アリス
『誰がなんと言おうが関係ない。あなたは世界で一番美しいわ、自信を持ちなさい。あなたは私の娘なんだから美しくて当然よ、私のかわいいかわいいお人形さん。いつまでも私のそばを離れないでね、あの失敗作みたいに私を置いていかないでね……』
小さい頃から言われてきたこの呪いの言葉。僕を縛り付けている母さんの言葉たち。僕は女じゃない、でも母さんはずっと娘が欲しかったから僕を息子としてではなく、娘として接してくる。一人目も二人目も男で三人目こそは女がいいと願っていたのに僕が生まれてきたからとうとう狂ってしまった。
髪の毛は長く、肌は白く、かわいい色のかわいい柄がついたフリフリのスカートやワンピースしか着せてもらえず学校にも通っていない僕。近くに住む人は悲しいことにみんな僕が女だと思っている。
言葉を発するときは自分のことを「私」と呼び、おしとやかに振舞う。誰にも隙を見せず常に完璧である。他にも細かいものは沢山あるがこれが母からの教えだ。守らないと母は荒れ狂い泣きながら僕の顔以外の体という体を叩いたり蹴ったりしてくる。気が済むと何事もなかったかのように平然と当たり前のように僕に話しかけてくる。母以外の人とあまり話をしたことがないからそれが普通なのか異常なのかは正直なところ、よくわかっていない。でも、やりたいことはやらせてくれず、自分の想いばかりを押し付けてくる女が……自己中心的な母さんが大嫌いだ……はやくこんな家から逃げ出したい。 母から解放されたい。
父さんはこんな母を気味が悪いと言って兄と弟を連れて何年も前に出て行った。あの女に似たお前の顔なんか見たくもないと言われ、僕だけをおいて逃げて行った。父さんとはあまり話したことがなく、彼との思い出なんてないに等しいけど、できれば連れて行ってほしかったな……。
一度母に何で兄や弟ではなく僕をこうやって育てるのかときいたことがあったが「可愛くないからに決まっているじゃない」と言われた。結局顔なのか……自分の子供であっても可愛くない、女じゃないからって普通息子を娘にしようとするか? 娘が欲しいと心の底から願っていたのに三人とも息子だというのは腹を痛めて産んだ母からするとそうとうつらいことなのか……。あれもこれもそれもすべて母しかわからないから考えるだけ無駄だが母の操り人形なんて正直もうしたくない。髪の毛を短くしてみたいしズボンを穿いて走り回ってみたい。
この家に住ませてもらっているだけまだましなのかもしれないが、もう少し自由にしてほしいと願ってしまう。言うことを聞いて母の思うようにしていればそこそこ快適に生きることができる。だから僕は今まで耐えてきた。どんなに頑張ってもこの努力は報われないし母は僕の気持には気づいてくれない。 僕がそこまで無理をする必要はあるのか……親の頼みだからといって全部聞かなきゃいけないということはないしここまで尽くしてきたのに何もないというのは正直納得できない。そろそろ僕も限界だ……言いたいことを言って自分の好きなようにさせてもらう。
「母さん、少しいいですか」
「どうしたの、ルイ? あなたから話しかけてくるだなんて珍しいじゃない。今日買ったドレスのこと? それとも髪の毛を切りたい? 確かに伸びたもんね……私と同じで本当に綺麗な茶色ね。あ、新しい洋服が欲しい? 」
「母さん、私の話を聞いてください」
「ごめんなさい、ついつい」
「私は今年で十七になります。そろそろ自立したいしやりたいことも沢山あります。こんなひらひらした服を着て、髪の毛を伸ばして、自分の性別を偽りたくありません。自分や周りの人に嘘をつくのにももう疲れました。どんなに母さんの言うことを聞いたところで何も私のためにならないし母さんのエゴじゃないですか。そろそろ自分には娘がいない、三人とも男だって認めてください。そして僕は今日から自分の好きなように生きさせてもらいます。」
