第31話 異世界

「だいたいこんなものよね」

仕事を少し早めに終えた凜は大きなキャリーケースに洋服と化粧品、タオルや髪の毛を結ぶゴムなどを入れるとふたを閉じた。単なる旅行とは違い、異世界へ行くとなると持って行っても仕方ないものも多い。携帯電話を持って行っても使えないだろうし、ドライヤーを持って行っても使えないだろう。そのため、いつもはパンパンになるキャリーケースが今回は3分の2くらいしか荷物で埋まっていない。

「荷物が少ないとなんか不安になるのよね・・・」

ピピピピピピピピ

携帯のアラームが18時50分を告げた。そろそろリックが迎えに来る時間だ。

「一応、ハルトにメールしとこ」

ハルトにはリックから依頼内容を聞いた時に3日間異世界に行くという事は伝えてある。

【そろそろ行ってきます。一応ハルトとのチャットルームはつないだままにしておくから、どっちの家で過ごしてもいいよ。では、3日後に】

送信ボタンを押すといつもの声が聞こえた。

「リック、待ってたわよ」

「お待たせいたしました。では参りましょう」

リックが差し出した手を掴むとリックは凜を鏡の中にエスコートした。異世界に行くのは視界が歪んだり、クラっとするものかと思っていたが、まるで扉でも開けたかのように一歩で異世界へと到着した。



「ここは?」

凜が立っていたのは4畳ぐらいの小さな部屋で、姿見と本棚、そして机があった。

「ここは私の書斎でございます。我が家を案内したいところですが、時間が限られておりますので早急に国王のもとへ行かなくてはなりません」

「リックの家にも興味はあるけど、仕方ないわね。依頼をやっつけましょ!」

部屋を出るリックについていく。長い迷路のような廊下にところどころドアがあり、キッチンやトイレ、家族の部屋などになっているらしい。

「この壁・・・砂みたい」

「左様でございます。この家は地下にありまして、大きなトンネルの中に部屋があるイメージでございます。砂は特殊な塗料で固めているのです」

「そうか、地下なんだ。そういえばさっきの書斎に窓はなかったものね」

5分ほど歩くと作辺りに梯子があり、そこから外に出た。


「凜様、ところどころに木の棒が立っているでしょう?」

リックの指さす方を見ると、確かにところどころに高さが1メートルほどの棒が立っている。

「あの棒の下は住居への入り口なのです。うっかり踏むと落ちてしまいますので歩くときは気を付けてください」

「夜は大変そうね・・・」

「慣れれば苦にはなりませんが、そうですねぇ。祭りの夜などは、わりと仲間が落ちてきますよ。うっかり落ちてしまうと翌日には自分と同じ重さだけの食べ物をお詫びとして持っていく決まりがあるのです。それを狙って、ほら!」

リックが凜の前に立ちふさがって止まると、棒が集中して立っている一角があり、良く見なければ入り口を避けて歩くのも一苦労だ。

「こうして罠のような住居もあるんですよ」

リックは愉快そうに笑ったが、凜は笑うべきところなのかよくわからなかった。



「よくおいでくださいました!」

リックの家が地下にあったものだからてっきり王宮も地下にあるのかと思いきや、王宮は地上にどーんと建っていた。何種類もの蔦に包まれているような植物の城、そんな言葉がぴったりの城で、植物たちも意思があるかのように蠢いている。その城の入り口にいたリックと同じような姿をした・・・つまり二足歩行のウサギがスモッグのような服を着て立っていた。

「国王様からお話は聞いております。中へどうぞ」

「失礼いたします」

リックに倣って凜も頭を下げ、門番の前を通り過ぎた。


「あの人、門番でしょう?武器を持ってなかったね」

城に誰かが攻めてくるとか、敵が侵入するとかそういうことはないのだろうな、と思いながら尋ねる。平和な国なら国王も優しいかもしれない。凜の中にある国王は少しでも自分に気に入らないことがあるとすぐに牢屋に入れてしまうようなイメージだったので、それが払拭されて欲しいという思いもあった。

「あぁ、それは蔦がその役割を果たすからですよ。門番はそこに立って蔦に命令するだけでいいのです」

「あ、そうなのね・・・」

「この扉の向こうに国王様がいらっしゃるはずです」

リックの言葉に凜は生唾を飲んだ。



「リック様、国王がお待ちかねです。どうぞ」

門番よりも上等な布で織られたスモッグを着たウサギが仰々しく扉を開けると、土色の壁に木の家具、オレンジ色の敷物が目に入った。温かな土の中を連想させる。

「国王様、お待たせいたしました。こちらが凜様でございます」

リックが跪いたのを見て凜も跪いて頭を下げた。

「顔をあげよ」

こういうところは異世界でも同じなんだなと思いながら顔をあげると、またもやリックと代り映えのない顔が奇麗な花の冠をかぶって神々しく座っていた。花は象ったものでも造花でもなく本物の花のようだ。


門番もそうだし、この王様も、というか、きっとこの世界の住人はみんなリックそっくり・・・。全裸になられたら見分けられる自信ゼロだわ。

ここが国王の前でなければ、顔を引きつらせたところだろう。


「時間がないと聞いている。単刀直入に言おう。相談したいのは息子のことだ。私には今年10歳になる息子がいる。3か月後には次期国王として皆に紹介する予定なのだが、本人に全くその自覚がない。私の仕事は面倒くさいといって覚えようともせず、我儘三昧。勉強のべの字を出せばサッと逃げる始末で。どうしたものやら・・・」

「10歳ですか・・・」

10歳なら仕方がないんじゃ・・・。

「凜様、10歳というのは凜様の世界でいうと20歳になります」

「なるほど」

「一体どうしたら次期国王という自覚を持たせることができるだろうか。其の方に良い案はあるか?」

「良い案ですか・・・」

「息子に会えば何か良い案が浮かぶかもしれぬ。息子のもとへ案内しよう」

国王自ら先頭に立ち息子の部屋へと案内した。


「入るぞ」

国王の言葉に従者が扉を開けると、扉から大きな牙を持った化け物がにゅるっと顔を出した。胴体はない。長い首だ。

凜は叫び声をあげ思わずリックに抱きついたが、リックも国王も、国王を守るはずの側近たちですら微動だにしなかった。それどころか、国王は大きなため息、側近たちは小さなため息を吐いた。

「怖がる必要はない。これが私の息子だ。アーチャ、変化を解きなさい」

「ちょっとくらいは驚くと思ったんだけどな」

アーチャは悪びれるそぶりも見せずにサラっと言った。


変化を解いたアーチャはやはりウサギだ。しかも全裸としたものだからむしろウサギ感が増している。

「お前、俺が服を着てなくても何も思わないんだな。もっと、こう、キャーッとかなるかと思ったんだけど」

なるわけはない。全裸のウサギを見てキャーッなどと恥ずかしがったら、凜の世界では立派な異常者だ。

「それは大丈夫でございます。色々、耐性がございますので」

「ふぅん」

「彼女は凛という。お前の教育係として暫くこの屋敷に居てもらう予定だ」

なにっ?リックの家から通うんじゃないの?と凜がリックを見るとリックは頷くことで国王の言葉が正しいことを示した。


そうか、私、4日間ここで暮らすのか。

しかもこの問題児の教育係として。


「えー、教育係なんて要らないよ~」

今度はヒマワリのような大きな花に変化してゆらゆらと揺れているアーチャを見て、凜は頭を抱えた。


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