第6話 宝の地図
「こちらが宝の地図でございます!」
チョットが地図に包帯のように巻いていた布を、悪代官が町娘から帯をはぎ取るかのように取ると、中から古びた四角い板が出てきた。
板の最初には【この通りに進めば宝を手にすることが出来るであろう】という文字が異世界の言葉で書いてあった。書いてあったと言っても凜は異世界の文字を読むことは出来ないのでリックが教えてくれたのだ。その下には【ΓΔ¶ΘΣδζ=猫の様な生き物】。猫の様な生き物の部分にはイラストが入っている。ΓΔ¶ΘΣδζはこちらの世界でいうアルファベットのようなもので、こちらの世界風に訳するのならば【ネズミ=猫】と違う生物と生物がイコールで結ばれているようだ。その下にはよくありがちなざっくりとした地図が描いてあり、【□の数だけ進め】や文章になっていない文章、が書かれている。
「これは・・・さっぱり分かりませんね」
凜がそう言うとチョットは信じられないというかのように驚きの表情を見せた。
「このような地図を解明するためにはそちらの世界の言葉や文化等を知っていなければならないと思うのです。残念ながら私にはその知識がありません」
凜がそう告げるとチョットは絶望したかのように表情を引きつらせた。
「ですが、せっかく私にご相談いただいたので私なりに考えてみたいと思います。ですので、もう少し時間をください」
チョットの悲痛な面持ちに耐え切れずに凜が言葉を付け足すと、チョットは安心したかのように額の汗を拭った。
「写真を撮るので板を貸してもらえますか?」
凜が手を差し出すとチョットは渡すのをためらうかのような仕草を見せたが、リックが頷くとすんなりと渡した。ハルトと一緒に色々な角度から写真を撮り板を返すと、チョットはいそいそと身支度を始めた。
「相談は以上でございます。では3日後に」
鏡の前に陣取るとリックに視線を送る。
「まぁ、まぁ、もう少し良いではないですか」
リックが言うもチョットは地団太を踏んで早く早くと急かした。その姿はまるで子供のようだ。
「仕方がありませんね。本来ならもう少しゆっくりと余韻まで楽しみたかったのですが・・・」
リックは残念そうに耳を垂らすとしぶしぶと鏡の中へと消えていった。
「・・・アイスクリーム出し損ねちゃった」
「俺はまだ時間ありますよ」
凜が振り向くと無表情のハルトが凜を見ていた。
「じゃあ、二人で食べるか!」
凛の想像していた通りアイスは肉で脂っこくなった口の中を優しい甘さで拭っていく。冷たさが妙に心地よく喉をスッキリとさせるのだ。
「うん、想像通り相性ばっちり」
ハルトは凛の正面に座りアイスクリームを頬張るたびに表情を緩めている。
「ねぇ、ハルトって甘党だよね?スイーツ、好きだよね?」
「・・・嫌いではないです」
ふぅん、と凜は疑いの目を向けたままハルトがアイスを食べる姿を見ていた。
「スイーツ食べてる時、顔がにやけてるけど?」
ハルトは口元を手で隠すようにした。
「そういうところ見ないでくださいよ」
「それは無理よ。パティシエだもん。反応は気になるし。ハルトがスイーツ好きなら私は嬉しいよ?」
「本当ですか?」
「うん、試作も食べて貰えるだろうし、何より自分が好きなものを好きって言ってくれたら嬉しくない?」
「確かに・・・。スイーツ好きだっていうとスイーツ目当てでここに来てると思われそうで」
「ぶっ、そんなこと思わないよ。考えもしなかった」
「じゃあ、・・・好きです」
ハルトが照れたように控えめに笑う。それに釣られて凜は微笑んだ。
ハルトってなんだか可愛いな。
男性に対して可愛いは失礼だろうか。そう思う手前、口にこそ出さなかったものの凛の目がいつもより優しくハルトを見つめていた。
「そういえばさ、私に敬語使うのやめていいよ。です、ますってなんか長いし、ちょっと他人行儀じゃない?ってまぁ、そこまで仲良くないって言われたらまぁ、それまでなんだけど」
「敬語やめる」
凛の言葉に食い気味に返事をしたハルトに驚きつつも、凜は顔を傾けて微笑んだ。
「リンってどういう漢字で書くんですか?」
「凛とする、とかの凜」
「凛さんらしい・・・」
ハルトはそう呟くと凜を見た。
「凜」
「え?」
突然のことにカッと顔に血が上る。男性に呼び捨てにされたのはどれくらいぶりだろう。海外にいた時を抜かせばリンを呼び捨てにするのは女友達と、彼氏くらいだ。くすっとハルトの笑い声が聞こえて凜は我に返った。
「ちょっと、呼び捨てにするつもり?」
「俺ともっと仲良くなりたいのかと思って。だって他人行儀だから敬語が嫌なんでしょ?」
「そ、それとこれとは別でしょ」
「凜、照れてる」
「なっ!・・・もう勝手にして!」
凜は赤い顔を隠すようにキッチンへと消えた。
