見上げればアンドロイド


 ルイと別れ、サクラとお喋りをしながら管理棟へ向かう。一時間程歩いて気が付いたことが一つ。


「そういえばさ、全然人が歩いてないよね?」

『人々の移動は反重力装置が埋め込まれた移動専用の地下通路を使用しています。ですから、こうしているのはハル様か余程の変人しかいないかと』

「えっ? じゃあそっち使おうよ」

『ですが、ハル様にとってはこれが“普通”ですよね? でしたらこのままでいいかと』 

「そういうもんなの? っていうか、だったらこんな広い道必要ないんじゃない?」

『数十センチだけ浮いて進む乗り物もありますし、なにより人は地に足をつけなくては生きていけないんです。この世界の人類は百五十年周期で原始的、自然的な考えに回帰します。その度に歩道が必要になるので……いつでも回帰出来るよう、こうした歩道が残されています』

「つまり言い換えれば俺は時代の最先端にいるわけだ」

『ふふっ、流石はハル様ですね。さて、管理棟に着きました』


 この広い敷地内全ての管理者が集う場所。

 その中でも、今から会う学長が全てを束ねるボスらしい。ヒロの古くからの友人で世人。この身体のことも理解しているそうだ。


『約束の時間より二時間程過ぎてしまいましたね。ハル様、足元に気をつけてください』


 俺のいた世界でいうエレベーターのような乗り物。反重力装置というこの世界では当たり前にある代物で、自由に空を浮くことが出来るらしい。

 文明人が発明した偉大な物の一つ。

 

 最上階に着くと、小ぢんまりとしたドアが一つ。いつもの癖でドアにノックをすると扉は開き、中から笑い声が聞こえた。


「遅くなりました。えーっと……ヒロ博士の紹介で……」

「いらっしゃい。久々にドアをノックする音が聞こえて懐かしくなったよ」


 こんなに凄い世界の凄い学長だから、さぞかし凄い人なのかなって思ってたけど……小太りで背が今の俺よりも小さい、優しそうな普通のオジさんだ。


「どうしたんだい?」

「もっとこう、凄い偉そうな人を想像してたので安心してました」

『ハル様、直球過ぎますよ? もっとオブラートに包まなければいけません。チビでデブと言っては失礼です』

「言ってないからな」

「ふふっ、ヒロから聞いてるよ。日本から来たんだって? 私も君と似た世界から来たんだ」


 俺みたいな人はこの世界に結構いるのかな?

 神隠し……なんて偶に聞くけど、案外こっちの世界に迷い込んでしまうことがあるのかもしれない。 


「少しずつこの世界を知るといい。どうだい? その身体とこの世界は」

「俺にはこの顔と身体は可愛すぎて……」


 言葉尻、なぜか二人に同じ反応をされた。


『ふふっ』

「はっはっは。そうだね、やはりキミとヒロが見込んだだけのことはあるよ。今日は授業終わっちゃうから、明日クラスにおいで。困ったことがあればいつでもここに来なさい。アレ、使えるんでしょ?」


 アレ、っていうと……


「シュンってやつですか?」

「そうそう。他の人は使えないから、人前では控えたほうが良いかもね。それと……」

「……?」

「なるべく一人にならないように。人気のない場所は特に気をつけて。オーベイ、頼んだよ」

『言われなくてもハル様は私がお守りします。それに私はサクラ。お忘れなく』

「春に桜……いい名前だね。とても懐かしい。じゃあまた明日、ヒロに宜しく伝えといてね」

「了解です。サクラ、探検しようよ」

『私がご案内しますね。美味しいお菓子屋が施設内にあるみたいですよ』



「ふふっ、いい子で良かったな。ヒロ」



 ◇  ◇  ◇  ◇



「サクラ、さっき二人して笑ってたけど変なこと言っちゃったのかな?」

『いいえ。我々の感覚ですと、その身体と聞かれればアンドロイドとして、この星の叡智としての話になるのですが……ふふっ、ハル様には関係ないお話なんだなと思うととても愛しくて笑ってしまいました』

「ふーん? あっ! あれはなんて食べ物?」

『あちらは── 』


 当たり前だけど、施設内のショップは見たことのない物だらけ。只々眺めているだけで楽しくて、気が付けば外は暗くなっていた。


『ハル様、そろそろ帰りましょうか』

「そうだな。せっかくだし歩いて帰ってもいい?」

『…………早いほうがいいのかもしれませんね。ではこちらから帰りましょう』


 学長から気をつけて、なんて言われた割には人気のない暗い夜道を案内される。見上げれば掴めそうな程煌めいている星々。大都会なんて言葉じゃ済ませられない程の街なのに……この世界は、この星は、文字通り美しい青い星なんだろう。


「そういえば……サクラ、なんでこんな所──」


 見上げる星が一つ、弾けるように輝く。

 その瞬間、目の前で轟音と共に地面から煙が立ち込めた。

 爆発……違う、これは……


 これは、空から人が降ってきたんだ。


「お、おい……なんだよこれ……」

『ハル様、この世界は七つの地区に分かれています。それぞれの地区が威信をかけ創り上げたアンドロイドが七体……そして目の前のアレはヤマト地区が誇る叡智、メールクリオルスです』

「…………えっ?」


【目標発見。捕獲開始】


『ハル様、戦闘準備です。初陣、ビシッと決めちゃいましょう』

「えっ? なにコレ? バトル物なの?」

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