第10話 過去
付き合ってたし、アレンがダイエットに成功して痩せた頃に別れたけど、あれはア「置イテイカレチャッタネ」
ハルトをアレンが見下ろす。ハルトは凜が振りほどくことで離れてしまった手を見ていた。
「君ハ凛ノコトガ好キナノ?」
ハルトがアレンを見上げるとアレンは不敵な笑みを浮かべた。
「デモ君ハ諦メタ方ガイイネ。凛ハ僕ノヨウナポッチャリ体系ガ好キナノサ」
「そんなの分からないじゃないですか」
「ソンナコトナイヨ。僕ハ昔、凛ト付キ合ッテイタンダ。振ラレタ理由ハ僕ガダイエットヲシテ痩セテシマッタカラナンダヨ。デモ僕ハコウシテマタ大キクナッタ。凛、マタ僕ヲ好キニナルヨ」
ハルトがキュッと口を結ぶと話を終えた凜が戻ってきた。
「置いてっちゃってごめんね。向うに修業時代にお世話になった料理長がいたから、つい興奮しちゃった」
「いや、大丈夫」
「なんかあった?」
ハルトの表情がこわばっている気がして凜が声をかけると、なんでもないと言ってハルトが視線を逸らした
「ちょっとアレン、変なこと言ってないでしょうね」
「何も。ちょっとお互いの好きな物について話しただけさ」
凜は胡散臭そうな視線をアレンに向けた。
「じゃ、私たちはもう行くから」
「あ、待って、凛。君のショップカードをいくつか置いて行ってよ。宣伝しておくよ」
凜は少し考えたが、よろしくと言って名刺を15枚ほど渡した。
「じゃあね」
「凛、僕は1週間日本にいるからね。また会おう!!」
名残惜しそうに凛の手を掴むアレンを振りほどくとその場を後にした。
「疲れた?お茶でもする?」
展示会場の全部を見終わって時計を見ると、針は17時を回るところだった。先ほどから退場を促すアナウンスも聞こえている。
「うん、少し疲れたかも」
表情はいつもと変わらず無表情ではあるが、アレンと別れたあたりからハルトの口数が減ったような気がして気になっていたのだ。
「だよね。確か近くに隠れ家的な喫茶店があるから寄って帰ろう」
凜がこの喫茶店に来るのは数年ぶりだが内装は変わることなく、むしろアンティーク調のインテリアは艶を増したような気さえした。いらっしゃいませ、と年配のご婦人が招き入れてくれる。
「すみません、奥の席にしていただいても宜しいですか?」
「えぇ、勿論ですよ」
席につくとハルトはコーヒーとフルーツタルトを、凜は苺のショートケーキと紅茶を注文した。
「長々と付き合わせちゃってごめんね」
「いや、俺が勝手について来ただけだから。あの展示されているのもが全部お菓子で出来てるって凄いね。なんというか、あそこまで作り上げるパワーが凄くて、圧倒された」
「凄いよね。デザイン考えて、パーツを作って、どう組み立てるか、強度はどうか。細心の注意を払いながら作っていくんだ。結構ね、不注意で破壊しちゃったりもするんだよ」
「凜も作ったことがあるの?」
「うん、修業時代にね。仕事が終わってから厨房借りてパーツ作って、家に持ち帰って組み立てる。完成間近に侵入してきた猫に破壊された時には泣いたなぁ」
「お待たせしました。コーヒーとフルーツタルトのお客様」
「はい」
ハルトが軽く頷いてテーブルにお茶とケーキが揃った。ふぅっと息と吐いてハルトがコーヒーを飲む。ハルトの体から力が抜けていくのが凜にも分かった。
「・・・凛ってアレンさんと付き合ってたの?」
「ど、どうしてそれを!?」
「アレンさんが言ってた。付き合ってたけどダイエットに成功して痩せたら振られたって」
「なっ、なんです・・・とーっ!!」
凜は思わず大きな声を出してしまう所だったが、自分の手で口を塞いで比較的小さな声で怒りの声を上げた。
「違うの?」
「確かにレンが浮気をしたからだよ」
むっと口を尖らせる。
「アレンってさ、痩せると結構イケメンになるんだよね。背は高いし、陽気だし。モテてあちこちの女に手を出してたんだから」
「じゃあ、また付き合うってことは無いの?」
「無い、無い。浮気男は願い下げだわ。それに、同業者だもん。今はいいライバルだよ」
「そっか・・・」
ハルトはそう言うと美味しそうにフルーツタルトを頬張った。
「何してるの?」
お皿を持ち上げて目線の高さにして断面を見ている凜にハルトが聞くと凜は慌ててお皿をテーブルに戻した。
