第12話 人間にならないと
「さぁ、ここなら安全だ。吐け!」
「吐けって言われても・・・」
撮影の合間の昼休憩にハルトが連れてこられたのは、河合行きつけの居酒屋だ。昼間はランチ営業をしており、個室があるから助かるんだよね、と河合は言った。
「で、どんな人なの?ハルが恋する相手は」
恋する、という部分をワザとらしく囁くように言うと、河合は優しい笑みを浮かべた。
「好きなのかどうかはよく分からないんですけど、気になるというか・・・」
話さないと話すまで煩そうだなと思ったのが半分、現状をなんとかしたいという思いが半分、ハルトは河合に話すことに決めた。29歳の年上女性であること、一緒に食事をする程度の間柄だという事、相手の好みの男性が色白のぽっちゃりタイプだということ。
「へぇ、それで太る方法?くくくくく、ぷぷぷぷぷ。ハル、お前、かわいいっ」
河合がキャッ、と声をあげて両手を頬に当てからかうような仕草をしたので、ハルトは「うるさいです」と不機嫌に目を細めた。
「まぁまぁ、そんなに怒るなって。太るなんてハルには体質的に無理だろ?仕事的にも、ぽっちゃりしたら影響あると思うよ」
「それは分かってるんですけど」
「呟いちゃったわけだ」
「・・・・・・」
「で、相手はハルのことどう思ってんの?」
「なんとも思ってないかも・・・。あ、でも実家の猫みたいだって言われたことはあります。一緒にいると癒されるって」
「猫ねぇ。それじゃ、まず、人間にならないとな」
河合がくすっと笑う。
「吊り橋効果って知ってるか?」
「あんまり」
「恐怖や緊張からくるドキドキを相手への恋愛感情と勘違いするってやつ。とにかくさ、相手をドキドキさせればいいんだよ」
「・・・でも勘違いってなんか嫌です」
「おまえなー、入口が勘違いだっていいじゃないか。ちっとも自分を見て貰えないよりかはさ。それとも、ハルは相手が他の男に取られてもいいわけ?」
「それは嫌です」
「だろ?まずは、猫から人間になりな」
猫から人間に・・・か。頷いたハルトを河合が頬杖をつきながら優しい目で見つめていた。
結局その日、撮影が終わったのは午前1時を回ったところだった。
「榊さん、すみませんが帰りはコンビニに寄って貰えますか?食べるもの買いたくて」
「いいよ。家の近くのコンビニに寄るね」
「ありがとうございます」
シートにもたれ掛ると、一日の疲れが染み出てくる。このまま眠ってしまいたい。ハルトはコンビニまでの僅かな時間、その眠気を振り切るように携帯電話に手を伸ばした。
凜からメール?
ハルトの胸が跳ねる。
【お疲れさま。宝の地図のチョットさんから報酬をいただいたの。ハルトにも渡したいから、時間がある時に家に来ないかなーと思って。時間できたら教えて。仕事忙しそうだから、無理しないでね】
今日は気持ちよく眠れそうだとハルトは思った。
ハルトが凛の家に行くことが出来たのはメールから3日後のことだった。
「ハルト、ちょっとゲッソリした?」
「そうかな。凜が言うならそうかも」
「ご飯食べるでしょ?」
「うん、迷惑でなければ」
「ご飯は一人で食べるよりも二人で食べる方が美味しいもん。大歓迎だよ」
凜は微笑んだ後、和食にしといて良かったと呟いた。
今日の夜ご飯は黒カレイの焼き魚にほうれん草と白菜のおひたし、豆腐とワカメの味噌汁、里芋の煮物だ。
「この黒カレイ、昨日大きくて美味しそうなのが手に入ったからタレに一晩漬け込んだんだよねー。しょっぱくない?大丈夫?」
「すごく、美味しい。煮たのなら食べたことがあるけど、焼いて食べたのは初めてかも。魚なのに結構脂がのってて、ご飯によく合う」
ハルトが目を見開いていると、凜が「でしょ」と得意気な顔をした。
