第149話 川の支流を導く者

「終末街の……迷宮?」

「終末といっても、お前らヒュドラに訪れる終末だけどな」

「ヒュドラだと! 余はそのような矮小な存在では――」


 またそれか。

 ん? 前にそれ言ってたのってセルベールだっけ?

 まあどっちでもいいけど。


 とか考えてる間にカダは逃げ出した。

 いや、捨て台詞だったんなら最後まで言い切ってから逃げろよな……。


 俺がカダを圧倒できたのは奴の言う通り相性的な理由なので、全力で逃げられると自分の足で追うのは厳しいものがある。

 瞬間的になら俺のほうが早いが、持久力で負ける。

 カダは一応超越の域に到達しているらしいから、今は結界で能力を制限されているに過ぎない。

 体力ひとつ取っても俺より上なのだ。


 上空のウィスプがカダの位置を補足した。

 もうあんなところまで行ったか。


 なかなかの逃げ足だが、この街の中で俺の目から逃れることは――




「瓦礫の街より来たれ――――《百頭竜》イルヤンカ」




 本物には遥かに劣る攻撃だが、本物と同じ威力でもそれはそれで困る。

 何も無い空間。宙空より放たれた竜の細長いブレスは――

 建物群を貫通してカダの心臓を貫いた。

 カダはその場に倒れ伏せ、その体は崩れ粒子と化していく。


 情報収納に放り込んだ百頭竜はバジリスクとイルヤンカの二体。

 つまり俺の召喚攻撃はこれでネタ切れだ。

 ま、俺はある意味戦力外だからな。

 九つ首をひとつ仕留めただけでも良しとしよう。


 光の粒子となったカダは上空に舞い上がり、逃げた方向とは逆に、つまり俺のほうに向かって急速に戻ってきた。


 腰のホルダーに差してある終蛇を抜いて天に掲げる。

 光はかつてウィスプだった俺が吸い込まれたように、終蛇の剣身に吸い込まれていく。


 ヴリトラの一部もろとも、カダの魂を封印した。


「なるほど……こうなんのか」


 終蛇の《魂封じ》の効果は終末街の迷宮全体に及ぶと考えて良さそうだ。

 やはりヒュドラの《捕食》と同等の力か。

 多分これ、味方が死んでも同じことが起きるな。

 文字通り食うか食われるかの戦いになってきた。


 ホルダーに終蛇を戻し物陰に潜んでから、戦場全体の監視に意識を移す。




 終末街の迷宮最北端。

 その位置まで移動しているウィスプに視点を切り替えた。

 地球ではこの辺りの場所に来たことはない。

 鉄道は東西に走るものしかなかったし、住んでいる人間以外がわざわざ行くような場所ではないからだ。


 境界線の前で、街の外への脱出を試みている者が居る。

 また見たことない奴だ。

 女だな。

 消去法でひとりしか思い浮かばんけど。

 トウテツの爺さんがヴリトラにTS転生させられた……なんてことは無いだろうなやっぱ。


「無駄だよメドゥーサ、この街からは逃げられない。超越の力を封じられているのだから、尚の事ね」


「冥王モルス……。元の姿を失ったと聞いているぞ?」


 そこに現れたのは――

 スラリと伸びた小麦色の脚。

 戦装束の上で揺れる長い白髪。

 そして、あの魔剣タナトスを携えし終末の女神。


 かつての姿を取り戻した、大人のモニクだった。


 自身と境界線とで挟み込むように、標的へと近付いていく。

 俺の今の視点はモニクが連れているウィスプからのもの。

 相手はやはりメドゥーサか。

 長いウェーブヘアに派手めの衣装。系統としてはエキドナにちょっと似ている。


 こいつか……過去にセルベールを倒したというのは……。


 やるじゃない。

 俺にもあの野郎をボコれるコツを教えてほしい。


「色々あってね。昔の姿に戻してもらったと思ったら、能力だけは封じられて異能者レベルに逆戻り。せわしないものさ」


「それを全てあの男がやったというのか? カオス様もケクロプスも、何故あのような異能者風情を……」


 うん? どっかで見られてたか?

 まあそんくらいはするか。

 ケクロプスとか最初の頃から俺のこと知ってたらしいしな。

 俺だってこうしてウィスプで他の戦場を見ている。


「キミの現状が、その理由を物語っているとは思わないのかい?」


 そして、モニクの踏み込みと同時に戦いは始まった。

 白煙が周囲に立ち込める。

 レベルⅢのヒュドラ毒――石化毒だ。

 魔剣タナトスが唸りを上げ、白い突風が巻き起こる。

 両者の間の白煙は全て吹き飛ばされた。


「力の上限が同じなら、キミ程度は相手にならない」


 メドゥーサは一歩も動けずに、境界線を背にしたままその胴を斬り裂かれていた。


「ボクはこれでも、百戦錬磨なんだ」


 結界内におけるモニクの力は異能者レベル。

 一撃で相手を消し飛ばすとはいかず、メドゥーサは血を吐き不可視の壁にもたれかかった。


「……違う、違う違う! オマエの腕の問題などではない! 超越者が異能者に狩られる、この状況を作り出されていることこそが異常なのだ!」


 両眼を見開き、信じ難いと言わんばかりにメドゥーサは抗議する。


「この牢獄を――この迷宮を創ったあの男は、いったい何者だ!」

「彼は普通の人間だ。でも敢えて言うなら、川の支流を導く者かな?」

「支流……だと?」


 モニクは一歩下がると、タナトスを振って血を払う。


「支流を統べるは水神、あるいは川の化身。これはかつて、キミたちの創造主が編み出した魔法。彼は――アヤセはに至り、この力を実現した」


 俺はその力を切り札に全振りしてしまったからこそ、他の仲間とは異なり元の強さのまま。

 多分それが、俺が強化されない理由だ。

 でも、この街では過ぎた力なんて無用の長物。

 無駄になると分かっているものに、リソースは割かないわな。

 そういう側面もあるのだろう。


 この迷宮を実現せしめたカラクリ――魔法の最奥とは、俺にとっては川の支流を導くということ。


 すなわち――


 ――《つるぎの魔女》あめの英子えいこが大地を裂き。

 ――《迷宮剣豪》ブレードは災禍を斬り伏せ。

 ――《ドゥームルーラー》セレネが魔軍を従え。

 ――《魔王》ハイドラは終末に君臨し。

 ――《冥王》モニクが魂を導き。

 ――《地獄の番犬》セルベールは死者を迎え。

 ――《何者でもない》ローグが新たな命の誕生を見届ける。


 七つの支流アポカリプスはひとつの流れポストに統合され、この世に新たな超越の力が誕生した。


「ボクたちは――」


 そう、俺たちは――


「八人でひとつの超越者オクテット――――《つるぎ超越者ちょうえつしゃ》オロチ」

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