「生クリームとスポンジの比率がどうなってるのかなって、ちょっとチェック。職業病だね」
「凛って本当にケーキが好きだね。だから凛の作るケーキは美味しいのか」
「なっ、いや、面と向かって言われると照れる。ありがとう」
帽子を深めに被りなおすとハルトの手が凛の帽子の鍔を上げた。
「あんまり下げると、ケーキについちゃうよ?」
凜が視線を上げてハルトと目が合った時、テーブルの脇で止る影があった。
「ハル?」
ハルトの視線がゆっくりとその女性を捉える。栗色の長い髪の毛が腰の辺りで揺れ、身長は165センチくらい。ヒールを履いているから本来ならもっと身長は低いはずだ。女性らしいラインのワンピースに革のジャケットを羽織っているがキツくならず、むしろ可愛い。それはこの女性のもつ可愛らしさのお蔭だ。
「有紀・・・」
「こんなところで会うなんて偶然ね。友達?」
「うん」
「ねぇ。今度また家に行ってもいい?ちょっと相談したいことがあって」
有紀の目がチラチラと凜を見る。凛の存在が気になって仕方がないようだ。
「いや、家はちょっと。というか、相談は別の人にして」
「どうして?私の事一番知ってるのはハルだもん。ハルに聞いてほしい。私たち、嫌いになって別れたわけじゃないよね。今なら私」
「悪いけど、もう何とも思ってないから」
このままここにいていいのか、ケーキを食べて誤魔化そうにも、ケーキは食べ終わった後でお皿は空だ。紅茶も最後のひと口になってしまい、凜は視線を彷徨わせる。有紀が唇を噛むのが見えた。
「凛、食べ終わった?」
「あ、うん」
「じゃ、行こう」
ハルトが凛の手を掴み、そのまま喫茶店を出ると有紀が追いかけてきた。
「待って、ハル、待って」
ハルトは凛の手を握ったまま立ち止まった。
「有紀とのことはもう過去だから。誕生日のメールもプレゼントも迷惑でしかないからもうやめて」
「そんな・・・私はただ」
「有紀も他の人、見つけなよ」
ハルトは凛の手を強く握るとそのまま駅まで歩いた。
何を話していいのか分からず、手を離すタイミングを逃したまま電車に揺られている。
さっきのって、きっと・・・。凜は頭の中で整理を始めた。
有紀さんというのはきっとハルトの元カノというやつだ。二人はお互いに嫌いになって別れたわけではなく、有紀さんはずっとハルトを思っていた。そんな矢先、喫茶店で偶然再会する。ハルトの向かいの席には女(私)がいた。誰?と有紀さんは思ったはずだ。思い続けている相手が喫茶店で女と二人きり。ショックだったに違いない。友達だと聞いて安心しつつも、不安が消えず、ハルトの気持ちを確認したくなったのだと思う。その結果があれだ。
私なら耐えられない、と凜は思った。最も、人のいる喫茶店でハルトの気持ちを確認する勇気もないけど。ハルトは気持ちが無くなったらあんな風にばっさり人を切ることができるということだろう。自分があんな風にバッサリ切られたらと思うと、ハルトが少し怖いと思った。
「凛?凛さん?」
「え、あ、はい」
「降りるよ」
未だに手を離すタイミングもなくそのまま歩いている。この辺はハルトの家の近くのはずだ。手を繋いでいて誰かに見られたらヤバいんじゃ・・・。凛がそう思ってドキドキし始めた頃、コンビニの前でハルトが立ち止まった。
「ちょっと飲み物買ってきていい?」
「あ、どうぞ」
コンビニに入っていくハルトを見送ると凜はコンビニに背を向けて空を見上げた。今日は色々あったなぁ。星を見上げながら思い出すのは展示されていたピエスモンテだ。繊細な花たち、人形の表情、生け花と見まがうようなチョコレート、お菓子という名の芸術品だ。もっと、もっと、お菓子は自由で良いんだ。
「ん・・・」
「りん・・・」
「凛」
声が凛の意識に到達する前に誰かの手が凛の肩に触れた。凜は声もなく反射的にその手を振り払き、自身を守る様な仕草をした。
「あ・・・ごめん」
手を振りほどかれて呆然としたハルトが凜に謝って手を下す。
「ごめん、ちょっとぼーっとしてて、びっくりしちゃった、あはははは」
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