第14話 出会い
時間は午前9時。
確か仕事は午後からだって言ってたよね・・・。
起こすべきか、どうしたものか・・・。
背中の規則正しい寝息が聞こえると起こすのを躊躇う。午後から仕事なら10時くらいまでは寝かせておいてもいいだろう、凜はそう判断しお腹に回されたハルトの手をゆっくり外した。
凛の店は定休日でもネット販売がある。凛の仕事に今はまだ休みは無い。
体を回してハルトに向き合うと整った顔がそこにあった。
思わずその肌に触れると、しっとりとした弾力が凛の手に伝わる。私も昔はこんな肌してたな。そっと肌から手を離すと、ハルトの目がゆっくりと開いた。
「ん・・・おはよう」
「お、おはようございます。昨日はごめんね。無理やり一緒に寝て貰って・・・はははは」
「いや、思っていたよりぐっすり眠れたみたい」
「それは良かった。なんというか、不幸中の幸いと言うか、あ、ハルトにとってはね。あのさ、まさか、私、襲ったりしてないよね?」
焦って早口になりながら凜が聞く。
「さぁ、どうかな」
「どうかな!?」
凜が思わず大きな声を出すと、ハルトは上半身を起こし膝を立てて頬杖をついた。そして凜が今まで見たことのない表情、意地悪な目をして笑みを浮かべた。
「一つの布団に一緒に寝て一晩過ごしたわけだし。それに、凜が襲ったとは限らないよね?」
「えぇ、えぇっ!?」
「凜は仕事でしょ。そろそろ俺、帰るから」
ハルトはベッドから出ると鏡台から昨夜のヘアピンを持ってきた。そして凜が昨日していたように、凛の髪の毛を止めた。
「ちゃんと考えて思い出して。凛と俺が昨晩何をしたのか」
凛の心臓がドキッと跳ねる。ハルトがこんな表情をするなんて凜は知らなかった。
「で、その本を買ったわけ?くくくくく」
ハルトとの一件から二日後、珍しくクジョ―もいない22時、凜はミサキにハルトとの一件を相談していた。勿論、相手がハルトだということは内緒だ。
「欲求不満が少しは解消されるかと思って・・・」
その本とは「ぽっちゃり男子写真集」のことだ。ハルトと一夜を過ごした翌日、動揺したまま午前中の仕事を終えた凜は少しでも欲求不満を解消しないとヤバいのではないかと思い立ち、勢いのままポチッたのがこの本である。
「で、どうなの?」
「確かに全員が全員好みってわけじゃないけど、素敵なぽっちゃりが5人もいたわー」
うっとりとした声をだした凜に対し、ミサキは「アンタ…」と乾いた声を出した。
「そういうことじゃなくて、欲求不満は解消したの?」
「よく分からないのよねー。でも、ご飯のお供はできたなっと。ご飯食べる時にアップの写真を目の前に飾ると、結構いいよ。一緒にご飯食べてるみたい」
「そんなんで欲求不満が解消するわけないでしょ!生身の男にしなさいよ」
「生身の男・・・」
「ってか、その一晩の過ちを犯したかもしれない相手はダメなわけ?」
「ダメとかじゃなくて、若すぎるよ。むしろ、向うが私は無しでしょ」
「年上好きも増えたから無しかどうかは分からないけど、でも確かに若すぎるよね。22歳だもんねぇ」
ミサキはふぅと息を吐くと珍しく真剣なトーンで話し始めた。
「結婚はさ幾つになってもできるでしょ。だからしたい時にすればいいと思う。でも、子供を産むことにはタイムリミットがある。だからもし、凜が子供が欲しいと思うのなら出会うことをサボっちゃダメよ」
「出会うことをサボるって・・・」
「仕事ばっかりであまり出かけてないでしょ。写真集なんか見てないでたまにはデートでもしなされ」
「う・・・」
ミサキの言うことはもっともで、凜はぐぅの根も出なかった。
翌日、凜は朝から大忙しだった。いつもの業務の他にクリスマスケーキを試作し撮影すると、厨房の隅にノートPCを持ち込んでクリスマスケーキのパンフレットを製作した。
「よし、あとはこれを送信すれば明後日にはチラシになって届く。クリスマスまで1カ月か・・・」
カラン カラン
