第24話 花
「もうオープンの時間か」
営業中の看板を出そうと店のドアを開けると足元にキレイな花が置いてあった。
「え?」
凜は思わず固まった。いつもの猫ちゃんからのプレゼントなら一輪の花のはずだ。だが今日のはラッピングがしてあり、まるで花屋さんから買ってきたかのような花束だった。
「なに?これ・・・」
花束を調べてみてもメッセージカードの類は見つからず、送り主も不明だ。花束を貰う理由が分からずに凜は困惑したが花束をこのままにするわけにはいかず、捨てるわけにもいかず、とりあえず店の中に花束のまま置いておくことにした。誰かが間違っておいた可能性もある。持ち主が来たらすぐに渡せるようにと昼まではそのままの状態で保管することにした。
12月になるとケーキ屋は忙しさを増す。お店にもよるが23日から25日の3日間で通常の2か月分の売上を立てるのだ。少なくとも凜の店は2か月分の売上を見込んでケーキの用意をしている。
「ケーキ用のオーナメントを全部手作りするなんて無謀だったかなぁ。いやいや、でも全部飾りまでも食べられるケーキが私の理想だもん。頑張ろうっ」
クリスマスまで1週間を切り、残業が21時になる日も増えていった。
「久しぶりじゃん、凛。2週間ぶりくらいか。忙しいの?」
「いそがしい」
凜がぐったり言うとミサキがふぅ、と息を吐いた。
「だよね。もうすぐクリスマスだもんね」
「みんなは?」
「さっきまでクジョーがいたけど食べ物を買いに行くって出てった。あとは来てないよ」
「みんなも忙しいのかなぁ」
「そういえばあれからハルトとはどうなのよ?」
「どうって。何も」
ハルトはボイスチャットで爆弾を投下して以来仕事が忙しいらしく凜の家に来ていない。メールで雑談をするような仲ではないからお互いにメールをすることもないので、あの日以来何の会話もしていないのが現状だ。
「何もって何も!?メールとか電話とか色々あるじゃん。連絡方法なんて」
「うん、何も」
「あんな思わせぶりな言動しといて何も!?」
「ぷぷぷぷぷ、ミサキしつこい」
凜はこらえ切れずに笑う。
「だって、ねぇ!?」
「きっと、からかっただけなんだよ。それか冗談か」
「ふぅん、凜はハルトのことどう思ってるの?」
「どうもこうも。しばらく恋愛はしたくない。もうさ、切ないのもしんどいのも今は無理。なんかさー、歳取ると恋愛体力ってなくなってくると思わない?」
「恋愛体力ってなによ?」
ミサキがくすくす笑う。
「恋愛を頑張る力っていうのかなぁ。とにかく、恋愛するにも体力が必要だってことよ。ねぇ、そんなことよりさー」
凜が話を変えようとすると「そんなことだと!?」とミサキは小さな声を出したが「何よ?」と話を聞くことにしたようだ。
「先月の半ばくらいから店のドアの下に花が置いてあって、それは猫の仕業だと思うんだけど・・・」
凜は猫とのいきさつを話した。
「でも10日くらい前かな、同じところにラッピングした花束が置いてあって送り主が分からないままなの。花束はその時一回だけなんだけど、一輪だけの花は今でも2、3日に一回置いてあるんだよね。どう思う?」
「ん~、率直に言うとなんか気持ち悪い。ってかねー、一度食べ物を貰ったからって、猫ってそんなに恩返しする?」
「それは最近私も不安になってて・・・」
「だよねぇ。・・・ストーカーなんじゃ・・・」
「まさか・・・」
「でも違うとは言い切れないから私に話したんでしょ」
「うん。気のせいならいいんだけど・・・」
凜は歯切れ悪く言った後、振り切ったように声をあげた。
「うん、きっと考えすぎだ。そうだ、きっとそう」
「凜、こういうことにプラス思考は良くないよ」
ミサキがまじめな声のトーンで言う。
「でも、どうすれば・・・」
