第147話 始まりの街
「スネークお前……もしかして今のあたしらの中で一番弱い?」
「おやおや、仮にもオロチ殿は我らの大将だというのに一番弱いとか」
「うそ……私の先輩、弱すぎ?」
「あはは……でもなんでこの魔法、アヤセくんは強化されないの?」
「強すぎる力は反動を呼ぶ。アヤセ自身には効果が及ばないことが、それなんだろうね」
「最終的には問題あるまい。むしろ拙者たちの強化は無意味ですらある」
決戦前に用意したカラクリは、どうやらちゃんと機能しているようだ。
聞いての通り、俺自身には効果が無かった。
それに関して皆好き放題言っている。
セレネ酷くない?
ローグはこの場所から離れて斥候に出ている。
その様子をウィスプ越しに眺めながら、曖昧に言葉を返した。
「ま、準備が整うまではその強化も必要だけどな」
魔王城の食堂でそんな会話をしていると、神殿のワーウルフ兵が報告にやって来た。
ラウルは現場の指揮に忙しいらしい。
東の森に居る人間は、出て行かせるなり魔王城に避難させるなりする必要があるからだ。
「オロチとヒュドラの神話対決を特等席で見たいと、近隣からの来訪者が殺到しています。冒険者の中には、オロチ側に付くから参戦させろという声も多く……」
死ななきゃ治んないタイプのバカがそんなにいんのかよ!
忠告はしたからな!
そのとき、通信用のウィスプが瞬いた。
俺にウィスプで連絡をしてくる者はここにほとんど揃っている。
つまり今連絡をしてきたのは――
「ローグか。どうした?」
『来たぞ、オロチ。敵の先鋒だ』
セレネが即座に反応して索敵に集中する。
だが。
「見当たりません……。今の私にも感知できないような相手なんでしょうか?」
ウィスプ越しに現場の様子を見た感じだと……。
ローグの奴、上空を見ている。
「ローグは《千里眼》が使えるからな。単に距離が離れてんだろ」
過去世界を去るとき、俺は剣の中にドゥームダンジョンのゲーム知識からアネモネの魔法に到るまで、様々な情報を残していった。
解読すれば使えるようになる、というような代物ではなかったはずなのだが、いくつかはモノにしてしまったそうだ。
そもそもシュウダは自分が死ぬとき、『自分の魂を封印した剣』をどうやってあの岩――つまり迷宮の壁に埋め込んだのかって話なんだよな。
なんと《念動力》で自分の死体を動かして虚空掌を使ったらしい。
ダイナミック大往生だ……。
真相を知ってしまうと英雄の感動的な最期も台無しである。
ガイコツ兵から着想を得たらしいので、半分くらいは俺のせいかもしれんが。
その後は約二百年間休眠状態になって、鑑定などにも反応しなくなり現代に至った、というわけだ。
さて、ヒュドラの先鋒だったな。
全員で屋上に出て、直接見つけることにした。
北西の方角の空に、何かが居る。
「あ、感知できました。というより、私の目でももう見えます」
「なんだありゃあ……ドラゴン?」
ハイドラも目がいいな。
確かにドラゴンっぽい。
ゼファーとの違いは前脚があることだな。ワイバーンとドラゴンの違いというか。
アホみたいにデカい。
天地を覆い隠すほどの巨大な姿――
それは凄まじい速度で飛来し、肉眼でもはっきり見える距離まで近付いた。
実体があった、とはな。
あれも名前が作用して形を与えちゃった系か。
カダが《竜王》なんて名付けるから……。
地上から冒険者たちのざわめきが聞こえる。
早くもこの場所に留まったことを後悔する者たち。まあ普通かな。
デカい竜の出現になんか盛り上がってる連中。タフだなおい……。
「オロチ様!」
コセンが屋上に出て来た。
俺のほうに足早にやって来る。
「あれが――創世神ですか?」
「いや、あれは多分……」
ん?
止まった?
こちらに急速に向かってきていたドラゴンは、東の森の北西部上空で空中に停止した。
セレネがドラゴンから視線を外さずに報告する。
「地上のローグに反応したみたいです」
「あの竜から誰か落ちましたよ!?」
「いや、あれは降りたんだ」
「あの……高さから?」
コセンに返答している俺も、いきなりそんなレベルの奴が来たことに全く動じていないわけではない。
ブレードがボソリとつぶやいた。
「超越者か……」
どうやら奴らの先鋒は、ドラゴンじゃなくて今飛び降りた奴っぽいな。
そいつはローグに任せるとして、問題は……。
「ドラゴンなあ……」
勝算あるって豪語したけど、あいつの対策は用意してないんだよね実は。
だってどれくらい強いのか全然知らねえし。
「アヤセくん。あのドラゴンが動いたときは私に任せてくれないかな?」
「ありゃあ多分コズミック・ディザスターの本体、ヴリトラだぞ。いけるのか?」
「うん!」
ホントに~~~???
