第5話 お土産
約束の日。夕食を食べながら話そうというリックの希望もあり18時に相談を受けることにしたのだが、予定通り午前中で仕事が終わったハルトから今から行ってもいいかとメールが届いた。
「13時か。今日出荷分のチーズケーキは梱包し終わったし、いいか」
いいよ、と返信すると早速PC画面からハルトが這い出てきた。何度見てもホラーである。
「お邪魔します。あ、これお土産です」
「本当に持ってきたんだ」
紙袋の中を見ると、紙に包まれた人間の太腿くらいの塊が入っていた。触ると冷たい。
「牛肉なんですけど」
「えぇっ!?」
この大きさ、包み方、これは高価な牛肉に違いない。
「番組でいただいたやつなんで気にしないでください。どう料理したらいいか分からなくて、リンさんなら上手く料理できるんじゃないかって思って」
「する!するする!こんないいお肉が食べられるなんてテンション上がる!」
喜びのあまりにクルッと回った凛の背後で、ぷっと吹き出す音がした。その音にハッとして動きを止めると、お腹と口元を押さえて笑いを押し殺しているハルトがいた。
「そんなに笑わなくても」
「くくく、喜んでもらえて良かったです」
「ゴホンっ」
凜は思わずはしゃいでしまった自分をなかったことにするかのように軽く咳払いをした。
「ハルトは食べたい牛肉料理ある?」
「んー、野菜たっぷりのあったかいやつがいいです。最近野菜不足なんで。生野菜より温野菜の方が食べやすくて好きなんですよね」
「あー分かる。生野菜って美味しいんだけどたくさんは食べるのって案外大変だよね。よし、今日は牛肉のワイン煮にしよう。野菜たっぷりのやつ」
凜が牛肉を持ってキッチンへ行く様子をハルトの目が追っていた。
「何か手伝いましょうか?」
「他にやりたいことあるならそっちやってもいいよ。出かけてきてもいいし」
凛の言葉にハルトは考えるように少し黙った。
「それとも手伝いたいの?」
その言葉にもハルトは考えて黙り込む。凛の言葉を無視している訳ではないようなので、そのまま料理の準備をしていると5分くらい経ってから「ここにいたいのかも」という声が聞こえた。
「まさかあそこまで料理が苦手とはね・・・」
ここにいたいかも、と言ったハルトを置いておいたものの、凜をじっと追いかける視線に耐え切れずに助手をお願いすると、あまりにも危なっかしい包丁さばきにヒーっと声を上げることになった。まず包丁の持ち方から危なっかしい。「ちょ、調理実習の時間ってなかったけ?」と思わず聞いてしまったほどだ。
「すみません。みんなが手伝ってくれたのであまり包丁を握らずに乗り越えてしまって」
みんな、ね。せっせとハルトを手伝う女の子たちの姿が見えるような気がする。凜が想像に目を細めていると無表情に食器を片付け終えたハルトが「結構作りましたね」と言った。圧力鍋の中には牛肉のワイン煮、ブロッコリーや人参、カボチャにキャベツはカットし鉄板の上に並べた。焼き野菜にする予定だ。牛肉ステーキ用にもお肉をカット、調理する1時間前に冷蔵庫から出して常温に戻す予定で今は冷蔵庫の中にいる。それでも余った牛肉は料理しやすい大きさにカットして冷凍庫に入れた。
「もう一品、デザートも作るよ。んー、デザートはアイスかな」
冷蔵庫から卵と牛乳を取り出す。
「アイスも作るんですか?」
ハルトの目が心なしか輝いているような気がして、顔が綻ぶ。
「簡単でシンプルなやつだよ。アイスっていうか、食感はシャーベットに近いけどお肉で濃くなった口の中を爽やかにしてくれると思うんだよね。」
卵黄と卵白を分けると卵白を泡立てる。半分くらい泡立ったところで砂糖を加え、更にしっかりと泡立てる。卵黄を加えまたもやしっかりと泡立て、容器に移して冷凍庫へ。1時間おきにかき混ぜれば3時間ほどで優しい甘さの無添加アイスクリームが出来上がるのだ。
「よし、これである程度は出来た。手伝ってくれてありがとね。お茶でも飲む?」
「手伝うって程、手伝えていない気がしますが。場所教えてくれればお茶は俺が淹れますよ」
「じゃあ、お願いしようかな」
カラン、カラン
ハルトにお茶の場所を教えていると来客を知らせるベルが鳴った。
「集荷に参りましたー!!」
「そんな時間か。ちょっと荷物渡してくるから待ってて」
凜はハルトに言うと、階下にいる青井に大きな声で返事をして階段を下りた。
凜がお店に行くと青井は大きな目を細くして微笑んだ。その笑顔につられて凜もつい笑顔になる。
「青井さんは相変わらず良い笑顔ですねー」
「こんなおじさんの笑顔でよければいつでも」
「おじさんって私と大して年齢は変わらないじゃないですか」
青井は凜より3歳年上の32歳だ。
「この年齢の3歳って結構大きいんですよ」
青井はそう言ってまた笑顔になる。青井の最大の魅力はこの笑顔だ。そしてどんなお手入れをしているのかとつい聞きたくなってしまう程のもち肌。
「そういえばこの間、杉山さんのチーズケーキをネット注文して食べたんです。もう、ビックリするくらい美味しかったです。営業所止めにしてあったので営業所のみんなにも裾分けしたんですが、あげなきゃよかったですよー。次は一人で食べます、ってそんなことしてたら太っちゃいますね」
ははは、と笑う青井を見て凜は妄想のあまりにクラッとした。あのもち肌がぽっちゃりして抱き心地が良くなって・・・しかもあの笑顔っ!萌える。そんなの萌えるっ!
