第27話 計画
「大丈夫?」
「あ、うん。ありがとう」
ハルトが淹れてくれた温かいコーヒーを受け取ると凜は曖昧に笑った。連日の不穏なカードとゴミの嫌がらせには正直相当参っていた。見られているかもしれないという不安からケーキを作っていても細かなミスは多いし、準備にかかる時間も長くなっている。そんな凜を見かねて、たまには家へどうぞ、とハルトが家に誘ってくれたのだ。
「さすがに犯人もここは知らないと思うよ」
「そうだね」
「・・・凜が受け取ったカードってどんなの?俺に話してないよね?」
「それは・・・」
【あばずれ】や【尻軽】だけならまだしもカードの中には【そんなに男が必要なら俺のモノでもぶちこんでやろうか】というものもあり、自身がそういう性の対象になっていることに嫌悪感を感じていた。
「凜?ちゃんと話して」
有無を言わさぬハルトの口調に凜はおずおずと携帯電話の画像を見せた。ばらまかれたテッシュとカード、ハルトはそれらの画像を見るなり表情を険しくした。時折眉間にしわを寄せながら全部の写真をチェックすると「怖かったろ?」
と、凜を慰めるようにやさしく微笑んだ。
その微笑みにすがる様にハルトの袖をつかむ。凜はすっかり弱気になっていた。この状態はいつまで続くのだろう。犯人が一歩一歩着実に凜のもとへと近づいているような恐怖感に手が震えそうになる。
情けない・・・こんなことで。こんなことに負けたくない。
凜がキッと目に力を込めているとハルトがポツリと呟いた。
「【君にあの男は相応しくない】のあの男って俺のことだろ?なんで俺が凜の家にいるって知ってるんだ?」
「それは多分、クリスマスの時にお惣菜を買いに出かけたのを見られたんじゃないかな」
「俺が凜と外出したのはその時だけだから、見たのならその時だと思うんだけど。その後もこういうカードがくるってことは俺が凜の家にいるのを知っているんじゃないかと思う」
「え?」
ハルトと目が合う。
「「盗聴・・・」」
凜の背中をまるで冷たい手が撫でたように寒気を感じた。
「何か心当たりは?誰かを家の中に入れたとか」
「家に来たことがあるのはリックたちとハルトだけだよ。でも、私がお店にいる時にこっそりっていうことがないとは言い切れない」
「だよな・・・。とりあえず、仕事は仕方がないとして今日は俺の家で過ごしたらいい。盗聴器は業者に頼もう」
その後、数件の探偵事務所に電話をするが年末年始で休業していたり、他の依頼で埋まっていたりと凜の家に来てもらえるのは1月3日とのことだった。
「お邪魔します。凜様はいらっしゃいますかの?」
「うわっ」
凜が驚いてハルトにしがみつくと「おや、驚かせてしまいましたな」とリックが呑気に言った。ハルトのPC画面から顔だけを出して凜を見つめる。
「こちらにいらっしゃると思っておりました。私は鼻が利きますからね。お邪魔しますよ」
リックは画面から這い出すと今度はこちらにお尻を向けてPC画面に頭を突っ込んだ。そして何かを引っ張るようなしぐさを見せたかと思うと、シーナもやってきた。
「凜様、ハルト様、お邪魔いたします。ここがハルト様のお家なのですね。ハルト様らしいシックなお部屋ですね」
シーナは初めて来た部屋という事もありしきりに鼻を動かしていた。
「今日はどうしたの?」
「年末のご挨拶にと思いまして。本日は12月30日でございますよ。毎年、この日にお邪魔しているではありませんか」
「あぁ、そうか。そんな日か」
「おや、どうしました?凜様はお元気がないように思われますが」
リックが訪ねるようにハルトの顔を見る。
「リックにも話しておいた方が良いと思うよ。何かあった時に味方は多い方が良いから」
ハルトの言葉にシーナがズイッと前のめりになった。
「どういうことですか?」
リックとシーナに全ての事情を話すと二人はハルトが出したお茶も飲まずに立ち上がった。
「盗聴器、我々が探して参りましょう」
「探し出せるの?」
「うまく探し出せるかどうかは分かりませんが、なぁに、我々は鼻が利きますのでね。お店の前にばら撒かれたというカードはどこにありますかの?」
「リビングの隅っこにある引き出しの中に箱に入れてしまってある」
「ではそちらと同じ匂いのするものを探し出してみせましょう」
