第35話 恋愛はタイミング、結婚は勢い
15時。不安を追い立てるように仕事にのめり込みケーキを作った。18時。ハルトからの連絡はまだない。
ハルトにさんざん甘えておきながらはっきりしない態度を取り続けた。ハルトは好きな相手にしかこういうことはしないと言ってくれていたのに。
愛想をつかされたのかも・・・。
恋愛はタイミングだ。
好きだと思うタイミングが合わなければ両想いにはなれないし、好きだと思っても寄り添えるタイミングがズレれば、それはそれで想いは叶わない。
ハルトが私を好きになってくれた時私はハルトへの気持ちの種類が分からずにいた。ハルトはもう別の人と・・・。
ぽろぽろ、ぽろぽろと涙が零れてくる。
時間を巻き戻せるなら巻き戻したい。もうこの部屋にハルトが来ることは無いかもしれない。
「どうしよう・・・」
「何がどうしようなの?」
「え?」
「ってか電気も付けないで何してんの?あ、おかえり」
何事もなかったかのように電気を付けたハルトが凜を見て、え?と固まった。
「何で泣いてんの?目、真っ赤」
ハルトが凜のそばに来る。間近でハルトの顔を見ると、今まで自分の気持ちが分からなかったのがウソのように次々と溢れてきた。
「どうしよう・・・私、ハルトのことが好きみたい」
「へぇ、それで泣いてるの?」
ハルトがふっと口元を歪めて、しゃがんで膝を抱えて凜を見ている。まるで子供が体育館で演劇でも見ているような格好だ。
「・・・もう・・・遅い?」
絞りだした声が甲高く掠れる。
「あ、もしかして俺のニュース見た?」
「うん」
「あれ、嘘だから。あの場にはドラマのみんなもいたし、入ったマンションは河合さんの家。皆で移動したんだ。結構悪意ある切り取り方だよね」
ハルトは、はぁ、とため息をついたがまだ涙目の凜を見て凜の頬に触れた。
「こうやって凜の気持ちを聞けるなら結果的には良かったかな」
「まだ、間に合う?」
「勿論」
ハルトの返事と同時に抱き着いた。勘違いした恥ずかしさよりも、歳の差よりもハルトを失わなくて良かったという安堵の方が勝っていた。
「あのさ、もう、このまま結婚しない?」
ハルトの言葉に凜の涙がものすごいスピードで引っ込んだ。
「は?ちょっと待ってよ。結婚とかって付き合ってお互いを知ってからするもんじゃないの?」
「いや、だってもう3か月一緒に暮らしてるし。お互いを知ってからってどこまで知れば満足するの?」
「ちょちょっと、え、ハルトって22歳でしょ?結婚って歳じゃないんじゃ・・・」
「20歳超えてるし問題ないでしょ」
「でも、さ。いや、でも」
「凜は俺と結婚したくないの?」
「そういうわけじゃないけど、心の準備が」
あわわわ、あわわわと反論する凜にハルトが詰め寄る。
「結婚って勢いらしいよ」
「でも、ほら、かっ、体の相性とかもあるっていうじゃん!」
少し落ち着きたくて叫んだ言葉だった。でも、一瞬目をパッチリ開いたハルトはこれ以上ないくらいほほ笑んだ。
「じゃあ、今から試してみればいいじゃん」
この歳になってあり得ないことではあるが、寝室にお姫様抱っこで運ばれた。そっとベッドに下ろされて、ハルトが凜に馬乗りになるような形で凜を見下ろす。
嘘、うそでしょっ!!
