第25話 共同生活

「ご飯食べた?」

「まだ食べてない・・・」

「そんなことだろうと思って持ってきた。インスタントラーメンで良ければ、俺作るよ」

ハルトが袋から出して凜に見せたのは有名メーカーのインスタントラーメン味噌味だ。

「味噌味っていうのが嬉しい。ご飯は頼んだ」

凜がリビングに大の字で寝転がるとハルトがくすっと笑う声が聞こえた。


「美味しい。体に沁みるわー。ハルトってインスタントラーメンは作れるんだね」

「さすがにそれくらいは作るよ」

何もせずにご飯を食べられるなんて最高だ。ラーメンの温かさと疲労感にぼーっとしているとハルトが「眠い?」と聞いた。

「眠いというか、動きたくない」

「くすくすくす、俺が食べさせてあげようか?」

「・・・遠慮します」

うむぅ、最近のハルトのこの言動は一体何なのだろう・・・。

ラーメンをすすりながらハルトの様子を伺い見るが、くすくすと笑ったきりいつもの表情に戻った。

「例の花に心当たりはないの?」

「ない」

「まぁ、出来るだけ一緒に居るから」

ハルトは凜の頭をなでると食べ終えた食器をキッチンへと運ぶ。


「ねぇ、出来るだけ一緒にって寝る時も?」

「いや、さすがにリビングで寝ようと思ってるけど」

「だ、だよね」

「それとも一緒に寝て欲しい?」

「そんなわけないでしょ」

凜の言葉にハルトは意味深な表情でほほ笑んだ。


 午前3時40分。

寝室を出てキッチンに行くと、リビングにある布団が目に入った。正直なところ花の存在を不気味だと思ってはいても恐怖を感じるかと言われればそこまでではないと思う。花とメッセージカードが置いてあるだけで実害はないし、カードの内容も凜を応援するものだからだ。

凄く恥ずかしがりやな応援者って可能性もあるんじゃ・・・。

どこかにそんな気持ちが湧いていた。

それでも仕事が忙しいだろうにこうして凜のことを気にかけて泊まると言ってくれたハルトに、温かな気持ちを抱かずにはいられない。

凜はリビングのふくらみに微笑んだ。


 午前4時。外は未だ夜のようだ。

「うぅー寒っ」

今の時間、厨房の温度計は1度を指していた。寒すぎては手がかじかんで上手く動かなくなるし、暖かければ生クリームがだれてしまう。室温を10度に設定し暖房をかけた。

「よし、いざ二日目!!」昨日よりペースをあげてケーキを作っていく。効率よく物事を進めていくには、オーブンを基準に作業を組み立てることだ。スポンジの生地を作りオーブンで焼いている間にチーズケーキを梱包する。オーブンでは一度に10個のデコレーション用スポンジを焼くことが出来る。明日は40個だから4回。20分で焼きあがるからデコレ―ションスポンジだけで80分かかる。その他に明日用のチーズケーキを焼き、店頭用のカットケーキのスポンジを焼き、時間があればクッキーも焼く。


「いい匂いがする・・・」

ハルトの声に時計を見ると時計の針は8時を指していた。

「ご飯炊いておいたんだけど、気付いた?」

「うん。それでおにぎり作ったんだけど、凜も食べる?」

「たべる!!」

凜はいそいそと階段のところにいるハルトのもとへ行きおにぎりを受け取ろうとしたが両手は手袋をしている状態だ。

手袋外すの面倒くさ・・・。

「ぷぷっ。凜、顔に出てるよ。ほら、あーん」

「お、助かる」

凜は恥ずかしげもなく大きな口を開けるとおにぎりを3口で食べきった。

「早いし、デカっ」

「大きな口開けないと、早く食べ終わらないでしょ。ハルト、ありがとね。これで今日を乗り越えられる」

「どういたしまして。じゃ、俺、仕事行くから。今日は特番に出るから帰ってくるの遅いかも」

「わかった。仕事頑張ってね」

「うん」

ハルトから目を離してケーキ作りに戻った凜の姿を見ながらハルトは嬉しそうにほほ笑んだ。


 午前10時。お店のドアのカギを開け営業中の看板を外に出そうとし凜は立ち止まった。

「花がバラバラになってる・・・」

添えられたカードには【嘘つき】の文字が書かれていた。初めて見る不穏な空気を持つ花とカードに凜は一瞬固まったが、今はそんなことを気にしている場合ではない。時間は刻々と過ぎていくし、お客さんもやってくるのだ。気持ちを切り替えてケーキを作り始めるとカードのことはもう思い出さなかった。


