第151話 人類代表の剣

 神降ろしという魔法については、エーコとの訓練中に聞いたことがある。


 魂とか精霊とか、そういう実体の無いあやふやなもの。

 あめの一族の表現を借りるなら『八百万やおよろずの神々』ということになるか。

 それらを自分の中に取り入れ、力とする強化魔法だ。


 ただこの魔法、器に合わせた、つまり自分の身の丈にあったレベルのものしか降ろせない。

 だから、スペックは良くて元の強さの倍程度。

 取り込んだものの特性を上手く使えば、工夫次第で伸びしろはある。

 思考を乱されて、逆に弱くなる危険性もある。

 そんな魔法らしい。


あめの一族の奥義って、机上理論ばっかりで人間には使えないような魔法だらけなんですよ」


「ふむ。『一族の中から超越の力に至る者が出現する』ことを想定しているかのようだね」


 いつかの訓練中、エーコとモニクの会話だ。

 なんとなく、それを思い出した。




 エーコは《終わりの街》に来てからは、最前線で活躍することは少なかった。

 俺が危険な場所にはあんまり連れて行かなかったからというのもある。

 それ故、彼女の実力を知らない者も多い。

 かつてつるぎの街で一生分かという戦闘経験を積み、モニクに師事してからは更にその才能を加速させた。

 最前線には居なくとも、常に俺の少し前を行く強さだったといえる。


 実のところエーコは、本気のハイドラやかつてのモニクを例外とすれば、仲間の内では最強の総合力を持った異能者だ。

 剣ならブレード、魔法ならセレネが一歩上回るが、バランスがいいんだな。


 付き合いが長いので割と互いのことを知ってはいるが、互いに立ち入らない暗黙の了解みたいなものもある。


 それぞれが持つ超越者の情報もそのひとつだ。


 モニクの情報を人類勢力に流すのは良くないと考えていた俺は、その流れでなんとなく、超越者のことを仲間に話さないクセが付いてしまった。

 アネモネとハトホルの存在なんて、未だにほとんど知られていないからな。


 自分が聞かれたくないことは他人にも聞かない。

 なので俺はエーコが持つであろう未知の超越者の情報も、一度も聞くことなく今日にまで至ってしまったのだ。


 互いにそんな義務はない。

 なんとなくで、そうなってしまったのだ。

 我ながらアホである。


 まあ知ったからどうだっていう気もするんだが、思い当たる節がひとつだけある。

 瓦礫の街でモニクから聞いた話だ。


 人々の願いが積もり重なって生まれるという特殊な超越者――

 そいつは、『無より現れし神』と呼ばれている。


 あのときモニクは、無より現れし神の実例について言い淀んだ。

 モニクにしては珍しいこともあると思ったものだ。

 その実例とやらが、エーコが俺に伏せている情報だったのならそれも納得。

 あめの一族の秘中の秘、そういう存在なのかもしれない。


 考え過ぎかもしれんが。

 聞いたら普通に教えてくれそうな気もするんだが~。




 ――西の隣町。


 それは、世界大災害が起きた当時の俺にとって恐怖の地域。

 あの《終わりの迷宮》の入り口がある場所にして、地の底から巨大化生物が這い出てくる危険地域でもあった。

 猫がちょっと苦手になった町でもある。


 今、その場所で巨大なドラゴンを相手に大立ち回りを演じているのは、俺の一番最初のパーティメンバー。

 そして俺の留守中の地上を任せ続けてきた頼もしき仲間、エーコであった。


 飛び交うブレスと魔力弾。

 地上を灰燼に帰さんとする勢いで放たれるそれらを、いとも容易く無効化する防御魔法。

 俺には理解不能な戦いを繰り広げていた。

 何故か双方とも超越の力全開で戦っていた。


 何が起きてんの? なんでそうなってんの?