「何を言いだすのかと思えばそんなくだらないことを……私がどんな気持ちであなたを育てきたと思っているの? 娘がほしいと心の底から思っていても全員あなたの父親似の息子で、周りの人はみんな男の方が将来役に立つとか私の日頃の行いが悪いからとか言ってきて好きでもない人と結婚して子供も産んでやったのに何で私がそんなことを言われなきゃいけないの? 私はただただ娘が欲しかっただけなのに……小さいときはいっぱい可愛がって、大きくなったら一緒にお買い物に行って帰りにカフェに寄ってお茶を飲みながら話がしたかっただけなのに……。私が何をしたと言うの? どこで間違えたの? ねぇ、教えてよ……私はただ、私はただっ……」
「ごめんなさい、母さん。僕を愛してくれているのは母さんしかいないってずっと思っていました。でも、僕は気づいてしまいました……母さんが愛しているのは僕じゃなくて女の子のふりをしている僕だってことに……。愛されていない人間に価値はないとも思っていたけど本当の僕を愛している人は一人もいないし別に愛されなくてもいいんじゃないかって思うようになりました。ありのままの自分をさらけ出して生きていけばちゃんとした僕を愛してくれる人が見つかるかもしれません。大変かもしれませんがここでの息苦しい生活と比べれば天国かもしれません。今までありがとうございました」
「待って……ルイ! あなたの好きにしていいから行かないで! お願いだから私を一人にしないで……私のルイ! 」
「あなたの自己中心的なその生き方が大嫌いです。周りの誰が傷つこうと自分さえよければそれでい、人の言うことは聞かないけど自分の言うことは聞いてほしい、自分のことを愛してやまないそんなあなたが大嫌いです。それを直したらまた……って思うかもしれませんがもう一緒にいるつもりはないし、母さんには無理だと思います。もう二度と会うことはないと信じて……さようなら」
こうして僕は母と別れを告げた。
やっと母から解放され、自由になれた。
行く当てもなく、父さんがどこにいるかもわからないからとりあえずこの村を出ることにした。父さんに会ったところでどうせあの人は僕のことが嫌いだから一緒に住ませてもらえるとは思えないし何年もあってない人に会うのはちょっと気が引ける。どこに行くかを考える前にこの格好をどうにかしたい……長くて邪魔だった髪の毛をバッサリと肩まで切ってそのまま飛び出してきたからガタガタの髪の毛にフリフリのワンピースという少し目立つ格好になってしまった。知らない人が来たらその人に事情を説明して何とかしてもらおう。コツコツと貯めてきたお金で僕は髪の毛を整えてもらってズボンを買いたい。産まれてから今日まで一回も穿いた子たことがないからどんな感じなのかが気になっていて少しソワソワしている。長年の夢が叶ったことへの喜びからかどんなに歩いても全然きつくなく、笑顔で進んでいくことができた。
三時間ほど森の中を歩き、少し暑く成ってなってきたので休むことにした。
大きな木の下で涼んでいると後ろからガサガサと葉っぱの動く音がした。その音は少しずつ僕に近づいてくる。周囲に警戒しながら反対側にある木に向かって歩いていると「まって! ねぇ、まって!」とかわいらしいが聞こえてきて茂みの中からウサギがぴょんと飛んできた。ウサギが喋ったのか……? いや、ウサギは喋れない。じゃあ今の声は何だったんだ……と考えていると今度は女の子の声がし、それに驚いたウサギがどこかへ逃げてしまった。
「うさちゃんまって! え? うさちゃん? 人間だったの? これってもしかして夢? 」
「ウサギならあなたの叫び声に驚いて逃げましたよ……」
「え……そんな……まってあなた男の子なの!?」
「初めまして。わたっ……僕ルイって言います。色々とあって今はこんな変な恰好をしています。あなたは? 」
「あ……初めまして。私はセナ、あっちにある大きめな村に住んでるの。お父さんと喧嘩しちゃってそのまま飛び出してきたの。嫌じゃなかったらでいいんだけどあなたのこともっと教えてもらえる……? 敬語なんか使わなくていいしさ」
「別にいいけど聞いて面白いことではないと思うよ……」
「面白そうとか思ってないよ? あなたとても綺麗だしちょっと気になっちゃったの。あと私とルイって同じかもしれないなって思って」