相談を受けてから丸二日。凜はテーブルに突っ伏していた。私なりに考えてみると言ったものの、人並み程度に勉強は出来てもこういう頭を使う系は苦手なのだ。
「何も浮かばん・・・」
今日が二日目、明日が三日目。三日目に依頼人が来るから、実質、今日しかない。一瞬、ハルトの顔が浮んだが相談を受けた日の帰り際に「撮影が始まるから暫くは来られないかも」と言われているのだ。
「んがーっ!!」
無意味に叫んでみるも自分が相当煮詰まっているのは分かっている。
「自分の力ではどうしようもない時は素直に人の力を借りよう!」
凜がボイスチャットにログインするとミサキとサワちゃん、それからクジョ―がログイン中だった。
「私、薄々気がついてはいたけどサワちゃんってダメ男吸引機なんじゃないの?もしくはダメ男製造機」
「ぐず・・・なんですかそれーっ!!う~」
ログインして耳に飛び込んできたのは呆れたようなミサキの声とサワちゃんの涙声だ。
「ど、どうしたの?」
「どうしたもこうしたも、いつものやつよ」
「いつものって3回しかないじゃないですか」
「2年間に3回もあればいつものよ、いつもの!!」
うう~、と納得いかないように鳴き声をあげるサワちゃんの声を聞きながら、あぁ、いつものね、と凜は思っていた。サワちゃんは見事な恋愛体質だ。好きになると猪突猛進、好きすぎて嫌われるのが恐くなり尽くす、尽くす、尽くす。その結果、相手の態度が変わってしまうのだ。
一度目はサワちゃんが17歳の時。付き合っていると思っていたのはサワちゃんだけで遊ばれてポイ。二回目はその2か月後に付き合った男。ラブラブだったのは付き合って2か月目までで3か月目からは浮気男に変貌。浮気を繰り返す男に縋り付くこと半年、「俺にしなよ」と口説かれ乗り換える形で別れる。3回目は「俺にしなよ」男。付き合っていくうちに束縛男に変貌。サワちゃんの携帯電話に勝手にスパイアプリをインストールしていたり部屋に盗聴器をしかけたりしたことで怖くなって別れる。って・・・あれ?
「サワちゃん、4回目じゃない?」
「あ?」
ミサキが数を数え「本当だ」と言う。
「凜さん、そんなのどっちだっていいじゃないですかーっ!うぅーっ」
「で今回は何?」
「付き合って3か月になるんですが、ぐすっ、最近、冷たくて。ため息も多いし苛々してて。今日なんて家の壁を殴ったんです。今までこんなことなかったのに・・・。私、捨てられるかもしれない。うぅぅぅぅ」
「相手何歳なの?」
「同じ歳です。どうしてこうなっちゃったんだろ。あんなにラブラブだったのに。私、頑張ったんですよ。掃除も料理も、彼が大学に行く時はお弁当だって作って・・・」
ミサキが「はぁ・・・」とため息をついた。
「サワちゃん、あんたそれ完全に奥さん、お母さんのやることじゃん」
「でも、彼だって喜んでくれてたんですよ!」
「尽くし過ぎだよ、サワちゃん」
私の言葉にウンと頷くミサキの音がする。ここからは恋愛マスターのミサキの独壇場だ。
「尽くすって技が有効になるのは私の経験上は25歳以上、結婚を考えるような年齢の相手の場合だと思う。それ以外だとさ、恋愛からちょっとズレちゃうんだよね。若い時って案外刺激も欲しがるから」
「じゃあ、どうすればいいんですか・・・ぐすっ」
「私的には壁だろうがなんだろうが、殴っていけない物を殴るっていう方法で怒りを発散させる人と一緒にいたいとは思わないけどね」
「それって別れた方がいいってことですか?」
「それはサワちゃんが決めることだよ。どうしても一緒にいたいのなら自分が相手を嫌いになるまで、もしくは相手に捨てられるまで一緒にいるってのも一つの方法だし」
「うぅー、ぐす、リンさんはどう思いますか?」
「・・・そうねー。私が思うのは、自分の人生なんだから自分が幸せになれる道を自分で選んでいかなくちゃってことかな。恋愛に限ったことじゃないけどさ。今はしんどくても、その先に光が見える方を選ぶ」
「リン、いいこと言う~っ!!」
「もうっ、茶化さないでよー。恥ずかしくなるじゃん」
「・・・よく考えてみます。ありがとうございました。私、頭冷やしてきます、うぅ~」
泣きながらサワちゃんが落ちると、ミサキも「ヤバ、洗濯忘れてた!!」と言葉を残して消えた。
「あのー、クジョーぅ」
「なんですか?良いこと言ったリンさん」
「ちょっとそれやめてよ。恥ずかしくなるじゃん」
「ぷっ、いや、でもいい言葉だと思いますよ」
「そりゃ、どうも。あのさ、相談があるんだけど時間ある?」
「いいですよ。途中で良い流れが来たら黙りますけど。それでも良ければ」
「いいです!頼む、君だけが頼りだ!」
凛の言葉にクジョ―がクスッと笑って「いいですよ」と言った。
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