 敵味方揃って、俺の用意した戦場のルールを無視してんじゃねええええ。


 今までとは数段、いや、桁の異なるレベルの攻防が繰り広げられている。

 机上理論とか言われてたあめの一族の奥義、役に立ってんじゃん……。


 いや、分かってんだ。

 ヴリトラには多分、対超越者結界なんかあまり効かないんだろうなって。

 でもエーコまで、《剣の超越者》の力を全開にして戦ってんのはどういうことよ。




「ヴリトラの周囲だと、結界の効力が薄れるみたい」


 せわしなく飛び交いながら、俺の分身たる通信用のウィスプまで同時に操作しながら、いつも通りの口調でエーコは言う。

 攻めあぐねているように見えるんだが、結構余裕あるな……。


『それ、カオスたちがヴリトラと合流したら超越の力を使えるってこと? まずいな……。ヴリトラ対策までは事前に考えようが無かったんだよ』


「でも、戦闘が始まったときより弱体化してるよ。九つ首の数が減ったから?」


『まじで?』


 こいつにはそんな特性があったのか。

 本来のコズミック・ディザスターはアネモネですら絶対に勝てないような存在のはずだが……。

 ヴリトラにはそこまでの絶望感は無い。


「ヴリトラはコズミック・ディザスターといっても、やっぱりヒュドラなんだよ」


 コズミック・ディザスターは、その星を滅ぼす最効率の形で具現化する現象。

 惑星ネメアにはヒュドラ以外の超越者が居なかった。

 だから、この星の生命を蹂躙するには本来この力でも充分だったのだ。

 こいつがヒュドラなんかを模倣してしまったのは、結果として失敗だったわけだ。


 しかし……今の俺たちでは一歩及ばない相手なのもまた事実。


『先にカオスとクロノスを始末するべきか?』


「それはやめたほうがいい気がする。ヴリトラだけになったら第二段階とかに変身しちゃうかも」


『コズミック・ヒュドラではない、別のコズミック・ディザスターに変化する可能性か』


 確かにそうなったら手に負えないな。仕留めるべきだ。


 でも、どうやって――?


「モニクさんの力をいちモニクとすると、今のヴリトラは一・三モニクくらいある」


 モニクは単位だった……?

 というか現時点でモニクより強いのか。

 充分絶望的な相手だったわ。


「そしてオロチ八つ首のひとりである私は〇・七モニクくらい」


 八つ首とか言うのやめて。八つ墓みたいじゃん。


「だから、神降ろしで二倍の力になれば勝てるって寸法なわけ!」


 そんな普段の二倍高くジャンプすれば二倍の力で勝てますみたいなこと言われても……。

 あとその屁理屈こねる系の作戦は誰の影響なの?

 ……………………俺か。


 どうやら俺はJKの教育に良くない存在だったようだ。

 全然学校行ってなさそうなエーコがJKと呼べるのかどうかは議論の余地がある。


「ちなみにモニクさんは〇・八モニクくらいかな?」


 モニクは一モニクだってさっき言ってただろ!

 いきなり論理の根底を覆すんじゃない!

 いや、《死の超越者》から《剣の超越者》にクラスチェンジして弱体化したって意味なのは分かるけど。

 リアルモニクをモニク単位で表現するとわけわかんなくなるからやめて。


 だいたい神降ろしったって何を降ろすんだ。

 エーコ理論だと〇・七モニク分のを降ろさないと――


 …………。


 実体の無い超越者――『無より現れし神』。

 人の夢や願いが積み重なり魔法へと至ったもの。

 百頭竜であるミドガルズオルムですらあの力だ……。


 もしそれが――そんな超越者が、本当に存在するのだとしたら。


「超越者オロチのリソース、ちょっと全部借りてもいいかな?」

『そのリソース、誰も使ってないし。好きなだけ持ってって』


 それを聞いた瞬間動きを止めたエーコは、ほぼ直上からから迫りくる竜のブレスをいなそうともせず、球形の防御壁で正面から無効化する。

 ヴリトラの頭部が一瞬、ピクリと反応するのが見えた。

 周囲の魔力濃度が瞬間的に高まった。


あめの最奥……《神降ろし》――」


 先程、ミドガルズオルムが現れたときと同じ……惑星ネメアの上空に何らかの力を感じる。

 いや、感じるどころではない。

 肉眼ではっきりと見える。

 天空が光り輝き、終末街全体を照らしている。

 光は徐々に強さを増した。

 まるで、太陽が地上に落ちてくるかのように。


 光は収束し、地上へ――エーコへと向けて降り注ぐ。

 すぐ近くのウィスプから見ている俺は眩し過ぎて何も見えない……こともない。

 それは不思議な光だった。


 ヴリトラは動かなかった。

 いや、あるいはそれは一瞬の出来事で、俺からはそう見えただけなのかもしれない。


 天と地を貫く光の柱はやがて収まり――


 エーコの姿に変化が起こっていた。

 肩くらいまでの長さだった髪が、腰の下まで伸びている。

 艷やかな長い黒髪は光のオーラを纏い、ところどころで外ハネする癖っ毛が、エーコ本人であることを主張しているようだが……。

 いつも優しげだった眼差しは、力強さと涼やかさを併せ持った眼光へと変貌していた。

 顔は同じなのだが、しかし――


 神降ろしは術者の思考――つまりは魂にも影響するのだという。

 これは…………本当にエーコなのか?