「はーい。いらっしゃいませー」
厨房から顔を出した凜はペコリと頭を下げたお客さんを見て一瞬言葉を失った。
「久しぶり。覚えてる?」
少しピンクがかった色白の肌、178センチの高い身長と丸みを帯びたシルエット。忘れるはずもない。
「田丸君?どうしてここへ?」
「実家に帰った時に偶然凛ちゃんのお母さんに会って、凜ちゃんがこっちでお店開いたって聞いてね。凜ちゃんお店何時まで?」
「閉店作業もあるから19時くらいかな」
「僕、この後もう一軒お客さんのところを回ったら仕事が終わるから、もし良かったらご飯でもどうかな」
「うん・・・大丈夫」
「じゃあ、19時くらいに迎えに来るよ」
田丸はそう言うと、お客さんへのお土産だと言ってケーキを4つ購入し出ていった。
まさか田丸君とまた会えるなんて・・・。
仕事を終えると直ぐに部屋に戻りお気に入りのワンピースを出した。上品な紫色が凛の気持ちを引き締めてくれるし、腰に回された紐のリボンも目立たず大人っぽい可愛さを演出してくれる。ハルトがくれたヘアピンをつけたままにするか悩んだが、ワンピースにも良く似合っていたので付けて行くことにした。
「待った?」
「うん、少しね。乗って」
田丸君、あの頃より少し痩せたみたい・・・。
凜は助手席から田丸を見ながら、田丸のハンドルを持つ手があの頃よりもずっと大人になっていることに緊張していた。いや、緊張する理由はそれだけではない。
高校一年生の頃、初めて田丸を見た時その容姿があまりにも凛の好み過ぎて、ひと目で好きになった。ぽっちゃりとした体形を弄られてもいつも笑顔で、明るくひょうきん。人の中心に近いところにいるのに、困っている人を先に見つけるのはいつも田丸が最初、そんな田丸に気付くたびにどんどん好きが加速した。
一緒にいたくて同じ委員会に立候補したり、田丸の部活のマネージャーをしたりと仲良くなろうとしたがいつも田丸との間には壁があって、卒業するまでその壁を壊すことが出来なかったのだ。それが今、こうして田丸の運転する車の助手席に座っている。
「ご飯、何か食べたい物ある?」
「ん~、田丸君が食べたいものがいいな。私好き嫌いってあんまりないし」
「じゃあ、和食で。僕の好きなお店があるんだ。って、チェーン店なんだけどさ」
隠れ家でもなんでもなくてごめんね、と田丸は言う。そういう飾らないところも好きなところだったな、と凜は思い出していた。
田丸が連れて行ったのは和風創作料理のお店だった。店内は少し薄暗く、席は半個室になっており、ゆったりと過ごせる空間だ。
「お酒飲む?」
「ううん、お酒あまり飲めないんだ」
先日のハルトとのことを反省するというのも勿論あるが、凜は基本的に外では飲まないことにしている。お酒が弱いくせにそれが外見に出ないとなると周りはどうしてももっとお酒が飲めるのだと思ってしまう。その為、どんどんお酒を注がれ、若かりし頃は断るすべも知らずにお酒を飲み、お持ち帰りされかかったことが何度かあったのだ。それ以来、外では飲まないことに決めており、飲み会に参加してもソフトドリンクにしている。
「適当に注文しちゃうね。凜ちゃんも好きな物頼んで」
田丸は凜にメニューを渡すと、自分はタッチパネルで慣れた手つきで注文した。
「凜ちゃんがケーキ屋さんになっているなんて、凄く似合っていて僕、嬉しくなっちゃたよ。今日のケーキ、お客さんと一緒に食べたけどすごく美味しかった」
「ありがと。田丸君は何の仕事してるの?」
「製薬会社の営業。毎日、走り回ってるよ」
「そっかー。大変だね。でも田丸君は笑顔が素敵だから営業の仕事が合ってそう。もうね、雰囲気がそのまんま、優しいもん」
「そういう風に言われるとなんか照れるな」
田丸が笑うと、会っていなかった期間が嘘のようで、凜は高校生の頃に戻ったような気持になった。
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