「わかった……。僕はのお母さんはずっと女の子が欲しくて頑張ってきたんだけど三人とも男で一番自分に顔が似ていた僕をずっと娘として育ててきたの。それに呆れた父さんたちは僕と母さんを置いて出て行ってそこから今日まで二人で暮らしてたの。ずっと自分の感情を押し殺して母さんの操り人形として生きてきたけど死ぬまでずっとこのままだって考えるとそれってもう死んでるようなもんじゃん? それでもう我慢したくないと思って母さんに自分の気持ちを伝えて出てきたの。その時に邪魔だった長い髪の毛を切ったんだけどスカートとかワンピースしか持ってないから着替えれないなって思ってこの格好のまま出てきて歩いてたら君に会ったって感じだよ」
「そうだったんだね……。やっぱりそれ自分で切ったんだねガタガタしてるからちょっと気になってたの。私が整えてあげようか? 鞄の中にハサミ入ってるし親には反対されてるけど大人になったら美容師になりたいと思ってるの。自分の髪も自分で切ってるし自分で言うのはちょっとあれだけどうまく切れるはずだよ」
「え、いいの?」
「うん。その髪型のまま歩くのも嫌でしょ? その代わりと言っちゃ変かもしれないけど私の話を聞いてもらえるかな」
「うん。何でも聞くよ。さっき僕の話も聞いてくれたしね」
「私が産まれてすぐはお父さんとお母さんはすごく仲が良くてね、こんな家に産まれた私は幸せ者だって思ってたの。でも幸せな日は長くは続かなかったの。お父さんの帰って来る時間が前より遅いってことを不思議に思ったお母さんが「もしかして浮気してる?」って聞いたの。そうしたらお父さんが怒ってね、そこから毎日喧嘩するようになったの。お父さんはお酒に溺れてイライラしてるときは私に八つ当たりしてきてずっと殴られてた。それにもう耐えれなくなったお母さんが六歳の私を連れて家を出たの。しばらくは二人で暮らしてたんだけど寂しかったからかよく男の人を連れ込むようになったの。家に居場所がなくてその男が帰るまでずっとクローゼットのなかに隠れてた。そんな生活が半年くらい続いて、ある日お母さんが紹介したい人がいるのって言ってその男を連れてきたの。お母さんが選んだ人なら誰でもいいよって言って、二人は結婚したの。本当にいい人で毎日が楽しかった。二人とも一回離婚してて色々と気が合ったんだろうね、突然兄弟が増えたことに驚いたけど2人とも優しかったしすぐに家を出て行ったから一人っ子みたいな感じだった。何してもいいけど女らしいことはするな、自分や人を綺麗にする仕事に就くなって言われてて自由だけど自由じゃない不思議な生活を送ってるの。だから私の髪は短いし服もズボンが多いの。はい! 綺麗になったよ!」
「ありがとう! 実の親に殴られたり否定されたりするのは辛いよね」
「もうさ、私たち一緒に住まない? さっき会ったばかりだけどなんか私たち二人でなら何でもできる気がするの」
「働きながら静かなところでひっそりと暮らしたいよね。僕なんかでいいんだったらいいけど」
「やったぁ! これからよろしくね、ルイ」
「よろしく、セナ」
家を出た日に森の中で家出少女に出会い、その子と一緒に暮らすことになった。始めて経験することばかりだったがこれからが楽しみだ。
古めの安くなっている二階建ての家を買い、二人で働いて少しずつ家をリフォームしていくことにした。僕にとっては初めての外の世界で不安なこともたくさんあったけどセナがそばで支えてくれたから少しずつ慣れることができた。
家を出てから四年が過ぎ僕とセナは二十一歳になった。大きな問題もないまま大人になることができた。華奢で肌の白かった僕は少し細いが背も伸びて男性らしい体になった。セナは短かった髪を伸ばし外を歩くと振り返らない人はいないほどの美女になっていた。こんな僕と一緒に暮らすにはもったいなくて時々本当に僕でいいのかと思ってしまう。
僕たちの家もどんどん理想的なものになっていき、この前建てたばかりに見える。僕たちの過去を知らない人しかいない村の森の中の家でひっそりと暮らすという僕の夢が叶い、贅沢とは言えないが美女と仲良く笑いあり涙ありの生活をしている。
「おはよう、セナ」
「おはよう、ルイ。今日は私もルイも仕事がないから一日中ゴロゴロできるね。私朝ご飯作ってくるからルイはもう少し寝てな」
「うん……ありがとう」
