第21話 疑惑
凜の家から帰ると凜との接続を切り、ハルトはPCの前に座っていた。画面に表示されているのは田丸のSNSだ。田丸はここ半年ほどSNSの更新はしていなかったが半年前の書き込みに女性の部屋と思われる部屋にいる写真がUPされていた。記事自体は何の変哲もない、今日のお酒のつまみ、という記事ではあったが。
この田丸のSNSを見つけたのが一週間前。
田丸の投稿をいくつか読んでいてふと思った。スーパーで田丸と会った時、友達と鍋をすると言っていたわりには鍋の材料など一つも買い物かごの中に入ってはいなかった。
考えすぎだと言われればそれまでだが、会話もどことなくぎこちなかったような・・・。
SNSでの発信はこういう時、男性よりも女性の方が良く話すものだ。ハルトは田丸のSNSへの書き込みから親密そうな書き込みを見つけ、その女性のページにとんだ。
そこで見つけたのは3か月前に撮ったというディズニーランドでのツーショット。彼と一緒に行って来た、のページに写っていたのは間違いなく田丸だった。
そして昨日の投稿。
彼と喧嘩をしても、ポテチは旨い、の文字。
きっと田丸には付き合っている人がいる。
ハルトはそう結論付け、本当は今日、凜に田丸と二人で会うのはやめた方が良いと伝えるつもりだった。凜があんなに嬉しそうに田丸との話をしなければ・・・。
はぁ、とハルトはため息をついた。凜に田丸と幸せになって欲しいとは思わない。むしろ自分以外とでは幸せになんかならなきゃいいと思っている。でも、だからと言って、凜に傷ついて欲しいわけではないのだ。人差し指と親指で下唇を挟む。凜にほんの少しだけ触れた部分。ハルトは意を徹すると田丸にメッセージを送った。
田丸と会ったのは翌日の20時を回ったところだった。
立川駅で待ち合わせ、田丸の車に乗り込むと田丸は車を発進させた。
「どこかに入る?」
「いえ、少し話ができればいいんで」
「じゃあ、このまま車流すね」
「すみません。呼び出したのは俺なのに立川まで来ていただいて」
「いや、いいんだ」
「飲み物でも買う?コンビニでも寄ろうか?」
「大丈夫です」
凜は田丸を優しいと言っていた。でもハルトには優しいというよりも人に気を遣う、少し気の小さい性格のように思えた。その証拠に、と言っては何だが緊張しているようで先ほどから何度も水を飲んでいる。
「単刀直入に言います。田丸さんって付き合ってる人がいますよね?」
「え?あ・・・」
「俺、SNSを見たんです」
ハルトの言葉に田丸がゴクッと唾をのみ込む音が聞こえた。
「・・・うん、いるよ」
「凜をどうするつもりですか?二股でもかけるつもり?」
「そんなつもりじゃ・・・」
「じゃあ、どういうつもり?」
「僕はただ凜ちゃんと食事をしているだけで」
「でも、凜があなたに好意を持っていることには気が付いてますよね?」
「それはその・・・」
「彼女と別れるつもりですか?それで凜に乗り換えるとか?」
「そんなことは!!」
勢いよく言ったところで、ハッキリと否定するのは罪悪感が伴うのか、少し小さな声で「ないよ」と続けた。
信号が青に変わり止まっていた車たちが一斉に動き出す。
「付き合っている彼女と別れるつもりが無いのなら、思わせぶりな態度で凜を惑わすのはやめて貰えますか?」
「惑わすだなんてそんな・・・」
「俺に言い訳はいらないです。あなたの半端な態度で傷つくのは凜だから」
田丸は路肩に車を止めるとハンドルに頭をうずめた。
「・・・本当に、君の言うとおりだね。何をやっているんだろう、僕は」
