第148話 この牢獄を名付けて

 街の北西に向けて、ひとり駆ける。

 モニク、エーコ、セルベール、ローグも思い思いの方向へと散っていった。

 魔王城を守るは城主のハイドラ。

 左右の腕たるセレネとブレード、そして配下の魔王軍。


 仕込みは全て整った。

 クロノス、お前はかつて俺にこう言ったな。

 ――「せいぜい万全の準備をしてから挑んできな」と。

 今がその時だ。




「オロチ。その姿は確かに見たことがあるぞ。心の奥底の会話でな」




 来たか……。

 通信用のウィスプに異常は無い。俺が最初に接敵したようだ。

 ここは始まりの街の駅の北側。最初の頃カラスに苦戦してた辺りだな。

 あまり縁起のいい場所じゃないが、初戦に相応しい場所ではあるかもしれない。


「誰かと思えば――」


 そこに居たのは東洋風の衣装を纏った黒髪の壮年の男。

 初めて見る姿だが、面影がある。

 全盛期の頃に若返ったとか、そういうことだろう。


「またお前か……」

「ご挨拶だな。余は貴様に報いることをずっと待ち望んでいたというのに」


 何が『余』だ。

 それ皇帝に化けてたときの単なるクセだろうが、《幻魔侯》カダ。


「お前にとっては長い歳月だったんだろうけど、俺にとってはついこないだのことなんだよな……」

「なるほど、神々にとっては数百年など一瞬の出来事というわけか」


 げえよ。

 説明すんのめんどいから、分かってもらえなくてもいいけど……。


「だが、今の余は知っているぞオロチよ。貴様は超越の力を持たない。どころか、百頭竜にも満たない程度の、脆弱な存在であるという事実をな!」


 むしろそれを知らないヤツがいるのか……?

 知らなかったのは、お前だけなのでは……?


「ヴリトラ様の一部を肉体として賜り、超越の域に至った余の力にひれ伏すがよいわ!」


 あ、実体がある理由が判明した。そういうことね。

 精神は肉体の影響を受けるもの。

 ヴリトラ製の肉体になんぞ宿った魂は、滅びの本能を否定することなんて出来ないだろうな。

 カダは元から手遅れだが……。


 自前の肉体が残っているケクロプスは、だからこそ正気だったともいえるわけか。

 そうなるとカオス、クロノス、メドゥーサ、トウテツはもう……。

 惜しいヤツらを亡くした。

 いやメドゥーサとか全然知らんけど。

 あとトウテツはカダとは別の方向で病気だったが。


「知っているかオロチ。相性で上回ったとて、絶対的な差は覆らぬと言うことを」


 魔法斬りのことを言ってんのかな?

 それならこいつの言う通りだ。

 いつか見たような数々の術式が展開される。

 こいつも努力を重ねて来たのだろう。だけど――


 カダがその術式を開放した。


「呪え、七十二の慨嘆よ――――幻魔侯・七十二魂怨嗟獄!」


 次々と俺に向けて襲いかかって来る。


 ……魔力剣を使うまでもないか。

 片手斧アギトを構え、その攻撃を待ち構える。

 アギトの魔法斬りに魔力剣は元々必要ない。

 あれはリーチを補う目的で使っている。

 あと、過去世界ではアギトの現物を持ってなかったので、魔力剣で代用しただけだ。


「照らせ、七十二の星々よ――――替天刃・七十二座地煞斬ちさつざん!」


 やはり、いつかの繰り返し。

 七十二の魔法核は、アギトによって全て両断された。

 砕かれた術式は霧散し周囲にその存在を主張するが、数秒後には脆くも消え去っていく。


 カダはその光景を呆然と見つめるのみ。


「何故……そんな……どうして……」


 しゃーないな。

 こいつにあんま用は無いんだが、説明してやるか……。


「お前は超越の力を知らない。それに百頭竜に会ったこともないんだろ? だからピンと来ないのかもしれないが、今のお前の力は百頭竜未満なんだよ」

「そんなはずはない! ヴリトラ様は、余が確かに超越の力に至っていると――」

「それは多分本当だと思うぜ。ただ、この街でその力を振るうことは出来ないってだけだ」

「街……? この見せかけだけの虚像に、一体なんの効果があるというのだ!」


 いやまあ……確かに街といってもハリボテを並べただけではあるんだが。

 これは目印だ。

 魔術士が杖を構え、ローブのフードで視界を狭め集中するように。

 範囲を制限することにより、その魔法は完成に至る。


「俺がその『街』だと認識したあらゆる場所で、俺が決めた強さの上限が適用される魔法、《対超越者結界Ⅱ》。この制限に引っ掛かった者は俺が術を解除しない限り、この街から出ることは許されない」


「……………………」


 カダは呆けたようにその言葉の意味を噛み締めた。


「……ば、馬鹿な! そんな馬鹿な! 超越者を無力化して囚える魔法だと! そのような非常識極まりない術、貴様如きに使えるわけが――」




「それが使えるんだな。超越者同士は本来争わない。強すぎる力同士の争いは、とどの詰まり自滅を意味するからだ。その性質を利用したものが対超越者結界――――この魔法は、実のところ術者の力なんざ必要ねーんだよ。なんだからな!」




 世界大災害における、ヒュドラの強さを真に支えた魔法こそが対超越者結界。

 何故あんな大規模かつ強力な術を、術者であるカオスが居ない場所でも展開、維持できたのか。


 それは、この魔法の運用コストが安いから。


 魔法とは考え方。

 その仕組みに気付いたとき、悔しいがカオスは天才だと思った。

 そして、俺自身も似たような魔法を構築できるようになったのだ。


 ただこの魔法、コズミック・ディザスターには効果が無いと思われる。

 宇宙大災害に自滅を恐れる本能なんてあるわけない。

 ヒュドラを摸倣したが故にその影響を受ける、その度合いに期待するしかない点は苦しいところだな。


「ま、待て。その理屈はおかしい。それだとまるで貴様が――いや、貴様らの陣営……か?」


 おっ。ネメア史上最強道士だけあって、俺の用意したカラクリに気付いたか?

 気付いたところで意味はないけど。

 それにカオスはとうに気付いてるだろ。


 そろそろ、お喋りはおしまいだ。


「《始まりの街》と《対超越者結界Ⅱ》を組み合わせた迷宮魔法。すなわちこのダンジョンを……」


 ヒュドラはもはや、檻に囚わられた蛇も同然。

 この牢獄ダンジョンを名付けて――




「名付けて――――《終末街の迷宮》」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る