第152話 ごろつき共の剣
「クソトカゲ野郎を落としたのってお前らの仲間だろ? 礼を言っといてくれよ」
「あのふざけた力の
こいつら……互いに相手を生かして帰す気もねーくせに。
殺した後じゃエーコに礼も何もないのでは。
「僕はクロノス」
久々に見た気がするクロノスは、相変わらず若かったし性別も判別し難い外見のままだった。
現代風の普段着だが、豪奢な装飾の剣だけはボスキャラっぽい。
剣の長さは体格に合わせてか短めだ。
「ヒュドラの血族。九つ首。そして時間を統べる者」
対するは――
「オレはローグ」
ローグも若いはずなんだが、この並びだとオッサンに見えるな……。
ややボロっちい西洋ファンタジー冒険者風の服装。
初期装備のショートソードを抜き放ち、替天刃の構えを取る。
「ただの、ごろつきだ」
終末街南――海辺の倉庫街。
いや、こんな場所初めて来るんだが?
境界線の仕様がよく分からなかった頃は海に近付かなかったし、その後も別に用は無かった。
食料倉庫とかあるし、むしろ初期の頃に立ち寄るべきだったんだよなここは。
というか……クロノスだってこんなところに用は無いだろうが。
魔王城はずっと北だぞ。
こいつ足速いから勢い余ってこんなところに来ちゃったのか?
……単に、他の奴らに任せて高みの見物をするつもりが、ローグに見つかって追い付かれてしまった、辺りが正解っぽいな。
得物は両者とも剣。
そして恐らくはどちらも、速さに軸を置いた戦いを得意とするタイプ。
互いに斬り結び、また位置を変え、目まぐるしく交差する。
正直ウィスプ越しだと、細かい剣の軌道とか把握し切れない。
一概にどちらが有利とは言い切れなかった。
剣技でローグを上回る者などそうそういないとは思うが、クロノスの速度はその上を行く。
これが時間魔法の本来の効果か。
ローグのショートソードが標的を捉え、血飛沫が飛ぶ。
だがその刀傷は瞬く間に塞がっていく。
高速再生――クロノスの時間魔法と相性のいい能力だ。
先代ヒュドラの頃から九つ首だっただけはあり、こいつもやはり強敵なのだ。
「手こずっているようだね、ローグ殿」
その声と同時に、両者が距離を開ける。
声の主は――
倉庫の上に現れ、片手に構えた何らかの道具をクロノスに向けている。
セルベール、参戦するんだ……。
てっきり最後までサボり通すのかと思ったわ。
「《コズミック・クラフト》――転星門」
あっ、こいつひょっとして。
コズミック・クラフトの実験したくて出て来ただけなのでは……?
クロノスが言う。
「その道具がどれほど恐ろしいものか、知らないわけじゃないだろう。そんなものに頼って戦うのか?」
「理を捻じ曲げるのではなく、捻じ曲がった理を収束するのに使うのだよ。例えばこのように!」
セルベールの立つ倉庫の下、地面に新たな人影が生じる。
そいつは怨念のような禍々しい気を撒き散らしながら駆け出した。
クロノスから見れば余裕で躱せる距離。
しかし跳び退こうとした方向、その場所に魔力の突風が吹いた。
気配だけで分かる、凄まじい練度の攻撃魔法。
「こいつは……!」
突風に驚き叫んだ瞬間の隙を付いて、人影はクロノスの喉笛に喰らい付く。
それは見すぼらしい老人のような男。
擦り切れた衣装は、元は豪華であったことを思わせる――
いや、俺はこの男のことを知っている!
