世人と文明人


 俺がいる場所はヤマト地区第二地域という名前らしい。この世界では日本なんて存在しないけど、俺に親しみやすいようヤマト地区と翻訳してくれているようだ。

 この翻訳と言うのがまた複雑な仕様で……


「つまり聞こえてくる声は全て日本語。で、俺が日本語で喋ろうとすると自動的にこの世界の言葉で話している……って事?」

『はい。細かいニュアンスの違い等を補正する為に、ヒロ様が独自の翻訳を為さいました』

「へー……なんでヒロは日本語を知ってるの?」

『ハル様の世界と近い世界線にいたからです。1940年頃、こちらの世界に来ました』

「えっ!? ヒロって何歳なの!?」

『この世界で赤子から生き直したので七十歳ですね』


 なにから理解すればいいのかよく分からないや。空が綺麗だな。


『ふふっ、少しずつお話しますね。着きましたよ』


 辿り着いたヤマト地区最大の学校。研究者レベルから幼児教育まで多様な施設が幾つも混在するこの世界でも有数の学校らしい。因みに俺が行く所はオーソドックスな総合的なんちゃら学校。


「凄いな……広すぎて訳分かんないや。東京ドーム何個分あるんだろう」

『七十四個分です』

「おう」


 ドーム状や、空高く浮かぶ球状の施設。忽然と存在する山々に小川。どれもこれも、只々に美しく感じる。ここでどんな学生生活を……


「えっ? この身体で始めるの?」

『勿論です。いいですか? ハル様は十四歳の可愛い可愛い女の子。それ相応の振る舞いでいきましょう』

「十四歳ね。訳分からん」

『一度成り切ってみては?』


 成り切るか……まぁ大切だよな。


「……ハルだよ! みんな宜しくね♪」

『……』

「いや、反応してれない!?」

『申し訳ございません。可愛すぎてフリーズしてました。録画するのでもう一度お願いします』

「先行くぞ」


 ◇  ◇  ◇  ◇    


 サクラに表示された案内マップを見るが、何箇所にもエリア分けされている程広い。複合商業施設やホテル等もあり、街一個分がこの中に入っている。


「はぇぇ……所々訳分からん単語があるけど、大体日本語と簡単な英語なんだな」

『ハル様にも分かりやすいようにと、ヒロ様が試行錯誤しておりましたから。管理棟に行き学長へ挨拶をしましょう』

「管理棟……遠っ。テレポート出来ないの?」

『可能ですがハル様のためになりません。さぁ、歩きましょう』


 渋々歩いていると不意に聞こえる悲鳴。

 その声を辿ると、広場のような場所で鬼ごっこのような動きをしている数人がいた。 

 ……鬼ごっこにしては違和感があるな。


『気になりますか? ハル様、望遠機能を使ってください』 

「望遠機能? おー、集中すると遠くまで見えるんだ。凄い、あの人の枝毛まで見える…………ん?」


 鬼ごっこじゃ……ないな。

 涙を流す女子生徒を男子生徒が襲っている。

 

「サクラ、使ってもいいよね?」

『では今回は無言で行いましょう。前回は初めての事でしたので、ハル様に身近でありかつ具体的にイメージ出来るようテレポートと言葉を発して頂きました。落ち着いて対象をイメージ出来れば無言で大丈夫です』


 ナルホドね。

 イメージ、イメージ…………なんか上手くいかないな。瞬間移動なんだからあの場所を思い浮かべるんじゃなくて、あそこに向かって一瞬で移動を……


 シュンッ!!


「な、なんだコイツ!!? 急に目の前に……」

「何やってんの? この子泣いて嫌がってるんだからさ、止めなよ」

「ハァ!!? お前何言ってるのか分かってんのか!?」

「……変な事言ったっけ? おたくらの趣味悪い虐めの方がよっぽど変だけど」

『そうだそうだー』

 

 漫画でしか見たことのないステレオタイプなヤンキーの態度で睨まれる。俺のいた世界では絶滅したのかと思ったけど、こんな所で生きていたとは。

 その後ろから、王道ステレオキングのボスがやってきた。そのドヤ顔は一級品である。


「よく見りゃスゲェ可愛い女だ。俺が使った後でよかったらお前達も使っていいぞ。ま、緩々になってるだろうけど」

「うわぁ……絵に描いたようなゲスだな」

「その生意気な感じも唆る……なっ!!!」


 ゲス男は勢いよく拳を向けて……いや、遅っ。

 その拳に集中すればする程、周りの景色が、動きが遅く流れていく。なのに……俺の身体は普段通り動けている。

 凄いな……これがこの身体の力……

  

『ハル様の身体はこの世界最強。さぁ、成敗しちゃいましょう!』


 何もしなくても躱せるが、挑発を兼ねて小指一本で全ての攻撃をいなす。あれ程ドヤに溢れていたゲス男の顔は段々と気色悪くなっていく。


「あのさ、この子がアンタ達に何したの?」

「ハァ……ハァ……くそっ……ソイツはな、俺様の誘いを断りやがった。だから狩りの対象にしたんだ」

「……言ってる事がよく分かんないんだけど、要するにフラレたんでしょ? ただの腹いせじゃん」

『鏡を見れば結果が分かると思うのですが?』

「こ、このヤロウ……犯してコロス!!!」


 そう言い放ったゲス男の周囲に、パチパチと稲妻のようなものが帯電し始めた。名前を決めた時に感じた雰囲気と少し似ている気がする。

 

「何これ?」

『空気中の粒子を振動させて電気を作っています。この年齢にしてはなかなかの手練ですね』

「へー……俺にも出来るの?」

『補助機能がついていますので、上手くイメージ出来れば可能です』


 兎にも角にもイメージね。

 粒子を振動…………


 全然分からん。


 待てよ、電気を作るイメージじゃなくてその後をイメージすれば……

 次第に、俺の周りにも稲光が走り始めた。それはゲス男の纏う電気が静電気に見えてしまう程、禍々しい。

 

「……落ちろっ!!!」

 

 腕を振り下ろした瞬間、広場中央に巨大な雷が轟き落ちる。ゲス男は白目をむいて失禁中だ。


「これはもう魔法の世界では?」

『ハル様、魔法と科学は紙一重。そこには屁理屈という壁しか存在しないのです』

「おう、訳わかんないけどな」


「あ、あの……」


 追われていた女子生徒が恐る恐る俺たちに話しかけて来た。同じ位の背丈……綺麗な黒髪、真面目そうな可愛らしい子だ。


「怪我とかしてない? 嫌な連中だったね」


 気がつけば奴等は遠くへ逃げていった。

 失神中のゲス男は子分に引きずられている。


「助けてくれて有り難いんだけど……その……こんな事をして大丈夫なの……?」

「ん? そういえばあいつ等も何か言ってたっけな」

『彼等は文明人、この星の絶対的支配者。世人は彼等に逆らう事など許されないのです』

「へぇ……白目をむいて失禁してる支配者ね。あれじゃフラレても仕方ないよな?」

「……ふふっ、本当はそんな事しちゃ駄目なのにね……私、異性と手を繋いだ事も無いから怖くって……つい拒否しちゃったんだ」


 そう言った彼女の腕は微かに震えていた。

 ……この身体なら安心してくれるかもしれない。そう思い、優しく彼女の手を握った。


「俺はハル。こう見えて結構強い……んだよね?」

『それはもう、サイッキョです』

「あははっ。だからさ、何かあったら俺に言ってよ。絶対に守るから」

「う、うん。私ルイ。宜しくね」


 文明人に世人。

 知るべき事は多そうだ。

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