第34話 外見と内面

凜の世界の時間でいう23時。

「やった!!これで争いを起こさずに両国の関係を良好にできる!」

すっかりゲームの世界にのめり込んだアーチャが破顔して喜んだ。好みの顔の破顔というものはとてつもなく眩しくて凜もつい笑顔になる。

「やったねーっ。これで国民も傷つかずに済むね」

ガランヤが帰ったのが二時間前、それ以降も二人はゲームを続けていた。


「あ、凜。毛が唇についているぞ」

アーチャの手が迫り、凜に触れた瞬間、好みの顔の視線が自分の唇に注がれているということに恥ずかしくなって思わず顔を引いた。

「こら、動くな」

ぽっちゃりな手が凜の顔を押さえるようにして、もう片方の手となぜか好みの顔が凜の顔に近づいてきた。瞬間、思わずグーで殴っていた。


「なっ、何をする!!」

「それはこっちのセリフでしょ!何をしようとしたのよ!!」

「何って、まぁ、ね。どうだ、凜。この国の者にならないか。3日間、共に過ごしてこんなに楽しい日々は今までなかった。凜がいれば、俺は退屈しない」

アーチャはそう言ってまた凜の顔を両手で挟み、顔を近づけてきた。

「この姿が好きなのだろ?お前といる時はずっとこの姿でいてもいいぞ。俺と結婚しようぜ」


好みの顔を間近で見ることが出来るのは単純に嬉しい。目の保養だ。でも、それはそれ。こんな風に触られるのは・・・。

「嫌―っ」


思わず右手を突っ張り、アーチャの顔をぐいっと遠ざけた。

「好みの顔だからってこんな風に触られたくない」

思わず出た言葉に、凜は心の中で「あ」と呟いた。

「いててててて、わかった、わかったよ」

アーチャはふぅ、ふぅっと息を吐いて凜に顔を近づけるのをやめたが、フリーズしたように固まった凜を見てきょとん、とした顔をした。

「どうした?」


私、ハルトにキスされるの嫌じゃない・・・。触れられるのも嫌じゃない。

そうか、好きじゃない人に触れられるのって嫌なんだ・・・。


ストンと言葉が下りてくる。


ハルトと一緒にいると安心する気持ちの方が大きくて、ドキドキすることはあまり無い。田丸君の時の方がずっとドキドキしていたから、好きってあぁいうものだとばかり思っていた。そういえば、ミサキも言っていた。相手が違うんだから好きの形が違うのは当たり前だって。


私、ハルトのことが好きなんだ。


自覚をしたとたん、愛しい気持ちが込みあがってくる。まだ間に合うだろうか。自覚したこの思いをハルトに伝えても迷惑になったりしないだろうか。

急に不安になりながら凜は早く明日になるようにと祈った。






 翌朝、昨晩も明け方までゲームに付き合った凜はぐったりとベッドから這い出た。

29歳になると連日の睡眠不足はキツイわ・・・。

鏡に映った自分の顔を見て、うぉーと声を出した。目の下にはくっきりクマ、肌にもハリが無い。10代は勿論のこと、20代前半は睡眠不足でもここまで悪化はしなかったのに。

「よし、今日は早く帰って寝よう。ってか、もう、帰ろう」


ハルトに会いたい。


「えぇっ、もう帰るの?」

帰宅の準備を始めた凜にアーチャが、ぷーっと頬を膨らませた。秘儀、凜のモロ好みの姿ぷー、だ。

これはこれで可愛い・・・。

ほっぺを膨らませたことで丸みを増したアーチャの姿を見て一瞬頬を緩めたが、凜は首を振ってシャキッとした。

「そ。私にも仕事があるの。いつまでもここにいるわけにはいかないわ」

「じゃあ、誰がゲームの翻訳をしてくれるんだよ」

「それはリックに頼めばいいでしょ。あ、ちゃんと手当つけてあげてよ」

コンコン

「はい」

「宜しいですか?」

どうぞ、の言葉に顔を見せたのは国王とガランヤ、そしてリックだ。


「凜、ガランヤから話は聞いておる。ようやく息子も国王の業務を学ぶ気になってくれたらしい。其の方には感謝する」

「有難きお言葉、感謝いたします」

「この先のアーチャ様の指導は私にお任せを」

「頑張って下さい!!」

ガランヤの両手を掴んでギュッと力を込めると同じ強さで握り返された。まるで同志のような挨拶だ。

「さぁ、凜様、参りましょうか」

「うんっ」


こうして午前中のうちに凜は自分の世界に戻ってくることが出来た。







 「凜様、長々と本当にありがとうござました。国王も大変満足しているようですよ」

「アーチャの関心がゲームの中だけに留まらないことを願ってるわ」

うんざりとした顔を作るとリックが、まぁ、大丈夫でしょうと視線を上にあげて愛想笑いをした。

「では私は戻りますので。凜様はゆっくりお休みください」

「あぁ、うん。ありがとう」

「お礼を言うのは私の方ですよ」

リックは手を振って鏡の中に消えた。



3日ぶりの我が家。3日でもこの家の香りが懐かしい。

「やっぱり我が家が一番だよねーっ」

携帯を手に取ると3日前のハルトからのメールが残っていた。

【行ってらっしゃい。気を付けて】

たったそれだけの言葉に胸が跳ねる。寝室に行くと3日前に私が整えたままになっていた。

「そっか、ハルトは自分の家で生活してたんだ」

ベッドに寝転がると自分の匂いに交じってハルトの匂いがする。ここで抱きしめられて眠っていたことを思い出すと、今更ながら顔がほてる。

「自覚しただけでこんなに変わるなんて・・・。まじか・・・。あ、ハルトにメールしておこう」

ハルトに帰宅のメールを送りつつ、今日はちょっと頑張って料理しようかな、なんて考えながら寝落ちした。


「何時だ!?」

思いのほかスッキリと起きた不安感に時計を見ると14時。ほっと胸をなでおろしながらリビングへと向かう。

「15時には厨房に行って明日の準備しないと」

戸棚からパンを取り出し、レトルトのスープを入れるとTVをつけた。

「え・・・・・・」

目に飛び込んできた文字は【人気若手俳優 深谷ハル熱愛 お相手は共演相手の結城リカ!!】だった。アナウンサーが説明する。


「一昨日の深夜、居酒屋から出てきた二人の写真、それからマンションに手を組んで入っていく様子が写真にとられていますねー」

「これ、一昨日の話なんですよね。スクープされるの早くないっすか!?」

「実はこれね、ブイッターからの情報なんですよ。普通、週刊誌は写真撮ったら●●に記事出しますよって事務所に断りを入れるわけですよね。でも、今回のは一般の方から広まったので事務所側も何の準備も出来ていなかったと思いますよ」

「うへーっ、こわっ。どこに目があるか分からないですね~」

「双方の事務所は何もコメント出していないので、本当かどうかはわかりません。仲の良い友達って場合もありますし」

「でもこの写真を見る限りじゃねぇ」


画面を見つめたまま、TVの音がどこか遠くに聞こえた。まだハルトからメールの返事がないことも、仕事中なのだろうと思いつつも不安を掻き立てた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る