凜の頭の中は未だにパニックだ。それもそのはず。先ほどまで振られたと思って泣いていたのに、プロポーズからのベッドだ。
「ほ、本気なの?」
「今までの俺の我慢を汲んで、観念してください」
凜の顔の両脇のベッドが軋んでハルトの顔が近づいてくる。ハルトの唇が凜の唇に触れ、少し離れて今度は舌先から侵入してきた。
ハルトとキスしてる・・・。
今まで幾度となくしてきたはずだ。それでも脳内がしびれるようなこんなキスは初めてだ。凜の服の中にハルトの手が入り、背中を滑ってブラジャーのホックが外れる。この時になってようやく状況が凜の頭に入ってきた。ハルトは凜の服の中から手を引き抜くと体を少し起こし、服を脱いだ。
露わになるハルトの上半身。流石は俳優というべきなのだろうか。細身ながら程よく鍛えられた体はまるで写真集を見ているかのようだ。
やばい・・・、もう、なんか、凄く恥ずかしくなってきた。
服をめくり上げられお腹にキスをされながらハルトの顔が上がってくる。下着を脱がされた先からは正直、ほとんど覚えていない。-
「で、どうでした?」
全裸のまま後ろから抱きしめられて凜は未だに赤い顔のままだ。
「とりあえず、服、着ませんか?」
「だめ」
布団と共に服を取りに行く凜の作戦は見事にハルトに阻まれた。
「悪くはなかったでしょ?気持ちよさそうだったし」
ハルトの言葉にいてもたってもいられず布団にもぐるとハルトが笑う。
「俺思うんだけど、ここまできたら付き合って相手を確かめるって時間が無駄なような気がする。そんな試すようなことしなくても、別れる人は別れるし、別れない人は別れない。ましてや俺たちは3か月一緒に暮らしてるし、お互いに好きでしょ。これ以上に何が必要?」
「ハルトは若いじゃん・・・。今の気持ちがウソだっては言わないけど、この先もっと素敵な人に出会うかもしれないじゃん」
「でも、凜が一番かもしれないでしょ」
「そうだけど・・・」
「絶対なんてないけど、【かもしれない】に振り回されないでよ」
布団から凜が顔を覗かせるとハルトがほほ笑む。
「俺、結婚したいし、凜との子どもも欲しい」
その時、凜はこれ以上ないくらい頭を働かせていた。
確かにハルトのいう事は最もだ。年齢差も付き合った期間も、別れる人は別れるし別れない人は別れない。もし、ダメだったとしても私にはこの店がある。
じゃあ何が不安なんだろう。ダメだったらダメで仕方がないじゃないか。ハルトに他に好きな人ができるかもしれないというのなら、私にだって他に好きな人ができる可能性もあるのだ。
こんなに真っすぐに思いを伝えてくれる人、今までいなかったな。
凜の中ですぅっと思いが固まった瞬間だった。
「分かった。結婚しよう」
・・・3年後。
厨房の片隅に置いたベビーベッドの上ですやすや眠る子供の姿があった。
「頼むから、今は起きないでよ~」
凜はそーっとベビーベッドから離れるとチーズケーキをオーブンの中に投入する。
パタンっ
「おぎゃあああああああああああ、おぎゃあああああああ」
「あちゃー、やっちゃった」
静かに閉めようとしたオーブンのドアが思いのほか大きな音を立てたのだ。
「ちょっと待ってねーっ!!」
泣き出した赤ちゃんにキスをするとその場を離れオーブンの温度を設定しスタートボタンを押した。それからエプロンを外して息子を抱く。
「パパ、もうすぐ帰ってくると思うんだけどな。パパの声でも聴く?」
以前声優を担当した子供番組の動画を流そうとしていると階段の上から声がした。
「宜しいですかの?」
「あぁ、リック。良いところにきた!!」
「これはこれは。緑くんはご機嫌斜めですかのー?」
リックが近づくと緑はその顔を触り、たちまち泣き止んだ。
「さすがリック。あとは任せた」
緑をリックに渡すとリックは慣れた手つきで抱っこをする。
「ハルト様は?」
「もう帰ってくるよ」
「ただいまー」
階段の上からハルトは顔を出すと、おいでおいでと凜を手招きした。
「どうしたのー?」
階段を駆け上がると、ハルトはリックから体が見えない部分に凜を引っ張った。
「ただいま」
もう一度ただいま、と言って凜に口づける。
「もしかしてそのためだけに呼んだの?」
「うん、そう」
「ぷっ、ぷぷぷぷぷ」
この先のことは分からない。でも、こんな日があるなら、この日を糧に生きていける。
不安に下を向くよりも、今を大事に味わおうと凜は思った。
END
異世界のトビラ SAI @SAI_IAS
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