下からトントンと野菜を切る音が聞こえてくる。今日の朝ごはんは何だろうと考えながら横になっていると、ドンドンとドアを強くたたく音がした。「はーい」とセナが返事をして戸を開けると同時に数年ぶりに彼女の叫び声……悲鳴が聞こえた。
「ルイはどこ? 私の愛おしいルイちゃん……上にいるの? 今から行くから待ってってね」
この声は……と慌てて布団から飛び出し、下に行こうとしたがそれよりも先に包丁を片手に持った母がやってきた。その顔は僕の記憶の中の母とは打って変わって、髪の毛のほとんどは白くしわが多く目の下に黒い隈ができていて顔だけではわからないくらいに老いていた。
「かあ……さん? 」
「そうだよ、私だよ。やっと見つけれた……。ルイがいなくなってから本当に大変だったの。もうね何も喉を通らなくて、何がいけなかったんだろうってずっと考えていたの。娘が欲しいっていうこの願いは一生叶わないってことはわかったの。でも、なんで自分の子を序文の好きなように育てちゃいけないのかが四年経った今でもわからないの。だからね、あなたを私の理想通りの娘にするにはその唇を縫い付けてもう話せないようにしちゃえばいいと思ったの。でもそれだとまた逃げちゃうかもしれないから、あなたを殺して私のお人形さんにすることにしたの。沢山の人にこんな顔の人を見ませんでしたかって聞いてね、ルイの住んでいるところを見つけたの。お母さんすごいでしょ」
「あなたとはもう二度と会わないで死ぬつもりでいました。人の家に何の断りもなく上がるだなんて非常識じゃないですか。あなたみたいな人は僕の母親じゃない。もう僕には二度と会わないと誓いここから出ていくのなら大事にはしません」
「何言ってるの? 私はあなたを殺しに来たのよ、帰るわけがないじゃない。あなたは今武器を持っていない。でも、私は包丁を持っている。さぁ、賢い選択をしなさぁっ……うぅ……」
「グダグダとうるさいわね。ルイはあなたじゃなくて私を選んだの。あなたみたいな人にこの子を育てる権利はないし、幸せにできるわけがない」
「ルイ……ル……」
動かなくなった母をしばらくぼーっと見つめていた。
セナが突然その体を持ち上げ階段を下ろうとしていた。
「セナ、何してるの?」
「え? この人を外に出そうとしているの。まだ息してるからさ森の奥の方に置いてこようと思って」
「そうなんだ、僕も手伝うよ」
「いや、いいよ。朝ご飯できてるから冷める前に食べちゃって?」
「わかった。よろしくね」
しばらくして森の奥から血まみれの老婆の遺体が見つかったという話が色々なとこでされたれが、それがルイの耳に入ることはなかった。熊にやられたという人もいたが本当のことは誰にも分らない。
「ねぇルイ。私お父さんのところに行って謝ってこようかと思ってるの。一緒に来てくれない?」
「いいよ。でも、何を謝るんだい?」
「いっぱいあるけど、勝手に出て行ったことかな。それのおかげで今ルイとこうして暮らせているわけだけど、やっぱり優しくしてくれた人に何も言わないで出て行ったのはあまり良くなかったなって思って」
「そうなんだね。いいよ、一緒に行こう」
セナの父親がどんな人なのかを知りたいという個人的な理由もあったから一緒に行くことにした。
ドアを叩くと中から声が聞こえて、扉が開いた。
「お父さん、ごめ……」
「ル……ルイなのか?」
「そ……そうですけど」
「俺のせいでごめんな、お前を一人にして悪かった。許してくれとは言わない。でも、お前を置いていったことを俺は激しく後悔していた。お前の母さんに似ているからってそりゃあ家族なんだから当たり前だよな……」
「待って……ていうことは、私とルイって血のつながっていない兄弟だってこと?」
「そういうことだな」
「これって絶対運命だよ!」
「そんな大げさだよ」
「やっぱり運命だよ。神様が私たちをめぐり合わせてくれたんだよ」
「はいはいそうですね、運命ですね。父さんと仲直りできたんだからいいじゃん。美容師になることに反対していた理由も知れたしね」
「そうだね。ねぇ、ルイ……」
「何?」
「これからもずっと一緒にいようね」
「もちろんさ」
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