「友達に来てもらうのが一番なんだろうけど、ずーっといてもらうわけにはいかないだろうしね。まずは証拠集めじゃん」
「証拠か・・・。でも特に被害にあってるわけでもないし」
「そこだよね。被害に合わないと警察に相談してもどうにもならないしね」
「だよね。とりあえずもう少し様子見るわ。ミサキに聞いてもらえただけでもちょっとすっきりした」
「すっきりしてくれたのは良かったけど、あんまり油断しちゃだめよ。部屋に武器でも置いておきな」
「わかった。ありがとう」
翌朝の花には変化があった。一輪の花と一緒にカードが添えられていたのだ。
一輪の花・・・これ、猫からの贈り物じゃなかったんだ・・・。
恐る恐るメッセージカードを読む。
【僕は君の味方だよ。いつも応援している】
凜は背中に冷たい水を垂らされたかのようなゾクッとした冷たさを感じ、思わずカードを離した。それから少し冷静になりこれも証拠の一つになるのではないかと思い拾うと、家へと持ち帰った。
その後は20日にいつもの花が一輪、22日には花とハンカチ、それから【頑張って】と書かれたメッセージカードが置いてあった。凜はそれらを毎回携帯電話で撮影しとっておいた。
そして23日からは怒涛のクリスマスの始まりだ。クリスマス期間はいつもよりも営業時間を拡張し20時までの営業になる。朝5時から厨房に立ち、明日の分のスポンジを焼き、チーズケーキを梱包する。集荷は午前中にお願いしておいた。
クリスマスだからといって一日中ケーキ屋が混雑するわけではない。大抵、混むのは夕方だ。夕食の買い物帰りや仕事終わりにケーキを取りに行って帰る人が多いからだ。厨房で仕事ができるのは15時までだろう。今日の予約分のクリスマスケーキは25個、明日は55個、25日は40個。
「明日はもう一時間早くお店に出ないといけないかもな。ふぅ、とりあえず今日を乗り切らねば」
12時。カランカランの音に反応して店に出る。
「あ、佐々木さん」
「こんにちは。忙しくなる前にケーキを取りに来たよ」
「お気遣いありがとうございます。助かります」
相変わらずの柔らかい笑顔にこちらも笑顔で返す。
「凜さんはクリスマスは一人で過ごすの?」
「勿論ですよ。誰かとパーティーをしている余裕はケーキ屋にはありません」
「そうだよね。あ、これどうぞ」
佐々木が凜に渡したのは栄養ドリンクだ。
「すみません、この間から頂いてばっかりで」
「いいの、いいの。気にしないで。じゃ、また」
「はい。いつもありがとうございます」
その日は佐々木を筆頭にポツポツと人が訪れ、有難いことに19時には予約分のケーキの引き渡しが終了し、店売りのケーキも完売した。その後は午前中に出来なかった翌日分の準備をし、年末用にクッキーを焼いて袋に詰めた。
「もう22時か・・・お腹減った・・・」
ググっと体を伸ばしてから携帯を手に取ると、メールが届いていた。
【仕事終わったら連絡して】
ハルト?何だろう。その場で連絡すると2コール目でハルトが出た。
「はい」
「ハルト?」
「うん。仕事終わった?」
「なんとかねー」
「お疲れ。あのさ、俺、今日から凜の家に泊まるから」
「えぇっ!?どうしたの?家でもなくなっちゃった?」
あまりの驚きに大きな声を出すと、電話口からハルトのため息が聞こえた。
「ミサキさんに聞いたんだ。何かあったら危ないし、凜の家に帰るのも家に帰るのも一緒だから」
「いや、でもハルトに悪いし」
「悪いとか言ってる場合じゃないでしょ」
「そりゃあ来てくれれば心強いけど」
「じゃあ決まりね。PC準備しておいて」
有無を言わせぬハルトに押し切られるようにPCを起動した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます