第137話 ウィスプだった剣

 ――――――――……………………。


 ここは、多分神殿南の海岸だ。

 北に見える森の木々や草など様子は随分変わっているが、地形はそれほど変化は無い。


 モニクは居ない。翠色のウィスプも居なかった。


 手足の感覚が無い。

 肉体までは、時を渡ることは出来ないのだ。


 周囲の景色は、その気になれば三百六十度全てを見渡せる。

 だが人間の思考故か、一度に集中できるのは普通の視界程度の広さだ。


 音は聴こえる。

 ほとんどは波の音だ。


 暑さ、寒さは感じない。

 風を感じることもない。

 聴覚はあるのに触覚は無いとか妙な感覚だな。

 今の俺はいわば魂だけ。魔法でのみ維持されている存在だ。

 俺自身の魂のイメージがそういうものだからこうなった、ということだろうか。

 魔法とは考え方、だったな。


 移動を試みた。

 北の森へと、僅かに動く。


『んー?』


 なんかこの移動感覚に覚えがあるな?

 …………。

 え?

 今俺声出さなかった?


『あ。あー。テステス』


 出るな声!?

 声帯とかどうなって……念話の一種かこれ?

 魔法は使えるのか?


 他の魔法はどうだ。

 収納……無理。

 水魔法……無理。

 ジャンクフード召喚……やっぱ無理。

 ウィスプ召喚……無――


 俺の目の前には、青白いノーマルカラーのウィルオウィスプが出現していた。




『さて、召喚したこいつをどう活用するか』


 ナチュラルに独り言が出てしまった。

 異常な状況で、若干精神をやられかけているのかもしれない。


 念じてみるとウィスプは動く。

 多分本気を出せばいつもの動きも可能だろう。

 ふと思い立って、近くの草むらに突入させてみる。

 手応えはなく、草一本動かさずにすり抜けていった。


 俺と一緒で実体が無い……。

 つまり物理攻撃も物理干渉も出来ないのだ。

 しかし声が出るならやりようはある。


 俺の声……この世界の住人に届くんかな?


 嫌な予感を振り払い、次にウィスプの視覚実験をおこなう。

 前方のウィスプは無事に俺の新たなる目として機能し、その視点からの景色を見ることが出来た。


『んん~?』


 今、ウィスプの背後……俺の居る方角、というか俺の居る辺りになんか見えたな?


 あれ? もしかして俺の魂という本体にも、なんか外見が与えられているのか?


 ウィスプの視点をぐるりと回して『俺』を見る。

 そこに居たのは――


 やはりノーマルカラーの青白いウィスプだった。


『俺もウィスプなのかよ!』


 無意識に声を出して突っ込んでいた。

 だいぶ精神をやられている。




『《千里眼》』


 俺は時速百キロ超と思われる速度で高空へと舞い上がり、周囲の陸地を観察した。


 以前の俺は単体のウィスプにそれなりの力とバランスを求めていたが、最近では能力を絞ることで特定の性能を上げることが出来ていた。

 この過去世界では、ウィスプに対して物理的な干渉と強さを求めようがなくなった上に、能力もほとんど使えなくなっている。

 その制限のためか、使用可能な能力に関しては飛躍的に向上していたようだった。


 視覚、聴覚、飛行速度。

 図らずも、情報収集に特化したタイプのウィスプとなったのだ。


 もしかして俺、人間として生きるよりもウィスプとして生きるほうが才能あったりするんだろうか?

 いやいやそれは危険な考えだ。

 早く使命を果たして現代に帰還しないと第二のウィリアムになってしまう。


『えっと、《並列……思考》?』


 地上に残したもう一体のウィスプに意識を移す。

 なんの問題もなく、そちらが俺のメインカメラとなった。


 でもなんか違う……並列思考ってもっとこう、二体同時に別々に思考とか……そういうんじゃないの?


 駄目元で入れてもらった能力は、俺にはやはり使いこなせなかった。

 全方向視界すら使えない俺に並列思考はレベルが高過ぎた。

 なんか自信ないなー、と思ったものはまともには使えない。

 魔法の基本である。


 空中のウィスプから更なるウィスプを召喚する。

 一、二、三、四、五、六……。

 増えない。

 合わせて八体が限界だった。なんで八体? オロチだから?


