第28話 決戦

午前0時を過ぎ、リックとシーナは無言で手を振り帰っていった。隣にハルトはいるものの、凜の家にいないということになっているので当然会話をすることはない。

かわりばんこにお風呂に入り眠る支度をすると午前1時を過ぎていた。


ハルトは、ハルトがリビングで使っていた布団を指さし、寝室の方を指さす。凜が頷くとハルトは寝室の凜のベッドの下へと布団を運んだ。

「さすがにここの音は拾わないと思うんだよね」

ハルトは凜の耳元でそう囁いた。

「盗聴器が音を拾う範囲は5mくらいって言われてるし。でも、なるべく小さな声で話して」

凜が頷く。

「さ、もう寝よう。明日も凜は仕事でしょ」

凜はハルトの手を掴むと背伸びをしてハルトの耳元に口を近づけた。

「ハルトは仕事?」

「俺は明日から3日間休み」

よかった、と唇だけで返事をした。


 布団に入ると凜の頭の中には今日の出来事が走馬灯のように流れた。カードの文字、散らばったテッシュ、佐々木の笑顔、頂いたドリンク、白熊のぬいぐるみ。

あんなに良くしてくれていたのに、こんなことをしていたなんて・・・。

自分には理解できない類の感情が自分に向けられている。その歪な感情に飲まれてしまいそうで、凜は布団をぎゅっと握った。

カサっ

「ひっ」

思わず漏れた声に口を押える。冷静に考えればハルトが寝返りを打った音だと分かるのに、敏感になった神経は凜を休ませようとはしない。


ハルトは布団から出ると凜の耳元に顔を寄せた。

「そっちにいこうか?」

「でも、そういうのは・・・」

「一度一緒に寝てるし、今更だよ。それに、今のままじゃ凜は眠れないでしょ」

「でも・・・」

「一緒に寝るだけだよ」

「・・・うん。じゃあおねがい」


壁際によってスペースを開けるとハルトの体が布団にもぐりこんでくる。そのままハルトの手が凜に伸びて抱きかかえられる形になった。

ハルトの香り・・・なんか安心する。

「眠れそう?」

「うん・・・すごく安心する。ごめんね、ハルト。私と一緒に眠ることになっちゃって。もっと若くて可愛いかったらよかったのにね」

目を閉じたまま呟くとハルトが動く気配がして、あたたかくて柔らかいものが凜の唇を塞いだ。驚きに目を開けるとハルトの真剣なまなざしと目が合った。

「俺、好きでもない人にこんなことしない」

またハルトの唇が凜の唇に近づく。ハルトの唇が動いて吐息交じりの声が漏れた。

「凜がいいんだ」

そのまま唇がまた重なる・・・と思った瞬間、ハルトが動きを止めた。


「音がする」

ハルトがベッドから出て寝室のドアに耳を当てる。その時にはミシミシと廊下を歩く音が凜の耳にも聞こえていた。


ハルトがジェスチャーで凜に伝えた。

携帯電話の向こうから冷静な警察官の声が聞こえる。凜はなるべく小さな声で話した。

「家に誰かが侵入してきた気配がするんです。早く、早く来て下さい」

「わかりました。住所を教えて下さい」

住所を伝えるとすぐに警官を向かせると声があり、現在の状況を聞かれた。

「犯人は一人じゃないかと。私は今寝室にいて、もうひとり・・・ひっ」

「どうしました!?」

寝室の扉がカチッと音を立てた。寝室のカギが開いたのだ。

ハルトがとっさにドアノブを掴もうとするが犯人の方が一足早かった。扉が開き、佐々木の目が凜とハルトを捉える。


「お前・・・帰ったんじゃなかったのかぁ!!」


そう叫ぶ姿はいつもの佐々木からは想像もつかない姿だった。

「凜、そうか。この男につかまっているんだな。大丈夫、もう大丈夫だからこっちにおいで」

佐々木が凜に手を伸ばすも凜は必死に首を振った。ハルトが凜をかばうように凜と佐々木の間に立つ。

「お前、邪魔するな。彼女にお前は相応しくないだろうがようっ!!」

佐々木はゆっくりハルトに近づく。

「お前、凜とヤッたか?俺の女に触ったか?」

それから佐々木は「お前さえいなければ・・・」とうわごとの様に繰り返した。佐々木の手にあるものが何かの光を拾いキラっと光る。

ナイフだ!!