「あの・・・杉山さん?」
「あ、すみません。つい、ぼーっとして」
「いえ、僕こそ余計なおしゃべりをしてしまって」
「そんなことないです!!ケーキ、喜んでいただけてすごく嬉しいです。それに、青井さんはぽっちゃりしても素敵だと思いますよ。あ、万が一ぽっちゃりしても」
「ははははは、ありがとうございます。今日の荷物、これで全部ですね。確かにお預かりしました」
「よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げて店を出ていく青井を見送り、ニヤニヤしながら部屋に戻ろうとすると階段のところにハルトがいた。
「あれ?どうしたの?」
「リンさんの携帯鳴ったんで、どうしようかと思いつつ持ってきたんですが切れちゃって。どうしたものかと」
「あ、そうだったんだ。教えてくれてありがとね」
「・・・さっきの人、配送さんですか?」
「あぁ、そう。うちの担当さんなんだよね」
「そうなんですか・・・あの人、太ったらリンさんの好みのタイプになりそうですよね」
察しの良いハルトの言葉に思わず階段を上り終えたところで止った。
「いや、そんなことは・・・ない・・・ないかな」
「リンさん、嘘が下手」
うっ・・・。
ハルトは無表情のまま凜を追い越すとテーブルに向かった。
「お茶、淹れますね」
「今日も一段と美味しそうなご飯ですな!」
家に来るなり並べられた料理を見て喜びの声をあげたリックの隣でソワソワと落ち着かない様子の50代と思われる男がいた。50代かと思ったのはその人物?が人間に近い姿をしていたからである。白髪交じりの髪の毛、三白眼、身長は140センチとこちらの世界からすれば小柄だ。違う所は猫の様な髭があることと。犬の様なしっぽがあることだ。そのしっぽが先ほどからずっと落ち着きなく揺れている。
「凜様、ハルト様、こちらが今回の相談者、ガルーダ族のチョット様でございます」
凜はまた変な挨拶をされるかと構えたがチョットは顔を10センチ程下げて直ぐに上げた。高速おじぎといったところか。
「はじめまして、ようこそ」
凜が頭を下げるとチョットの尻尾は更に大きく、しかも高速で動く。
「あちらに座っても宜しいでしょうか?」
チョットの言葉は丁寧だが早口言葉でも言っているかのように早い。
「どうぞ」とこちらも釣られて早口になったところで「なんでこっちの言葉が話せるんですか?」とハルトが凜にだけ聞こえるように聞いてきた。
「さぁね。それに関しては私にもリックにも分からないのよ。でも話せるのはこっちにいる時だけで向うの世界に帰ると話せないらしい。しかもこっちの世界の言葉を話していた自覚もないんだって」
「へえー」
「どうぞ」
テーブルについて食事を始める。
「凜様、これは初めて食べます。濃厚でいて芳醇、このスープに全ての旨みが凝縮されております。素晴らしいっ」
リックが感動の声を上げる目の前で、ハルトがワイン煮の牛肉を口に入れ「やわらかい」と呟いた。その口元の口角が少し上がっている。
良かった、口に合って。
凜がほっとしつつ自身の料理に手をつける正面でチョットは噛んでいるのか、味を感じているのかと疑いたくなるほどガツガツと料理を食べていた。そして私たちが料理の3分の1を食べ終える前にチョットは全ての料理を食べ終わり、「相談内容をお話しさせていただいても宜しいですか!!」と早口で言った。
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