24日は11時に一度目の波がきた。主婦やご年配の方などがメインで予約していたケーキを受け取りに来て、店売りのカットケーキも購入していくお客様も少なくはなかった。

「こんにちは~」

控え目な声がドアのベルと同時に聞こえ振り返ると青井が立っていた。

「集荷に来たんだけどさっき覗いたら忙しそうで」

「もしかして人が引くまで待っててくれました?すみません」

「ほんの少しだけだけどね」

「ちょっと待っててくださいね」

凜はチーズケーキを入れた段ボールの上にクッキーの袋を乗せて青井のもとへ持って行った。

「今日のぶんはこれです。それから、これ良かったらどうぞ」

「えぇっ、いいの?」

「いつもお世話になっていますから。ふふふ、メリークリスマス」

青井は嬉しそうに満面の笑みを浮かべると「メリークリスマス」と返した。

あれでもう少しぽっちゃりとしてたらなぁ・・・。

凜は青井の後姿を見ながら、ふわふわっとした気持ちになった。



余裕があったのはその時だけで14時からは店内に常時人がいる状態が続き、17時にカットケーキが完売すると19時半にはすべての予約ケーキの受け渡しを終えた。閉店作業と翌日の準備を終え部屋に戻ったのが22時。携帯に連絡がないところを見るとハルトはまだ仕事らしい。


PCは昨日からハルトの家と繋ぎっぱなしにしてあり、いつでも出入りが出来るようになっていた。

帰ってきたらご飯食べるかな。でも仕事なら職場で出るかもしれないし・・・。スープだけ作っておくか。

凜は野菜たっぷりのミネストローネを作るとサッと食事を済ませ、置手紙をして先に寝ることにした。



そしてクリスマス当日。

昨日よりも一時間遅く起きキッチンへ行くと、凜の置手紙に文字が書いてあった。


【スープ美味しかった。ありがとう。今日、多分早く帰ってこられるからクリスマスする?】


凜は一気に目が覚めた。置手紙に返事があったこともびっくりしたが、一番うれしかったのは「クリスマスする?」の一言だ。ケーキ屋で働くようになってからというものクリスマス当日を誰かと祝うなんてことはまずない。大抵はへとへとに疲れてそのまま一日を終えるだけだ。


【する!!】


凜は勢いよく置手紙に返事を書いてキッチンを後にした。


店のオープンの時間。昨日の不穏な花とメッセージを思い出すと店のドアを開けるのが怖い。乾く口の中に違和感を覚えつつそっとドアを開けると、そこには何もなかった。

「なんだ・・・。良かった。よし、今日もがんばるぞ!」

気合を入れてクリスマス当日の始まりだ。今日は日曜日。クリスマス当日が日曜日の場合、人の波は前倒しになる。冷蔵ケースの中めいっぱいにケーキを並べ、臨戦態勢をとった。

結局その日は全てのケーキが16時半で完売。予約分のケーキの受け渡しも17時半には終えることができた。

「優秀、優秀っ」

店のドアにクローズの板を下げ凜は満足げに体を伸ばした。


「クリスマス・・・か。ケーキ、ちょっと豪華に作っちゃお。ふふっ」

自分の為にケーキを作るなんてどれくらいぶりだろう。凜は自分でもテンションが上がっていくのが分かった。

「原価も何も気にしなくていいなんて最高っ」

明日から店頭に並べるクッキーを焼きながら自分のケーキのデザインを考える。

「二段重ねにして小さなウエディングケーキみたいなのにしようかな。苺もキウイも沢山使っちゃお」

こうして自分たち用のケーキを作り終え、もうすぐ19時になるかという時だった。

 

ぷるるるる ぷるるるる

「はい、グリーンポケットでございます」

「・・・・・・・」

「もしもし?」

「・・・・・・」

ガサガサっと音が聞こえ、凜が電波が悪いのかなと思った瞬間受話器から大音量のジングルベルが聴こえた。

「ひっ」

思わず受話器を置く。きっとこの受話器の向こうにいるのが店の前に花を置く犯人だ。そう思ったとたん、犯人の存在が凜の中で実体を持ち、凜は無意識に自分を抱きしめた。



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