 その口が動く。

 それは、自身に降ろした神の名を告げたものか。

 それとも、神自身の名乗りか。




「《光の超越者》――――アマテラス」




 目の前のエーコの姿が掻き消えた。

 そして、上空のヴリトラも消えた。


 いや、消えたのではない。

 ヴリトラの頭部が、その巨体が、後方に吹っ飛ばされたのだ。

 遥か上空にエーコの姿が見えた。

 魔術士の杖を、天に向けて振り抜いている。


 地上から跳び立ったエーコは、ヴリトラのアゴを真下から――


 のだ。


 吹き飛ばされたヴリトラの頭部は勢い余って身体を軸に空中で回転する。


 一回転半……いや、二回転半か?


 あんなバカでかい巨体が目の前でぐるぐる回ったというのに、脳の理解が追い付かなくて、何回転したのか良く分からなかった。


 体勢を立て直すことも出来ず、巨竜は地上へと叩き付けられる。

 ビル群が砕かれ破砕音が響き渡る。

 墜落の衝撃による振動が終末街を襲う。


 かつて、俺が魔法の存在を知った最初の頃。

 西のヒュドラの巣の上に、アステロイドを落とす妄想をしたものだが……。


 まさかその場所に……宇宙の神が叩き落とされる光景を、目の当たりにすることになるとは思わなんだ。


 西の隣町、一応無事な頃の姿で再現されていたんだが……。

 もう地球の本物の街より酷いことになっとる。


 何が〇・七モニクだよ。

 これが二倍どころの力か。

 エーコはあめの一族歴代の魔女ですら誰も実現し得なかった、前人未到の領域に到達してしまったようだ。


 ウィスプからどよめきが聞こえる。

 ヴリトラが吹っ飛ばされた光景、街の全域から丸見えだもんな……。

 魔王城のセレネ、ブレード、ハイドラから次々に通信が入る。


『なんで結界内に新たな超越者反応が出るんです!?』

『なにが起きた!? 今のは……剣の魔女がやったのか?』

『いや、あんくらい余裕だろ? だってエーコだぞ?』


 ハイドラのそのエーコへの絶対的信頼はどっから来るんだよ!

 ふたりで修行していた期間、いったい何があったんだ……。


 地上で伸びているヴリトラの上空に移動するエーコ。

 当然のように空中を浮遊している……。


 そして、杖の先からヴリトラの全長をも超える長大な魔力剣が展開された。




「《魔力剣》――――ハバキリ」




 それ、オロチを殺す剣のことだよね……?

 とか突っ込む間もなく。


 一回転した光の刃は、終末街に巨大な日輪を顕現させた。


 地面ごと一刀両断にされた《竜王》ヴリトラは、徐々にその姿を崩壊させていく。


 コズミック・ディザスターの本丸を崩したのが人間の異能者と知ったら、アネモネの奴はどんな顔をするだろうか。

 いや、あいつに顔は無いか……。


 それに、今の攻撃を人間のカテゴリに含めるのは詐欺というものであろう。

 あめの一族は言ってみりゃ、超越者アマテラスの眷属みたいなもんだったわけだし。


 対超越者結界Ⅱの効果は再び蘇り、エーコも元の強さ、雰囲気に戻っていく。

 完全に力が消える前に、空中から着地する抜け目の無さもやはりエーコだな。

 これがハイドラとかだと墜落してオチを付けそう。


 ヴリトラの残滓が空を覆い、そして終蛇に吸い込まれていく。

 でも、もうそんなことにあまり意味は無いのかもしれない。


 派手に飛んでいってるな。

 これだと、俺の本体の位置もバレバレだ。移動しなきゃ。


「もしかして、コズミック・ディザスターはこれで終わり?」

『そうだな……。でも、カオスとクロノスの肉体もヴリトラの一部だ。最後まで――』

「んー?」


 ……どうした?


 エーコは自分の髪をしきりにいじっている。

 どうも髪が伸びたことに、今更気付いたらしい。


「うわーなにこれ! 帰ったら髪切らなきゃー」

『えっ?』

「どしたの?」

『いや、長いのも新鮮だなというか……いつものもいいけどさ』


 それを聞いたエーコは目を瞬かせた後、一度顔を背けてから少しの溜めを経てこちらを向く。


「そーお? じゃあしばらく切らずにそのままにしとこっかな」


 人類代表にして俺たち八人組オクテット最強の魔女は、そう言ってニッと笑ってみせた。

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