやる事は違いますな」
なんて冗談を言っていたせいで、教室内の気配に気が付かなかった。
教室の扉が開いた瞬間、目の前には土下座をして待っている文明人が一人。
静まり返った室内、異様とも言えるその空気の中、そのゲス男は口を開いた。
「ハルさん、俺を弟子にして下さい」
「いや……あのな、俺はそういうつもりで── 」
『そうだそうだ! 先ずは下僕から始めやがれ!』
サクラの一言で、満面の笑みを浮かべるゲス。
と言う訳で、下僕が一人出来た。
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