第18話 バーベキュー
「うん、そう」
凜が答えつつ、余計なことは言うなよ、という視線をハルトに送ると、ハルトは驚いたことに眼鏡を外して帽子を脱いだ。
「はじめまして」
「は、はじめまして」
田丸は驚きながらも、「もしかして・・・」と続けた。
「深谷ハルです」
ハルトはなかなかお目にかかれないような笑顔を見せた。こんな笑顔を凜が見たことは無いかもしれない。
「ちょ、ちょっと何してんのよ!」
凜は小声でハルトを叱りながらハルトの手から帽子を奪い取り、ハルトを引っ張って姿勢を低くさせるとその頭に帽子をグッと被せた。
「驚いた・・・。凜ちゃん、すごい方とお友達なんだね」
「あ、うん、まぁ」
凜が伺うように周りを見ると、幾つかの目がハルトを見ている。
「じゃ、そろそろ行くね」
凜は慌ててその場を去ろうとしたが、それでも名残惜しくて田丸の袖を掴んだ。
「またご飯いこうね」
「うん、また」
田丸の返事にホッとして凜はお菓子コーナーへと向かった。
帰りの車の中は行きと同じでシーナがはしゃぎ、リックが説明し、ハルトは窓の外を見ていた。
ハルト、なんであんなこと・・・。
前に酔っ払って私が田丸君について語ってしまったから興味を持ったのだろうか。
凛の持つハルトのイメージと今回の行動が合わなくて、新しいハルトの一面を見た気がした。
「凜様、運ぶのを手伝います」
「じゃあ、リックはこの袋をお願い」
皆で手分けして運び、ハルトとリックにバーベキューコンロの火おこしをお願いすると、シーナと一緒に食材を食べやすいようにカットしバルコニーへと運んだ。
「さぁ、はじめるよ!」
炭火の量を調整し、強火と弱火を作ると、強火の方にはお肉、弱火の方には野菜を中心に乗せた。パチパチっと炭が燃える音がなんとも心地よく響く。
みんなに温かいお茶を用意して戻ってくると、ハルトが肉をひっくり返していた。
「ひっくり返してくれてありがとう。はい、お茶。あったまるよ」
「どうも」
ハルトは暖を取るように両手でカップを持ってお茶を飲んだ。
「この間、一緒にご飯を食べに行ったのって田丸さん?」
「あーうん。前にボイスチャットであんなに語ちゃった人にハルトが会っちゃうっていうのもなんか恥ずかしいもんだね」
あはははは、と凜は照れ笑いをしたがハルトは少しも笑わなかった。
「いい匂いがしますっ!」
シーナが凛の隣から顔を出して網の上を覗く。
「もうこれ焼けたよ」
ハルトがシーナのお皿に肉を乗せると、シーナは嬉しそうに鼻をヒクヒクっと動かした。こんな姿はリックそっくりだ。
「おいしいです!」
「バーベキューは凜様のお祖母様の時に一度参加させていただいたきりですが、こうして焼きながら食べるというのは格別ですなぁ」
リック親子は嬉しそうに目を細めてお肉を口に運んだ。
「食べたい物、好きに焼いていいからね。私もじゃんじゃん食べるよーっ」
焼いては食べ、食べては焼き、シーナとリックのお肉を焼く手つきも随分と様になってきた。
シーナ楽しそう。バーベキューにして良かったな。
お肉を貰ってテーブルに戻るとハルトが空を見上げていた。
「いっぱい食べた?」
「うん、お腹いっぱい。ここ、いいね。星を見ながらご飯食べるって贅沢」
「でしょ。この家に決めた理由、このバルコニーが素敵だなと思ったっていうのもあるんだよね」
「すごくいい。ずっとここにいたくなるくらい」
「ふふ、いつでも来たらいいよ。私、ここでお茶飲みながらケーキのデザイン考えたりするんだけど、良い案が」
「凛」
ハルトの目が真っ直ぐに凜を捉える。
「手、繋いでいい?」
「え?」
「手、繋いで欲しい」
「あぁ、うん」
