第150話 魔軍の剣

「そんな……人間の異能者風情が、あのエキドナ様と同等の魔法を――」


「忘れたのかい? エキドナも人間の異能者だったことを」


 本当に忘れていたらしい。

 メドゥーサは驚愕と絶望がないまぜになったような表情で、その姿を消していった。

 光の粒子は、俺の本体が居る場所に向けて飛んでいく。


 百頭竜メドゥーサ――封印完了。




 終末街の迷宮は戦闘を有利にする魔法ではない。

 力のキャップは敵味方関係なく適用されるからだ。

 この迷宮魔法はヒュドラの魂を逃さず封印することが第一義であり、副次効果として超越同士の戦いによる理の歪み、また周囲への損害の抑制というものがある。

 俺以外の七人は《剣の超越者》としての力を封じられるため、却って不利になることすらあるのだ。


 魔王城を守る面々は、今まさにそのような戦いに直面していた。

 リーダーのハイドラからしてこの街とは非常に相性が悪い。

 あいつが窮地に追い込まれると発揮する真の力は、超越クラスの異能として封じられてしまうだろうからな。

 まあ……たくさん修行したんだし、普段の地力で頑張ってくれ。


 この場所に攻め込んできた九つ首はケクロプス、トウテツ、そして皇帝ネメア。

 皇帝はともかく、ケクロプスとトウテツって超越者なんだろうか?

 違う気がする……。

 対超越者結界Ⅱがヒュドラ全員を囚えているのは俺には分かる。

 なので逃げられる心配は無いが、結界による戦力の下がり幅は味方の方が大きい気がするな。


『これ……俺も引き返したほうがいいんだろうか?』


「先輩には先輩の倒すべき相手がいるでしょう。ここは私に任せてください」


 ウィスプに向けてやんわりと俺の参戦を拒否し、魔王城の上から敵の布陣を確認するセレネ。

 森林と建物が入り混じった終末街の街並に居並ぶケクロプスの騎士たちを見据え、自軍へと命令を下す。


「コボルドナイト、前へ」


 シチリンを先頭に、魔王城の外へと進むコボルドナイトたち。

 ケクロプスの騎士に比べて数が少なすぎるな……。


「あのドラゴンを見たときは俺たちの出番なんて無いのかと思ったけどよ。敵にも雑兵が居るんじゃねえか。行くぞ! 野郎ども!」


 曲刀を肩に担ぎ、頭部に大きな角を生やした魔人種の戦士が叫ぶと、冒険者たちから鬨の声が上がる。


「ネメアの民を護るのが我ら神殿騎士の務め。後れを取るな!」


 ラウルの号令により、ワーウルフを中心とした神殿の兵士たちも動き出した。


 うん? あいつらの気配……。

 セレネの強化魔法の効果を受けているのか?

 ケクロプスの騎士はコボルドレギオンと結構いい勝負をする敵なので、ネメア人では歯が立たないと思ったが、これなら数の不利を補えるかもしれない。


 そして、先頭集団が激突した。

 続いて敵陣の奥から矢が放たれ、自陣からはコボルドメイジの火球が放たれる。

 ナイトたちは盾で矢から味方を守り、各所に散ったマーセナリーがネメア人たちをサポートする。

 負傷者はヒーラーによって治療され、怪我の重そうな者は後方へと引きずられていく。


 悪くない流れだ。

 そう思ったとき、敵陣にそれは現れた。


「甦れ、黙示録の騎士よ! ホワイトライダー、レッドライダー、ブラックライダー、ペイルライダー!」


 ケクロプス……!

 その老騎士が軍勢の後方で叫んだかと思うと、四体の騎士が戦場に召喚される。

 再召喚が可能なことは分かっていたが、この状況で喚ばれるのは分が悪い。

 四騎士が両軍の激突する最前線へと迫る。


「蹂躙せよ公国騎士。ホワイトナイト、レッドナイト、ブラックナイト、ブルーナイト」


 セレネの淡々とした詠唱と共に、自陣営に四つの光が輝いた。

 光の中から現れた四体の騎士は最前線へと駆け抜け、同じく駆けてきた黙示録の四騎士と激突する。

 見覚えのある姿だ……。

 いや、現実の世界では初めて見る。

 あれはゲーム、『ドゥームダンジョン』におけるNPC、四人の公国騎士だ。

 そんなものまで召喚できるようになっていたのか……。

 そいつら、セレネのかつての役割である《亡国の王女》から見た場合、思いっきり敵役なんだけど? もうなんでもアリだな……。


 ふと、ウィスプの映像越しに悪寒が走る。

 まさか……この気配は!


 両軍が入り乱れる戦場に影が差す。

 そこではラウルが戦っていた。

 マズい……!