「なんでこんなに料理が出来るの?」
「どうして、って・・・しいて言うなら誰も作ってくれないから、かな。自分の好きな味を一番再現できるのは自分だから、そうやって作ってるうちに作れるようになった。ってか、これを美味しいって思うってことはハルトと味覚が合うのかもね」
「そうかも。そういえば、宝の地図の件、どうなった?」
「あれねー、まぁびっくりよ」
凜は味噌汁を一口飲むと話し始めた。
「宝の地図の解き方をチョットさんとリックに伝授して二人で解いていたんだけど、あと少しのところでどうにも解けなくてね。ハルトが気が付いた「宝の地図が最近作られた偽物」ではないかって話をした途端、猛スピードで帰ったの。チョットさんには思い当たる節があったらしい」
おかわりは?と凜が聞いたので、ハルトはいただきます、と茶碗を差し出した。凜が茶碗を持って移動しながら話し続ける。
「チョットさんには人間でいうと大学生くらいになるお孫さんがいて、そのお孫さんが勉強しているのが建築物等の修復学」
「つまり、あの地図はお孫さんが作ったものだったってこと?」
しゃもじをハルトに向けて凜は「当たり」と言った。
「学校の課題だったみたいよ。課題を失くしたって家で大騒ぎにしてたらしい。笑っちゃうよね」
「・・・見つかって良かったですね」
「チョットさんが持ち出したって知ってお孫さんは怒ってたらしいけど、問題の間違いを指摘したおかげで、許してくれたらしいよ」
「めでたし、めでたし、か」
「何はともあれ、解決。そうそう、報酬を貰ったんだよね。こんなご時世だし、役に立つかもよー」
ハルトにご飯を渡すと今度は凜はペットボトルくらいの大きさの瓶を持ってきた。
「マリモ?でも色が・・・」
瓶の中にはマリモによく似たふわふわした紫色の丸いものが10個入っていた。
「ちょっと見てて」
凜はマリモに向かって「グワルルルルル」と、下手な犬の鳴き声のようなものを聞かせた。するとマリモがほんのりと白く光り、宙に50センチ×60センチの映像が浮かび上がった。映像は凛の部屋の中だ。
「何、これ?」
「異世界版のカメラだって。植物の仲間らしいんだけど」
凜が宙に浮いた映像を右にスクロールすると過去の映像が出る。
「こうしてスクロールすると過去の映像が出て、二日間くらいは記録出来るって。便利でしょ?」
「確かに。これがカメラだとは誰も思わないだろうな」
「グワルルルルルっていう鳴き声を覚えなきゃいけないけどね。半分あげるから持って帰りなよ。1個ずつ分けて各部屋に置いておいたらいい。育て方は水に入れて二週間に一度、スプーン1杯の蜂蜜を入れること」
「わかった。ありがとう」
「明日は朝早いの?」
「いや、明日は午後からだけど」
「じゃあさ、たまには一緒にお酒のもうよ。いいワイン貰ったんだけど、1人じゃ飲みきれないし」
「いいけど・・・。一度家に帰って風呂入ってからでいい?お酒飲んだ後お風呂入りたくない」
「それ分かる。じゃあ、30分後に集合ね」
ハルトを見送ると凜は食器を片づけシャワーを浴びた。人と一緒に飲むのはどれくらいぶりだろう。海外にいる時は飲みに行くことも多かったが、奥多摩に店を開いてからは誰かと飲みに行ったことは一度もない。
飲んでもボイスチャットをしながらだもんなぁ。
画面の向うに人がいるのと、同じ空間に人がいるのとでは全然違う。空気、温度、視線、全てが共にあり、そして触れようと思えば触れることだって出来る。
いや、触れたらダメだろ。
凛は心の中で突っ込みながらも、久しぶりに人と一緒に飲めることが嬉しくて、顔がにやけるのを止められなかった。
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