テーブルの下で繋がれたハルトの右手と凛の左手。ハルトは頬杖をついてまた空を見上げ、凜は残された右手で肉を口に入れた。どうしたの?とハルトに聞けばこの空気を壊してしまう気がして凜には聞くことが出来なかった。ハルトが握る手にぎゅっと力がこもる。寂しいと言われた気がして、凜も少しだけ力を入れた。
その手はバーベキューが終わるまで離されることはなかった。
「おはようございます」
ハルトがスタジオに入るとハルトの想い人役である結城リカはもうスタジオに来ていた。
「深谷さん、今日はよろしくお願いします。私、ちょっと緊張してて、でもNG出さないように頑張ります!」
「こちらこそよろしくお願いします」
ハルトはリカと同じように頭を下げたがリカはその場を去らずに上目遣いでハルトを見つめた。
「・・・あぁ、メール返信できなくてごめん?」
「いえいえ、全然気にしてませんから!忙しいとなかなか返信できませんよね!!じゃ、私準備があるんで!」
ハルトに微笑みかけてからリカはパタパタとその場を後にした。
「じゃあ、一旦リハーサルね!」
今日の撮影はキスシーンだ。今日子(リカ)が精神的に追い詰められてボロボロになっている元カレのもとへ行こうとするのを陵(ハルト)が止める。どうしても行かせたくなくて陵が無理やり今日子にキスをするというシーンだ。
「リハーサルはキスなし、雨なしで。キスしたフリで動きやカメラワーク等確認していこう!」
「はい!」
監督の言葉にみんなが返事をした。
「じゃあ、スタート!」
今日子と陵が一緒にいると携帯電話の着信が鳴る。
「ちょっと、ごめん」
今日子が陵から少し離れて電話に出る。今日子を見つめる陵。
「わかった。行ってみる」
電話を切ると今日子は気まずそうに陵を見た。
「ごめん、ちょっと行かなきゃいけなくて。ごめん」
去ろうとする今日子の腕を陵がつかむ。
「あいつのとこに行くの?」
「・・・ごめん」
手を振りほどこうとする今日子を陵が抱きしめた。
「離して!」
声を上げる今日子の両腕を掴み壁に押し付け強引にキス。
「やっ」
「頼む」
もう一度更に深い強引なキスをする。
「はい、カット!!」
カチンと音が鳴って、見守っていたみんなが動き始めた。
「うん、だいたいそんな感じでいいね。ハルくん、ちょっといい?」
監督に呼ばれて今撮った映像を一緒にチェックする。
「まぁ、だいたい良いんだけどね。陵はもともと口数も少ないし、バンって感情が表に出るタイプでもないから。でも、なんていうのかなぁ。このシーンはもう少し必死さが欲しいかなぁ。もう少し感情を乗せたら凄く良いシーンになると思うんだ」
「はい」
返事をしながら、ハルトは自分のシーンを見つめていた。自分のシーンを見るのはいつもちょっと変な気持ちになる。自分であって自分ではない人物が感情を持って動く、自分の容姿をした他人を見ている気分だ。
「ハル君はさ、これは僕の主観だけど、役と自分を結構切り離した演技をするよね。勿論、それがダメっていうわけじゃなくて。あんまり役に入り過ぎてしまうっていうのもハル君自身が大変になると思うからアレなんだけど。でも、そうだなぁ、もう少し役とハル君との距離が近くてもいいかもね。おせっかいかもしれないけど、今後の参考までに」
「ありがとうございます。しっかり考えてみます」
ハルトは監督に丁寧に頭を下げた。
役と自分との距離・・・か。
自分とは違う人物になれると楽しさから、自分と役柄との境界線は結構はっきりと引いていたかもしれない。陵という役の中で自分としても生きるということだろうか。陵の中にハルトの感情をリンクさせる!?
「じゃ、15分の休憩をはさんで、本番始めまーす」
ハルトがぶつぶつ考えを巡らせていると休憩を知らせる声が聞こえた。
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