 巨大な蛇の尾が、ラウルと周囲の神殿兵を吹き飛ばす。

 吹き飛ばされ、地に叩き付けられたラウルの身体から見る見るうちに命の気配が消えていく。

 このままでは、終蛇に喰われるのは時間の問題。

 駄目だ……それは駄目だ。

 俺はそんなことのために、この剣を持っているんじゃない!


『ツミレっ!!!』


 通信用のウィスプに向けて叫ぶ。

 俺の叫びに応えるように、その光は戦場を覆う。

 百頭竜の域に達しようかという、治癒の術を極めし者。

 その術はラウルたちを包み込み、彼岸から命を呼び戻す。


『良くやったッッ!!』


 俺の操作するウィスプを見つけたツミレは、全力でこちらに向けて走ってくる。

 なんだ……!? どうした?

 あいつがそんなに全力で走ることがあるなんて、何が起きた?


 ツミレはウィスプに覆い被さるように駆け寄ると、犬のような両手を近付けてくる。

 短い指を器用に折り曲げ――


 ――ウィスプに向けて自慢げにダブルピースをした。


『うん……まじでよくやった……ありがとう』


 でもごめん前が見えない……今割とヤバいので後にしてくんない?

 あとお前、結構セレネと性格似てるよね……。


 ツミレをなんとか振り切って戦場を再確認する。

 あの巨大な蛇の尾。圧倒的な戦闘力。


 黄金騎士エリクトニオスが、戦場の流れを支配していた。


 公国四騎士が辛うじて食い止めて、なんとか死者を出さずにいるようだが……。

 ぱっと見た感じ、この場であれを倒せそうな味方が居ない。

 ブレードとハイドラは今それどころではないのだ。

 再びセレネの詠唱が聴こえてくる。


「再起せよ王国騎士。シルバーナイト・ウィリアム」


 そして、一体の騎士が戦場に現れた。

 それは初めて見るはずなのに、何故か見覚えのある鎧。

 かつて復讐に身を焦がしていたはずの騎士は、在りし日の白銀の鎧を纏い、再び王女のために剣を振るう。


 振り下ろされた黄金騎士の尾は、白銀の剣により断ち切られ宙を舞った。


 黄金と白銀の騎士が一騎討ちを始めたとき、ずっと捕捉していたケクロプスの気配が希薄になった。

 奴は俺がヒュドラとの戦いを始めた初期の頃から地上を監視しており、また夢幻階層の戦いもその目で見ていたという。

 そして新世界ネメアが時を進めている間は《終わりの迷宮》に潜み、また新世界に戻るときもネメア人に姿を見られていない。


 騎士のような出で立ち、大勢の配下を従える堂々たる姿からは想像しにくいだろう。

 だからこそ効果がある。

 百頭竜ケクロプスの異能は……《隠密能力》だ。


『セレネ、気をつけろ! 俺が奴なら――』

「心配無用です。私には視えていますので」


 三日月の杖は天に掲げられ、最後の詠唱が響き渡る。




泡沫うたかたの街より来たれ――――《百頭竜》ゼファー」




 魔王城上空に現れ翼を広げた巨大な飛竜は――

 戦場から少し逸れた誰も居ない場所に向け、業火のブレスを吐き出した。




 ――セレネの戦いを見届けた俺は、別の戦場に意識を集中する。


 ウィスプ越しに見える新たな戦場では、無数の稲光が地面や空中を走り抜け、ブレードの身体を焼き焦がしていた。


「見たか! この《雷神鎚らいじんつい》の力を!」


 あの雷神鎚とかいう六合器コズミック・クラフト、対超越者結界Ⅱの効果を若干無視してないか?

 終末街の迷宮は超越の力に対抗するためのものであって、コズミック・ディザスターを完封するのは難しい。

 だから当然、超小型のコズミック・ディザスターともいえる六合器の力を封じるのも難しいということか。


 トウテツは戦士じゃないからそこまで苦戦しないだろうなんて、とんだ誤算だった。

 あと、カダは若返って全盛期の姿になったのに、なんでトウテツはジジイのままなの……?

 歳食ってからのほうが強かったってことなんだろうか?

 それはそれですげえな。

 あんな性根じゃなけりゃな……惜しい爺さんだ。


「魔力の核を斬るだけなら、雷より速く動く必要などない」


 そううそぶくブレードは結構ボロボロというか。

 攻撃喰らいまくってんだけど……。

 あいつも割かし適当なこと言うほうだよな。

 ドゥームフィーンドの血筋なんだろうか。


 雷なんて躱せるわけもないし、この結界内でその直撃を喰らって耐えるのも、俺たちの中じゃブレードくらいのもんだろう。

 物理最強のクソボスは伊達ではない。

 ブレードは確実にトウテツとの間合いを詰めていった。


「吼えろ! 《百頭竜》ミドガルズオルム!」


 蛇は吼えないと思うなあ!

