第138話 俺のことだな?
動けないまま数時間が経過した。
頭がおかしくなりそうだ。
ここまで試したことで分かったのは、《精神武装》の魔法で魔力剣を少し出せるということくらいか。目の前の地面に少し穴が空いた。特に意味は無かった。
精神というものは肉体にも左右されるものなのか、人魂から剣になった結果として機動力を失い、攻撃力がちょっと増えた感じである。
劣化版わらしべ長者かよ。もっとマシなボディをくれ。
例えばそう、剣となった今の俺を手にしているこのガイコツ……。
いや、こんなのに乗り移るのは死んでもゴメンだし、出来心で試した《精神憑依》も全く効果が無かった。《並列思考》に続く産廃魔法だこれ。
せめて……せめてこのガイコツを動かせたら……。
とか考えていたら急に視点が上がった。
あれ? ガイコツの右腕、動いてる?
そういや《念動力》なんてのがあったな。……多分それだ。
一日が経過した。
修練の末、ガイコツ兵士はとうとう立ち上がった。
足の骨はぷるぷる震えている。
生まれたての子鹿のようだった。
もっと頑張ればきっと移動が出来る。
出来ると思うが、ウィスプとの移動速度差はツバメとカタツムリくらいありそう……。
念動力といっても、ガイコツ以外は小石ひとつ動かせなかった。
当然、剣である俺自身を飛ばすことも無理だった。
あと、このガイコツ兵には実体がある。
これでは人里を通過できないし情報収集も無理だ。
こんな姿を人間に見られたら大騒ぎ――
「う、うわあああぁぁぁ!!!」
いつの間にか接近していた猟師っぽいネメア人が、ガイコツ兵を見て絶叫し逃げていった。
ここ……人とか通るんだ?
よく見たら山の中なのに道があるしな。
だからこの兵士も、ここま来て死んだんだろうしな。
……そこまで考える余裕が無かったんだよ。
一ヶ月が経過した。
一ヶ月も何やってんだよ! とは自分でも思う。思うのだが。
俺も最初のうちは物凄く焦っていて、こんなことをしている場合じゃないって精神が疲弊していったのだが。
半月も経つ頃には開き直っていた。
生身の人間には到底不可能な無茶な動きをする、ガイコツ兵の操作もちょっと楽しくなってきた。
襲い来る野生の獣も返り討ちにし、俺に近寄る猛獣は居なくなった。
俺のそばだと安全ということを学習したのか、小鳥だの小動物だのは増えた。
可愛いと思った。
最初の頃だけは。
毎日毎日ピーチクパーチクやかましいわ。
あと頭蓋骨を巣にしようとするのはやめろ。
ネメア人とも何度も遭遇した。
恐らく俺のことは噂になったのだろう。
肝試しのように見に来ては絶叫して逃げる者、悪霊を討伐せんと挑んでくる者。
これはチャンスだ。
情報収集は無理だと思っていたが、向こうからやってくるのだ。
念話での会話を試みる。
しかし、誰も俺の念話を認識してくれなかった。
そういやそうでございましたね……。
魔術士や道術使いとかならもしかしたら、とも思うのだが土地柄か脳筋っぽいのが多い。
猟師というより、ひょっとしたら山賊かなんかなんじゃないだろうか……という外見のヤツも結構見る。
せっかくのガイコツ兵を壊されては敵わないので、襲ってくるヤツはネメア人だろうと返り討ちにした。命までは取らないが。
中には俺を討伐しに来たくせに野生の獣に殺されそうになっている者まで出る始末。
仕方ないので助けてやったりしたが、話も聞かずに逃げていった。
話は出来ないんだけどな!
俺自身の念話の能力か、ガイコツ兵を動かす念動力。
いずれかをもっと極めなければ、次の段階には進めそうもない。
そんな日々が続くなか、あるときそいつはやって来た。
「お前か。この山に住まう悪霊というのは」
例によって山賊のような格好の男だった。
毛皮を用いた長い外套は装飾も凝っていて、実用性だけでなく派手さも併せ持っている。
無造作に伸ばされた長い黒髪、精悍な顔付き。
得物は片手剣のみ。
飛び道具は持っていなさそうなので、猟師ではないのだろう。
今までの連中に比べてかなり強そうではあるが、道士以外のネメア人はたかが知れている。
男は剣を抜いた。
『またかよ。討伐とかもういいから、俺の話を聞いてくれよ』
「まあそう言うな。お前は強いのだろう? オレに勝てたら話を聞いてやる」
あ?
今……今こいつ、俺の言葉に反応したのか?
『お……お前! 喋れるのか!?』
「いや当たり前だろ。それは普通、オレがお前に言う台詞だろう?」
確かに俺は剣で見た目はガイコツ、お前は人間!
だからそういやそうなんだけどそういうことじゃねえんだよ!
『あーなに? 戦わなきゃだめ? 今話聞いてくれよ!』
「なんだか聞いていた印象とだいぶ違うな……? 悪霊、お前の名はなんという」
お……?
聞いてくれる気になった?
『俺はオロチ。今はこんなんだけど、ちょっと事情があってな……』
「……オロチ?」
男の気配がスッと変化した。
……なんだ?
こいつ……ひょっとして……。
そうだ、今まで俺の念話を聞き取れる奴なんてひとりもいなかった。
六合器を扱う、凄腕の道士たちですらそうだった。
俺と会話できる時点で、只者では――
こいつは、「強そう」どころの相手ではない!
天叢雲剣を持たせたまま、ガイコツ兵の体勢を整える。
「そうか……悪神オロチ……! 賞金稼ぎや獣風情では相手にもならないわけだ! この世に蘇っていたとは、これは期待以上だ!」
は……?
はぁ~!?
悪神オロチだあ? 誤解だ、俺をそんなもんと間違えるとは。
……って、いや待てよ?
新世界の創世神話って、元の時代から見てひと月かそこら程度の前の話だ。
だから創世神ヒュドラってのはカオスのことだ。
封鎖世界の中では何百年も経過しているから、昔話に尾ひれが付いて大げさになっているだけに過ぎない。
封鎖世界が出来る少し前の期間に、ヒュドラの眷属を滅ぼしまくった奴の呼び名が悪神オロチ。
ということは、誤解でもなんでもなく――
『……悪神オロチは俺のことだな?』
「やはりそうか! ならばオレとは是非とも戦ってもらおう。我が剣の門派は《
シュウダ……?
ああ、こいつがそうなのか……。
この世界でずっと探し続けていた者と、思わぬところで邂逅した。
目標の地元でずっと暴れていたのだから、必然だったのかもしれないが?
よし、作戦通りだな!
おかげで初手から敵として出会うことになったが!
いや……こいつは元から敵だったな。
――遥か未来の、話だけれども。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます