第32話 アーチャ

芋や野菜、フルーツなど、物凄く素材を活かした夕食をご馳走になると、凜はアーチャと二人、アーチャの部屋に閉じ込められた。凜がこの世界にいられる時間が4日間ということもあり、国王もかなり焦っているようだ。

国王としての自覚をと言ったところでどうすればいいんだろう。4日間で国王としての自覚を身に着けさせるなんて不可能だ。だが不可能だから通って何もしないわけにはいかない。


良い案を探しながら部屋の中を歩き回る凜を見てアーチャがやる気のない声をあげた。

「もう21時だし、寝る?」

退屈そうにベッドの上でくつろいでいるアーチャを見て凜は眉間に皺を寄せた。

こんなんじゃやる気がでないよ・・・。せめてウサギじゃなくてイケメンだったらなぁ。

「あぁっ!!そうだ!」

「なにー?」

凜は思いついた考えにニヤニヤしながらアーチャに近づいた。

「ねぇ、どんなものにも変身できるの?」

「できるよ」

「見たことないものにも?」

「見たことないもの・・・どうかな。ちゃんとイメージができれば変身することは可能だと思うけど。俺は王家の中でも変身の才能がずば抜けてるって有名なんだぜ」


「じゃあさ、私に変身できる?」

「お安い御用さ」

アーチャはパチパチと目を片目ずつ交互に瞑った。やがてそれが高速になり、黒目が消え白目になる。

怖っ・・・。

凜が恐怖のあまりに硬直した瞬間、アーチャの体が歪んだように見え気が付いた時には目の前に凜が立っていた。

「おぉっ、私だ」

「ふんっ、そっくりだろ?」

「うんうん、すごいっ、すごいっ。じゃあさ、この体をもっと太らせてみて」

「こう?」

「げ・・・私って太るとブザイクに磨きがかかるような・・・。太らない様にしよう」

「え?なに?」

「ううん、次はさ、目をこう少し釣り目にして、鼻はもう少し高くてスッとした感じ、耳にかかるくらい短くてここと、ここがこうなってて」

「こう?」

「もう少し短く、そうっ!身長は20センチくらい高くして。唇は薄く、あと輪郭はこんな感じで」

アーチャの容姿が変わっていくたびに凜のテンションも上がる。


「これでどう?」

出来上がった姿に凜は思わず「キャーッ!」と喜びの声をあげた。

「完璧っ。もう完璧です、アーチャ様っ!!」

目の前にいるアーチャは、色白のぽっちゃりで凜のモロ好みのタイプだ。自分の容姿を参考にしたとはいえ、これはなかなかの出来だ。凜はアーチャの周りを一回りすると、うんっと頷いた。

これはやる気出るわ。

「この姿になってって言ったら、この姿になってくれる?」

「いいけど。なにこれ?」

「これによって私のモチベーションが上がるのです!」



翌日はアーチャの家庭教師がやってきた。

「私は家庭教師のガランヤと申します」

「あ、私は凜と申します。しばらくお世話になります」

「くす、お世話になるのはアーチャ様でございましょ?」

ガランヤはメガネをクイッと上げ、鋭い眼光を凜に向けた。ガランヤはやせ型のウサギだ。襟のあるポンチョを着ており、襟だけでこうもピシッと感が出るものなのかと凜は感心した。

「で、凜様、私は何をすれば宜しいですか?国王様には凜様の言うとおりにするよう言われております」

「ん~、ではいつも通りの授業をお願いします。様子を見たいので」

「承知いたしました」

凜とガランヤがそんな会話をしている間、アーチャはみるからにうんざりとした様子だった。


「ではまず、この国の歴史から」

「もう覚えてるよ」

「7年は?」

「天黒山の主の乱」

「23年は?」

「ヌー国との合併。24年はイカリ池を含む壌土を我が国の壌土とした。」

アーチャはその後もペラペラと歴史を語り「ね、必要ないでしょ」と言った。

「そうですね。あなたは頭は良いのだからもっと国王になる自覚を持って頂けるといいのですがねぇ」


頭はいいのか・・・。


凛は脳裏に四つの分類を思い出していた。昔、従業員の教育の仕方の講義を受けた時に学んだものだ。相手のレベルを判断して分けることで、相手のタイプにあった教育をするという方法だ。


1 能力が高くモチベーションも高い

2 能力が低くモチベーションは高い

3 能力が高くモチベーションは低い

4 能力が低くモチベーションも低い


例えば、1なら能力もモチベーションも申し分ないのだからあとは導いてあげれば良い。2はどうすれば学ぶことが出来るのか、どうすれば理解できるか、やり方を一緒に考えて伸ばしていく。

この4つの中のどれかに分けるとすればアーチャは3だろう。モチベーションをあげることが出来ればアーチャは意外と良い国王になれるかもしれない。


では、どうするとモチベーションは上がるのだろう。どうすれば・・・。


「先生、この勉強してることがさ、具体的に何に役に立つの?」

「すべてのことに、ですよ。マナーを身に着けることは教養があるということを示すことが出来ます。学の無い国王では国民も多国も不信感を抱くでしょう。国王になれば分かりますよ」

「イマイチ、ピンと来ないんだよねー」


アーチャはぴょんと椅子から降りると「ちょっと休憩にしてよ」とベッドに寝そべった。


なるほど、そういうことか。

良い考えが思いついた凜は、一度家に戻る許可をもらった。






3時間後、凜が家から持ってきたのは手のひらサイズの持ち運び出来るゲーム機と沢山の電池だった。奥多摩でお店を開くと決めた時、友達も知り合いもいない町で暮らすことに不安を覚えて買ったのがこのゲーム機だ。一人寂しい夜をゲームで乗り越えようと思っていたのだが現実は飽きて長続きせず。元々、ゲームのめり込むタイプではなかったことを思い出した。それ以来、ずっとしまったままになっていたのだ。そしてもうひとつ、凜が持ってきたのは【国をつくろう】というストレートなタイトルのシュミレーションゲームだ。



「これ、やろう。これ!」


アーチャはきっと、国王という人間の発言や行動が国やその国に暮らす人々にどれだけ大きく影響するのか、それが分からないのだ。ゲームは所詮ゲームだ。それでもゲームを通して国王というものの欠片でも掴むことが出来ればと凜は考えたのだ。


「何、それ」

「私の世界のゲームだよ。結構楽しいんだよー」


凜は心の中で「だぶん」と付け加えた。本当のところ、凜は国をつくろうというゲームをプレイしたことが無い。アーチャの呟きを聞いて、もしかしたらシュミレーションゲームが良いのではないかと思い、帰宅するとネットで良さそうなゲームを探して中古屋さんへと走ったのだ。ついでに、異世界に電気というものがあるのか不明だったので、乾電池式充電器も購入した。


「勉強しないでゲームしていいの?いいねぇっ」


目を輝かせたアーチャに対し、ガランヤは信じられないと目を大きく見開いた。そして何か言いたげに口を開いたが、凜は手をあげて、待ってくれとジェスチャーをした。


アーチャがゲーム機を持って、両脇から凜とガランヤが画面を覗く。その様子は小さな子供が集まっているかのようだ。

「まずは名前を決めるみたい。何にする?」

「何でもいいの?」

「勿論。このゲームの主人公の名前になるんだよ」

「じゃあ、俺の名前にする。主人公って主役ってことだろ?」



こうして国王になるための一歩の前段階の一歩とでもいうのだろうか、シュミレーションゲームが始まった。



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