「よろしくお願いします」
凜が言うよりも早くハルトが頭を下げた。そんなハルトを見てシーナがにこりとほほ笑む。
「ハルト様と凜様は図分距離が近くなりましたね」
「え?」
「良いことですな!お二人はしばしお待ちを」
リックがシーナの言葉に答えるように声あげて、二人は画面の中に消えていった。
「心強い仲間ができたね」
「うん、ハルトやリックやシーナがいてくれて良かった。ありがとね」
「どういたしまして。お茶、飲む?」
「うん、もう一杯貰おうかな」
凜はようやくちゃんと微笑むことが出来た。
「お待たせいたしました」
リックとシーナが戻ってきたのはそれから2時間後の22時を過ぎた頃だった。
「めぼしいものを見つけましたので一緒に来ていただけますか?」
リックに促され画面の中に入ろうとするとハルトが凜の腕をつかんだ。
「盗聴器があると仮定して、話す内容には気を付けて。見つけても壊さずに警察に相談する。わかった?」
凜がうなずくとリックとシーナも同じようにうなずいた。
リックを先頭に凜の家へと戻る。リックは言葉を話さず指でこっちこっちとダイニングキッチンを指した。その指先にあったのは白熊のぬいぐるみだ。
「!!」
口元を押さえて立ち尽くした凜の肩にハルトが手を乗せる。その温もりに支えられて凜は辛うじて震えずに立っていられた。
「凜は明日も仕事?」
急なハルトの問いかけに凜は動揺しながらも、「あ、うん」と答えた。ハルトはその間にリビングから鋏を持ってくると白熊のぬいぐるみを背中の縫い目に沿って切った。
「この間クリスマスでケーキがあんなに売れたのに、お正月もケーキが売れるの?」
「うん。多分、人が集まるときってケーキを食べる人が多いのかも。それに、おめでたい時はケーキってイメージもあるし」
ハルトがぬいぐるみの綿を少し取り出して手で内部をあらわにすると、ぬいぐるみの中身には相応しくない何かの基盤が二つとコード、スピーカーが見えた。
「そう。じゃあお正月も結構忙しいんだね。あ、俺、明日は仕事だから家に帰るから」
「えっ?」
ハルトの言葉に不安になり顔をあげると、ハルトが口元に人差し指を立てて「しー」の形をした。その仕草でこれは演技なのだと理解した。
「家からの方が職場が近いからさ」
「そうだよね。わかった。気をつけて帰ってね」
「うん」
その間、リックとーシーナはずっと黙ったままだった。
「それで今後の予定はどうするつもりですかの?」
凜の家のリビングのTVをつけっぱなしにして一度ハルトの家に戻ると、盗聴器を見事に探し当てたリックが誇らし気な表情で言った。
「お父さん、そんな顔してなんだか不謹慎よ!」
シーナが窘めると、リックが「これは失礼しました」と頭を下げた。
「ううん、リック、盗聴器を見つけてくれてありがとう。凄く助かった」
「あの白熊はどこで手に入れたの?」
「・・・お客さんに貰ったの。お店の入り口に置いてある花とセットになっているもので、お店に人が来るとあの白熊から音楽が流れるようになっているからどうぞって」
「なるほど。じゃああのぬいぐるみの中に基盤が入っていてもおかしくはないわけだ。上手いこと考えたな」
「でも、あの基盤は音楽を出すためのもので盗聴器ではないという可能性はないの?」
「ないね」
ハルトがハッキリと否定した。
「前に事務所の先輩の役作りの時に一緒に探偵事務所へ行って勉強させてもらったことがあったんだ。その事務所で見せてもらった盗聴器にそっくりだ。というより、二つのうちの一つがまんま同じものだった」
「じゃあ、佐々木さんが本当に・・・」
「よく来るの?」
「うん。最近は一週間に2、3回は店に来てくれる」
「そう。とりあえず、明日の朝、警察に通報しよう。今日は盗聴器に気が付いたことを悟られない様に凜はいつも通りに過ごして。俺は家に帰ったことになってるから犯人もそう思ってるだろうし。俺がいなくなったことで嫌がらせが落ち着けばいいけど」
「ハルトは?」
一人であの家に居たくないという思いで凜は不安になってハルトを見た。
「俺は凜と一緒にいるよ。リビングでは話せないけど」
「ありがとう」
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