疑う俺に、エーコは真っ直ぐな視線を向けてきて。
「……信じてくれる?」
「…………信じるよ」
正直どうやったらエーコがアレに勝てるのかさっぱりだが、彼女は勝算も無しに無茶をするタイプではない。
それに俺は今現在、仲間たちの実力がどの程度強化されたのか、全然把握できていない。
エーコが勝てると言うのなら、実際に成し遂げるだろう。
視線にたじろいだわけではない。決して。
ローグのそばに居るウィスプに視点を切り替えた。
上空のヴリトラから跳び下りてきたのは、真っ白なたてがみのライオン型獣人。
過去世界で見た痩せぎすの皇帝とは異なり、すげーゴツい。
まあ、百頭竜ともなればあんなもんだろう。
初めて見る顔なので、一応コセンに確認する。
「皇帝っぽいのが出てきた。白いライオンの獣人だな」
「銀獅子公ですか!? ネメアの歴史の中でも、そんな皇帝はひとりしかいませんが」
「初代皇帝?」
「いえ……当代の皇帝です」
「は?」
はあ!?
俺たちは別に帝国と揉める気はないんだが?
なんで現代の皇帝陛下が出て来ちゃってんの???
え? 現代の皇帝って超越者なの!?
慌ててローグにウィスプから指示を飛ばす。
『なんかあれ、今の皇帝本人らしい。できれば殺さないでね……』
「前向きに善処しよう」
善処しねーときに言うやつだろそれ!
昔のネメア人、たまに地球の言葉っぽい言い回しするよな……。
そして、剣を抜いた皇帝はローグに襲いかかってきた。
一瞬前までローグの立っていた地面が爆ぜる。
皇帝の背後でショートソードが煌めき、切断された白いたてがみが宙に舞った。
「ほう……余の一撃を躱し、反撃すらするとはな」
振り返って薙ぎ払われた剣の圧は、森の木々すら容易くへし折っていく。
本気を出したときのハイドラ並のパワーだ。
俺だと歯が立たないな。
あんなのが普通の皇帝のはずはない。
事情はよく分からんが、あれが百頭竜ネメアで間違いなさそうだ。
ローグは不可視の剣圧を次々に躱し、木々に溶け込むように動き回る。
一瞬の隙も逃すまいと、その殺気が皇帝に注がれる。
「何故貴様は余と互角に戦える? 超越の域に至る可能性を持つのは、魔王ハイドラのみではなかったのか」
「残念だったな。この程度の強さの者ならオレ以外にもいるぞ」
「ふむ……少し先走り過ぎたか。ここは一旦引くとしよう」
皇帝は剣を肩に担ぎ、後ろを気にするでもなく森の奥へと去って行った。
上空のヴリトラも、皇帝に合わせるように後退していく。
援軍を待つ気だろうか?
それならそのほうがこちらも都合がいい。
ローグはここで皇帝を倒さずに、上手くヒュドラの集結へと誘導してくれたな。
『ローグ、あいつらをどう見る?』
「皇帝は力だけならオレより上。ドラゴンは……更にその上だな」
一時間ほど経っただろうか。
最初に気付いたのは、屋上に立つセレネだった。
「来ましたね……ケクロプスです。それにあのドラゴンと皇帝。他に知らない気配が五つ。終蛇と同じ波長の性質を有した生命が全部で八体。全て――コズミック・ヒュドラ《九つ首》に間違いありません。全員に実体があります」
ケクロプスは別にいい。
ヴリトラは例外。
皇帝は……まあ答えは出てるか。
他の奴らの、実体……?
考えても仕方ないな。後で見て確認しよう。
「最後の一体も射程距離内に入りました」
「それじゃあ、始めるとするか」
「はい、先輩」
三日月の杖が輝き、東の森全体の空間が歪む。
森を立ち入り禁止にし、ネメア人たちを魔王城に避難させた本当の理由。
とあるカラクリによって、飛躍的に強化されたセレネの《迷宮生成術》は森全体に異様な変化を
地面の至る所から灰色の塊が、様々な物資が出現する。
そして、森の木々を巻き込みながら建物群へと変貌していく。
――それは《封鎖地域》。
――別名を《終わりの街》。
――或いは《夢幻階層》と呼ばれる場所。
それらと同じ姿の地形、建物群を内包した地上の迷宮。
そう、ここ東の森全域に再現されたものは――
俺とヒュドラの戦いが始まった街――――《始まりの街》だ。
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