 そして俺は、ウィルオウィスプの八体オクテットをネメア帝国全土に派遣した。




 俺の念話はネメア人に認識されなかった。

 彼らは俺の姿などもちろん見えていない。

 こちらから干渉は出来ず、ただ話を盗み聞きするのみ……。

 二百年前のネメア帝国は確かに未来とは違うが、そもそも俺は未来のネメア帝国も南東部辺境以外は全然知らない。

 帝国では様々な外見の種族のみならず、地球の様々な文化がごっちゃ混ぜになっていることを知った。

 西洋中世なイメージだったが、東洋風の文化や世界各地の文化も多くあるようだ。

 南東部の神殿は、この時代では無人だった。




 この世界の魔法の一種、道術というものを知った。

 道術使い――道士が目立つのは、ちょうどこの時代に《幻魔侯げんまこう》カダが活躍していたため、その影響が大きいようだ。

 情報を集めて今が帝国歴のいつなのかを知ったものの、未来の歴史書の内容に誤りが多いため、カダが今どうしているかを知ることは出来なかった。

 一部の高度な道士は、俺の気配を僅かに察知できるようだ。

 しかし、話しかけても応えてくれる者はいなかった。




 この時代の皇帝ネメアは人望が無いことが明らかになった。

 反乱の多い時代だったので、そうなのだろうとは思っていたが。

 帝都にもウィスプの一体を派遣しているが皇帝の城には侵入できず、皇帝ネメアの姿を確認することは出来なかった。

 なんらかの魔術防御なのだろうが、流石に侮れないな。




 あるとき、道士たちが互いに強力な兵器で戦っている場面を目撃した。

 それは《六合器》と呼ばれる兵器だそうだ。

 未来の神殿の展示室にも置いてあった、《六合鎚りくごうつい》トウテツの手による武具である。

 骨董品だなんてとんでもなかった。

 この時代では、人間の異能者と大差ないはずのネメア人も、六合器ひとつでダンマス級の戦力に化ける……こともあるみたいだ。

 俺はこの兵器に興味を持ち、しばらく全土の六合器を探したものの、ピンキリなのか大したことのないハズレも多かった。

 武具そのものの寿命が短いのかもしれない。




 トウテツとカダの噂はたびたび聞く。

 しかし、今どうしているのかは分からない。

 もしかして既に死んでいるのだろうか?

 そして……《替天刃たいてんじん》シュウダの話は一向に出て来ない。

 先のふたりより少し若いというのが史実の記載だが、それはもうあまり当てにならない。

 もしかしてまだ生まれてなかったりするんだろうか?

 シュウダの生まれ故郷とされる、ネメア帝国中央部の地域にウィスプの一体を待機させ、たまに巡回することにした。




 ネメア帝国の帝都より、やや南の地域にある洞窟。

 予想外の発見をしてしまった……。

 それを見た時、思わず色々と試行錯誤してみたのだが、今の俺には何も出来なかった。

 これは今どうこうすべきなのか、それとも未来に帰ってからなんとかするべきか。


 ――その洞窟に、ウィスプの一体を待機させた。




 過去世界に来てからひと月程度の時間が流れた。

 別に過去でひと月過ごしたからといって、未来の時間がひと月進むわけではない。

 そこら辺は実際に未来へ帰ってみないと分からないが、焦っても始まらない。

 たったひと月でネメア帝国全土の様々な情報を集めることが出来た。

 この時代に来ても何も出来なかった可能性もあったのだ。

 上出来の部類だろう。




 ――帝国中央部。


 シュウダの行方を探すべく、恒例となった捜索を始める。

 まだ行っていない場所も多い。


 ある山中を飛行中に、それは起きた。


 眼下から強烈な引力を感じる。

 見ればそこには鎧兜を着込んだ兵士の白骨死体が倒れていた。

 力の出処はそこだ。

 そこにあるのは、多分《六合器》のひとつだ。

 しかも、近付いただけでヤバいヤツだと直感する。


 離れるべきだろう。しかし……。

 これだけ今の俺に直接影響を与える存在には初めて遭遇する。

 それを確認しなくても良いのか?


 それがある場所を、その兵士の白骨死体を、どうしても凝視してしまう。


 あれは――今確認しておかなければいけない脅威だ。


『万一のことがあっても、ウィスプを一体失うだけだ。……多分』


 ボソボソと独り言を言いながら降下する。

 千里眼により兵士の姿ははっきり見えてはいるが、装備品のどれが六合器なのか分からない。

 兜か? それとも鎧か?


 更に降下して対象に近付く。

 引力はますます強くなり、脱出が難しいレベルになってきた。


 白骨死体が動いた。


 いや、強力な魔力の流れに影響されて、位置がずれただけだ。

 あれはただの死体だ。

 だが、その手に握られていた剣は――


『あれは……まさか、天叢雲アメノムラクモ――!?』


 間違いない、あれはシュウダが後世の子孫に託したという六合器、アメノ叢雲ムラクモノツルギだ。


 そして俺はその剣に引きずり込まれ、意識を失った。




 …………。


 目覚めた視界は地面スレスレ。

 体?は動かない。

 案の定、ここは剣の中だった。

 というか、俺が剣だった。


 移動、脱出、その他を試みる。

 無理だった。

 他のウィスプに意識も移せない。


『駄目だ……動かせねえ』


 声だけは出た。

 なんてこった……。

 自分じゃ何も出来ない。

 俺は孤立無援の過去世界で、ひと振りの剣になってしまった。


 ――転生したらウィスプだった剣。


 転生したらウィスプだったのか剣だったのか、はっきりして欲しい。

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