『あいつは――テュポーン!?』
「ぐっ……がハッ……!」
クロノスも何かを叫びながら必死に振り切ろうとするが、テュポーンは喉に噛み付いたまま離れない。凄まじい執念だ。
かつて『迷宮の力』を用いられ、宇宙へと飛ばされたテュポーン。
その理の歪みを無かったことにして、この場所へと召喚したのか。
地面に降り立ったセルベールは、軍刀を抜いてクロノスたちのもとへ駆ける。
間近まで迫ると、その軍刀を全力で投擲した。
テュポーンの背中からクロノスごと串刺しにし、彼方へと吹き飛ばす。
な、なんてえげつない……。
利用するだけ利用して後ろからブスリとか。
ヒュドラに比べれば俺たちのほうが善玉だと思ってたんだけど、ちょっと自信が無くなってきた……。
「処分しきれないゴミを宇宙に捨てるとか、空間神の発想は我々の大将と同レベルらしい」
一緒にすんじゃねえよ!
確かに……消失しきれなかったゴミを迷宮に捨てたりしてたけど。
畳み掛けるように、セルベールは新たな道具を手に取った。
「《コズミック・クラフト》
地面に転がったクロノスとテュポーンを絡め取るように、真っ黒な何かが両者に纏わり付く。
影縫て……。
六合器のネーミングってトウテツの中途半端な地球知識から来てるので、なんかズレてるんだよな。
ネーミングセンスで思い出した。
あの爺さん、組織のほうのアマテラスに入れる素質があったな……。
返す返すも惜しい人材を亡くしたもんだ。
「ローグ殿!」
「応!」
ローグが手にしている武器。武器……?
なんだあれ?
神殿の展示室に置いてあったやつか?
「《コズミック・クラフト》――
それが振るわれた瞬間、目を焼くような光が放たれる。
終末街の地面を彩るアスファルトは溶けて蒸発し、周囲の森林は炭となった。
熱波は空気を歪め、辺りの風景は蜃気楼の如く霞んでいく。
そして俺は《嵐の超越者》テュポーンが、この宇宙から完全に消失したことをはっきりと知覚した。
超越者を消し去るとか……。
なんつうヤバい兵器を使ってんだ。
こいつら、終末化現象の原因となったコズミック・クラフトを惜しげもなくポンポン使いやがって。
それ一回使うたびに封鎖世界の境界線に穴が開くんだぞ?
でも使う度に宇宙の歪みが是正されるなら差し引きゼロか?
よく分からなくなってきた……。
あと俺が無造作に使いまくってる終蛇もコズミック・クラフトだったわ。
さっきヴリトラ吸い込んだとき、さぞ境界の壁にダメージ行っただろうな……。
ん? クロノスは何処に行った!?
「ローグ殿? 最強のクラフトを預けたというのに、ここ一番で外すとか……」
「やかましい! 責任は取る!」
いつの間にか着弾点から離れていたクロノスをローグが追う。
全身に火傷を負ったクロノスは恐らく、回復力高速化の魔法を自身にかけているが。
治らない。
この世の歪みを是正する五火の神焔は、あらゆる魔法の力を拒絶しているようだ。
足を負傷したクロノスは、ローグから逃れることは出来なかった。
追い付いたローグの必殺の一撃を、その剣で受け止めようとする。
「むうっ!?」
甲高い金属音と共に己の攻撃を防がれたことに、ローグから驚嘆の声が漏れる。
クロノスの奴……虚空掌を初見で止めやがった!
炎が収まり、再びなんらかの魔法を使えるようになったのか。
「剣筋が見え見えなんだよ。いきなりそんな大振りだったら、何か仕掛けてくるだろうってね」
時間魔法を抜きにしても、クロノス自身もなかなかやる。
しかし。
力の上限が同じこの結界内では、もはやそのダメージでローグに勝つことは――
「猛れ、三十六の星々よ――――替天刃・三十六員
縦横無尽に振るわれるショートソードの連撃が、クロノスの剣を打ち、削り、叩き折る。
「世界大災害に加担したあの日から……自分でもロクな死に方は出来ないと思ってたけど……」
人間ならとうに絶命しているような傷が、その身体に次々と刻まれていく。
「予想よりはマシ、か」
諦観とも開放感とも、判別の付かないような表情をクロノスは浮かべる。
そして、ウィスプを――俺のことを見た。
「オロチ……同胞のことは……お前かカオス……勝ったほうに任せるわ」
それが最期の言葉となった。
時間の神は、光の粒子となって砕け散った。
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