 そいつはヤバいから気軽に喚ぶなとは言ってあるが、そもそもこんな場所では――


 惑星ネメアの上空に、不穏な気配が満ちる。

 おいおい、ここは地球じゃないぞ……なんで平然と現れるんだよ。

 そして、なんでこの迷宮内に影響を及ぼせる?


 ブレードの持つ妖刀《首刈りアギト》に、不穏な妖気が充填されていくのがありありと分かる。


 ミドガルズオルムの力、明らかに対超越者結界Ⅱの制限を超えてるな?

 もしかしてこの結界、外側からなら干渉できるの???

 セルベールのことを言えねえ……意外と穴だらけだった。

 その穴を突いたのが敵じゃなかっただけマシか。


 というかお前ら、俺の用意した戦場のルールを無視すんな。


 妖刀を構えたブレードが駆ける。

 そしてトウテツはそれを迎え撃つ。


 雷神と世界蛇の神話対決、まるでラグナロクだな。……午後ショーでみた。




 ――世界を水平に斬り裂くような一直線の剣閃が煌めき。


「六合鎚よ。良き死合であった」


 トウテツの首は刎ねられ、その魂は終蛇に封じられた。




 魔王城に攻め入った九つ首はあとひとり。

 皇帝――百頭竜ネメアを残すのみ。

 対峙するは我らが魔王、ハイドラである。


 で、その魔王様なんだが……。


 初めて見る、剣と鎧のファンタスティックな格好をしていた。

 厳密には、現実世界では初めて見る。

 ドゥームダンジョンのプレイヤーキャラクターの一番人気、パラディンのコスプレだな。

 コスっていうか、それが本来の姿だよな。

 良かったな、本当の自分を思い出せて。


 なんか、俺の記憶のパラディンとはちょっと違う感じだが。


 剣は折れて鎧はボコボコ。しかもちょっと涙目。

 くっころ騎士みたいなことになっていた。


 まあなー。

 真の力を封じられたハイドラなんて、チャーシューの載ってないラーメン、チーズ抜きのチーズバーガー、肉とネギ抜きの牛丼みたいなもんだよなー。

 持ち味に欠けるというか。


 すまんハイドラ……。

 この終末街の迷宮で一番デカいハンデを背負ってるのは多分お前だ。


 窮地に陥っていると思われたが同時に、皇帝ネメアの剣にも亀裂が走る。

 それを見たハイドラの目に光が宿った。


「ステゴロなら負けるかよ!」


 いやお前、パラディンとして転生したくせにステゴロって……。


 その姿が光に包まれ、パラディンの装備を変化させていく。

 ハイドラの衣装は赤いジャケットにジーンズという現代風の、しかしどこかズレた格好に変わっていた。

 襲い来る皇帝に対し、空中でコマのようにくるくる回るという、およそ人間とは思えない動きの蹴り技でカウンターを決めて吹き飛ばす。


 ボタンを同時に押すと一瞬無敵になるんだっけか?

 昔そのゲームで遊んだことあるわ……。


 どこからともなく出現したドラム缶を皇帝に向けて蹴り飛ばし、更に追い討ちをかける。

 もう無茶苦茶だな!


 あとなんでいちいち相手の戦闘スタイルに合わせるんだ。銃使えよ銃。

 多分フェアな戦いと本人が認識しないと、力が発動しないんだろうなあ……。


 ハイドラの戦い方は『文字通りの意味で別次元』なので、周囲の味方は誰も近付けない。

 コボルドたちはもう応援してるだけだ。

 冒険者の中には、完全に見物の構えになってる奴らも居る。

 環境適応能力が高い……。


 まあ、取り越し苦労だったようだ。

 銀獅子公の顔はレトロ格闘ゲームの敗北キャラみたいにボコボコにされていた。

 俺の本体の位置――終蛇に向けて光の粒子が飛んで行く。


『ストップ。ハイドラ、お前の勝ちだ。百頭竜ネメアの魂は封じられた。――周囲のお前らも聞け。そこに倒れてんのは操られていただけの皇帝陛下だ。丁重に扱え』


 皇帝いっつも乗り移られてんな。

 まあいい。百頭竜とネメア人の《九つ首》はこれで全て片付いた。

 残るは三体。空間、時間、そして宇宙の神。

 俺も次の戦場に向かうとしよう。


 いや、その前に――




 ゼファーのブレスが焼き尽くした一帯にウィスプを飛ばす。


 そこには消し炭のように焼け焦げ、上半身しか残っていない老騎士の姿があった。


「オロチ……そこに居るのだな」


『ああ……』


「わしはついぞ超越者には至れなかった。しかし、貴様の魔法のおかげで最後まで存分に戦えた。……終末街の迷宮か。超越の力に対するくさびとして、これほど相応しい力はあるまいよ。よくぞ――」


 最後の言葉を言い終えることなく、老騎士は光の粒子となって消えていく。

 しかし、その表情は穏やかだった。

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