ハルトは無性に腹が立った。彼女が居ながら凜と二人で何度も食事に行き、凜が自分に好意を持っていることに気付いていながら、彼女と別れるつもりはないという。挙句の果てに「何やってるんだろう」ときたものだ。
「俺、凜のこと振り向かせたくて必死なんですよ。だから半端な気持ちで凜を惑わすような真似は二度としないでくださいね」
田丸が驚いた眼差しでハルトを見た。
「じゃあ、俺もう行くんで」
「あ、近くの駅まで送るよ」
「いや、大丈夫です。これ以上あなたと一緒にいたくないんで」
ハルトはそのまま振り向きもせずに車を降りた。
田丸とのデート当日。凜はネットで買った新しいワンピースを着ていた。今日こそ何かしら一歩前進したいという思いと、いつも可愛いと褒めてくれる田丸に今日も可愛いと言ってもらいたいからだ。ハルトから貰ったヘアピンはなんとなく置いていくことにして、いつもより丁寧に口紅を引いた。
「おまたせ」
助手席のドアから覗き込むようにすると田丸が凜を見てハッとしてからほほ笑んだ。
「お疲れ凜ちゃん」
「田丸君こそ。いつも迎えに来てくれてありがとね」
「うん、じゃ、いこっか」
凜が車に乗り込むと田丸は車を発進させた。時間は20時。夕方の帰宅ラッシュはとっくに終わり町は静かなものだ。
「コンビニにでも寄って何かつまめるもの買っていこうよ」
「うん、え、あ、ごめん。ちょっとよく聞いてなかった」
「コンビニに寄ろうよって話」
「あ、そうか。そうだね」
田丸はチラッと凜を見て曖昧にほほ笑んだ。
スクリーンに映し出されたのは軽快なアクション映画だ。田丸にどの映画がいい?と聞かれたときに恋愛ものだと変に意識してしまいそうだと思い、アクション映画を選んだ。凜の方をチラリと見ることもなく画面を真剣に見ている田丸を見て、次は恋愛ものの映画にしようと思いながら、視線をスクリーンへと戻した。
「映画面白かったね」
「うん、そうだね」
「カルロがジョナサンのカツラを持ったまま転ぶシーン、吹き出しそうになっちゃった」
「ははは、僕も」
田丸はドリンクホルダーからペットボトルの水を取り出すと凜にも聞こえるほど大きな音を立てて飲んだ。
「田丸君、なんかあった?気になることがあるならこのまま帰ってもいいよ?」
田丸の様子が変なことは流石に凜でも気が付いた。口数も少ないし、笑顔もぎこちない。あんなにスクリーンを見つめていたのに内容はあまり頭に入っていない様に思えた。
「凜ちゃん、僕、凜ちゃんに話してなかったことがあるんだ」
勢いづけて吐き出した田丸の言葉に凜はキョトンとしたまま、何?と聞いた。
「実は僕、付き合っている人がいるんだ」
「へぇ、あ、そうなんだ」
それ以外に何が言えただろうか。
「式の日にちも決まっていて、それなのに最近喧嘩ばかりでさ。僕、彼女を幸せに出来るのか、僕で良いのかなんて考えてしまって。凜ちゃんといると凄くほっとするんだ。自分に自信が持てるっていうか。だから、だからその」
「もう、二人で会わない方がいいね」
凜は田丸を見てほほ笑んだ。
「え?」
「そうしようよ。今度会う時には紗枝とか高橋君も呼んでさ。きっと楽しいよね」
その後のことはあまりよく覚えてない。勘違いして舞い上がっていた自分自身が恥ずかしくて情けなくて、ワンピースをぎゅっと握りしめていた。
自宅まで送ってもらい、何事もなかったかのように田丸に手を振って家のドアを開けた瞬間、涙腺が決壊した。
「私、えらい。よくここまで・・・うっ、泣かずに頑張った!!」
部屋に駆け上がるとワンピースを脱ぎ捨てた。膝の部分に強い皺が残っているのが見えて、凜は声を上げて泣いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます