第4話 新しい依頼
「ダメって言おうとしたんだけど」
「おや、お邪魔でしたか?二人きりでいたかったと?」
「そんな訳ないでしょ。こっちの世界では来客中は遠慮するものなの。それに、依頼内容って秘密にするものじゃないの?」
凜がそんな訳ないと言った瞬間、ハルトの眉がぴくっと動いたが凜もハルト自身さえも気が付いていなかった。
「私の世界の中で、でしたら秘密にしますけれど、こちらの世界でどんなに広まろうと私どもの世界では知る由もありませんしねぇ。それに、こちらにいるお客様がハルト様だということは存じておりました」
リックは鼻をヒクヒクさせて誇らし気な表情をした。
「お、今日はシチューですな。わお、デザートまであるのですね。これは嬉しい」
嬉しそうに目を細めるリックはちょっとリアルではあるが大きなウサギのぬいぐるみのようで可愛い。そんな顔をされると何も言えなくなってしまうのだ。
「リックも一緒でいい?」
「大丈夫です。むしろ俺が居ていいのか・・・」
「ハルトはいてもいいんだよ。後から来たのはリックなんだし。冷めないうちに食べよ。あぁっ!!」
「どうしたんですか?」
「当たり前のようにご飯にシチューをかけちゃったけど平気だった?」
「大丈夫です。俺もかける派なんで」
ホッとしているとシチューを一口食べたリックが「ん~」と唸り、その表情に煽られるようにハルトもシチューを口に入れた。
「・・・うまい」
ハルトは呆然と呟くと無言で黙々と食べ始めた。その隣でリックが「そうでしょう、そうでしょう」と頷き、こちらもまた無言で食べ始めた。夢中になって食べる二人を見ていると凜も自然と笑顔になる。ひな鳥にご飯を食べさせる親鳥ってこういう気持ちなのかな、凜はくすっと笑いながら自分もご飯を食べ始めた。
「そういえばスキャット族の長老から報酬を預かっております」
「報酬をくれたってことは良い結果になったってこと?」
「えぇ、孫娘が逃げると流石は狩人、縄でひゅっと直ぐに捕まえるそうで、家が壊れなくなったそうですよ」
自分の家も壊していたのか・・・。凛は引きつった表情で「それは良かった」と答えた。
「それだけではなくて、ですな。孫娘を捕まえることが狩人のトレーニングになるらしく、狩りの腕が数段アップしたとのこと。家は壊れない、旦那の仕事の腕は上がると双方、大喜びでございます」
「なるほど」
半分、いや、半分以上怒り任せの回答だったが思いの外うまくいって良かった。「ちょっと失礼」リックはそう言って席を立つと鏡の前に置いてあった袋を持ってきて凜に渡した。
「今回の報酬でございます。スキャット族秘伝のお酒だとか」
袋の中には瓶が入っており、750ml程の赤い液体が入っていた。ワインの様な見た目だ。
「おぉーっ、おいしそうっ」
「報酬を何にするか悩んでおりましたので、凜様はお酒が好きだと教えたのです」
「リック、よくやった。丁度お酒が少なくなってきたところなんだよね」
「凜様はお酒に弱いくせにお酒が好きですからねぇ」
「経済的な体質と言ってよ。ハルト、もっとシチュー食べる?」
「いや、もういいです」
「じゃあ、デザートにするかっ」
バナナケーキを取り分けて紅茶を淹れると、部屋に残っていたシチューの香りを紅茶の香りが塗り替えていく。
「これは見た目も美しいですなぁ」
「いただきます」
ハルトはバナナケーキに丁寧に手を合わせると、心なしか前のめりになってバナナケーキを口に入れた。そして一瞬目を見開き、次の瞬間、ふっとその表情を緩めた。
うわ・・・ハルトが微笑んだ。
「スイーツ好きなの?」
凜が話しかけた瞬間、ハルトの笑みがすっと消えた。
「あぁ、うん。嫌いではないです」
あの顔は嫌いではないですっていうレベルじゃないと思うんだけど・・・。そう思いながら凜は先ほどのハルトの笑顔を心の中のご褒美箱に入れた。私のスイーツを食べて笑顔になってくれる。それはパティシエにとっては大きなご褒美なのだ。
「それで凜様、次の相談でございますが」
ハルトがピクッと顔をあげる。
「ハルト様もご興味がおありで?」
「うん、まぁ。どんな感じなのかなと思って。異世界ですよね、うん。・・・興味あります」
ハルトの言葉にリックはフッと目尻を下げた。
「で、今回の相談は何?」
「今回は宝捜しでございます」
「それって相談ではないんじゃないの?宝捜しなんて探偵の仕事だと思うんだけど」
「いいえ、【宝物はどこにあると思いますか?】という相談です」
「相談ねぇ」
「いいじゃないですか。面白そう」
「ハルト?」
「俺、ミステリーとか謎々とか好きなんですよね」
「・・・リックに上手く言いくるめられている気がするけど、わかった。話は聞く」
「では3日後で宜しいですか?」
「んー話が長くなりそうだから4日後にして。火曜日は定休日だからいつもより時間があるし」
「俺もその方がいいです。4日後なら午後からオフだから」
「え?ハルトも来るつもりなの?」
「はい。面白そうなので。いいですよね?」
無表情のまま、いいですよね?と確認するハルトは妙な迫力がある。凛の家への扉を残してほしいと言った時もそうだったがハルトには少し強引なのではないかと思える一面がある。無表情だからと言って外のことに関心が薄いわけでもなく、感情が平らなわけでもない。よく考えたら、感情が平らだったら俳優なんて仕事はできないのではないか。案外ハルトの内側は熱いのかもしれない。半日一緒にいたことで凛の中のハルトという人物が色を持ち始めた。
「リック、いい?」
「いいでしょう。先方には私が話しておきます」
「なんか変な感じがするよねー。この間までお互いの顔知らなかったのに一緒にいるなんてさ」
リックが帰った後、ハルトが後片付けを手伝うと言い張るので皿を洗って貰っている。
「そうですね。普通じゃ考えられないことが起こりましたから」
「そ、そうだよね」
ハルトが洗ったお皿を拭いて片づけていると、普段使わない皿の番が来た。使用頻度が少ないので流しの上にある高い位置にある棚に片づけているお皿だ。踏み台を持ってこないといけないか。面倒臭いなと棚を見上げるとハルトの手が皿を掴んだ。
「どこに片づけるんですか?」
上を向いている凜を見下ろすようなハルトの視線。
「そこの上から二段目のところ。なんで分かった?」
「チッて舌打ちが聞こえたんで」
「お・・・おう」
いい歳こいて無意識に舌打ちをしていたとは。
お皿を片づけたハルトが凜に向き直った。
「俺、今日ここに来られて良かったです」
そう言った後、もっと何かを言おうとして言葉を探して、見つからなかったのか「あー・・・」と言って視線を逸らした。
「もしかして、照れてんの?」
ハルトは小さく「そんなわけないでしょ」と呟いて、口元に手を当てた。
「ぷ、ぷぷぷぷぷ。こんなところで良かったらまたどうぞ。いや、4日後か。ぷぷぷぷぷ、そうだ、バナナケーキ残ってるやつ持って帰る?」
「いいんですか?」
ぷぷぷ、と笑う凜に不服そうにしながらも声は少し弾んでいる。
「良かったらシチューも持ってく?」
「なんかすみません。俺、今度ちゃんしたもの持ってきます」
「気にしなくていいのに」
「いや、迷惑だって出禁にされると困るんで」
そう言うハルトはいつもの無表情な表情に戻っていた。
何だろう、この感じ・・・。実家にいる猫を思い出す。
凛の家から帰宅したハルトはPCの電源を落とすと丁寧に持ってきたバナナタルトとシチューを見て口元を緩めた。お日様を含んだかのように心がゆったりとしている。PCの向う側に行く前の自分とは大違いだ。
俳優という仕事にずっと憧れていた。高校を卒業すると同時に今の事務所に所属して4年。小さなチャンスをつかみ、ラッキーなことに同年代くらいの人になら周知されるくらいになった。最初は町で声をかけられることが嬉しかったのに、名前が売れてくる程、人目が気になってどこにいても落ちつけなくなった。ハルトは本来アウトドア派だ。散歩をしたり、自然に触れることで心をリセットしていた。
ここ数日、神経が逆立っていく自身を感じながらもどうにもできずに、少しでもここから離れたくて逃げるようにPCの向う側へ行ったのだ。
「こんなに心が軽くなるなんて」
この心の軽さが誰の目も気にせずに自然の中で過ごせたということだけからきている訳ではないことにハルトは気が付いていた。
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