脳がそう判断した瞬間、凜は飛び出していた。

「凜!!」

ハルトの声が響く。その声に返事をする間もなく凜はハルトをかばうように立ったまま佐々木に催涙スプレーを発射した。


「うわぁっ、ひぃ、ひーっ」

佐々木が両目を押さえてしゃがみ込む。その隙に凜は佐々木が落としたナイフを拾った。


 警察が凜の家に飛び込んできたのはその直後だった。




 「凜っ、凛、大丈夫か!?」

ハルトが自分の服を脱いで凜の左肩を押えた。

「うん。大丈夫」

そう言ったものの左肩と左手の甲のあたりが焼けるように熱い。手が小刻みに震えているのが分かった。

「今救急車がきますから。歩けますか?」

「はい。ハルト、ハルトはここで待ってて」

「でもっ」

「私は大丈夫だから。ね?」

「・・・わかった」


「すみません。私の耳を塞いでいただけますか?これ以上彼の声を耳に残したくないので」

「え、あ、はい」

警官に耳を塞いでもらい、左手をハルトの服で押さえながら凜は玄関へと向かった。佐々木が暴れては凜を見て警察官に押さえつけられ、何かを叫んでいたが何一つ凜の耳には届かなかった。

佐々木がパトカーに乗せられ消えると同時に救急車に乗る。

「大丈夫ですか?」

「はい」

救急隊員の言葉に凜はしっかりと答えた。




 手の甲の傷は10針ほど縫い、全治2週間、肩は15針ほど縫ったが結構傷が深いとのことで治るには1か月くらいかかるだろうということだった。

病院を出る前にハルトにメールをすると、待ってるという返事がすぐに返ってきた。心配してるんだろうなと思うとなんだか申し訳ない気持ちになる。

治療を終えると待っていた警察官が家に送ってくれるという。パトカーの中でいくつか話を聞きたいというのが理由だ。

自宅までの20分間、ざっと出来事を話し家に戻ると証拠品であるカードを渡した。

「では詳しい話は明日で大丈夫ですので、今日はゆっくり休んでください。」

「あの、明日はお店の営業日なので警察に行くのは難しいのですが」

「そうですか。では、こちらからお伺いします。何時頃が宜しいですか」

「時間はかかりますか?」

「30分くらいかな」

「じゃあ、12時半くらいにお願いします」

「ではその時間に」

警察官が帰るとハルトは凜を抱きしめようとして手を止めた。

「ハルトは怪我しなかった?今更だけど」

「俺は大丈夫。全然怪我してない。ごめん。俺が一緒にいながら助けるどころかむしろ助けてもらって・・・」

「そんな顔しないでよ。ハルトに怪我が無くて本当に良かった。私の怪我なんて一か月くらいで治るんだから気にしないで。私はハルトがいてくれたことに感謝してる。自分ひとりだったらあんな風には動けなかったと思うから」


凜は手を伸ばしてハルトの頬に触れ、それからつねった。

「いっ」

「ぷぷっ、私、犯人が捕まってほっとしてるんだ。もう不安になったり心配したりしなくていいことが嬉しい。だから、今日は問題が解決した嬉しい日なのっ。ね?」

力強く凜が言うと、ハルトはようやく「そうだね」とほほ笑んだ。

「明日は予約ケーキの引き渡しが午後からだったはず。お店のオープン時間の遅らせる張り紙してから寝よう。ハルトも疲れたでしょ。先に寝てていいよ」

「ん、凛と一緒がいい」

「くすっ、なんか小さな子供みたい」

ハルトは小さな声で「うるさい」というと凜と手を繋いだ。


「そっち大丈夫?痛いところぶつかってない?」

怪我をしている左側が壁際になるようにベッドに寝転がると凜の隣にハルトが潜り込んできた。

「そんなに気になるなら下で寝ればよくない?」

「それはやだ」

「ぷっ」

凜が笑うとハルトがまた手を繋いできた。

何か大事なことを考えなきゃいけない気がする・・・。

そう思ったのは一瞬だけですぐに眠りに落ちていった。



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