第136話 迷宮魔法
「今回のコズミック・ディザスターがヒュドラを模倣した存在ならば、九体揃わなければ本領を発揮できない可能性があるんじゃないか?」
ケクロプスはそう考えているのだ。
俺のコズミック・ディザスター対策も、今のところはそれしか思い浮かばない。
『それはただの推測ではないのか』
しかしそのアネモネの言葉を、モニクが否定する。
「いや……ケクロプスは《九つ首》本人だからこそ、分かることもあるのかもしれない」
ならば狙うべきはケクロプスの言う通り、魂の気配が希薄だというシュウダか?
その調査も、行き詰まってはいるが。
「
「はあ……どんな方法っすか」
ノリと勢いだけで喋ってそうな超越者に、期待せずに返事した。
「そりゃああれじゃよ。四百年前の時代に行って、まだ百頭竜レベルのカオスとクロノスを始末して、封鎖世界も時間魔法もぶっ壊せば良い。なに、ネメアの歴史が消えるわけではない。普通の時間の流れで、また四百年進化すれば良いのじゃ。ゆっくりとな」
はあ……。
何言ってんだこのねーちゃん?
……え?
そんなん可能なの!?
「本来は時間転移など、《時間神》とかいうエラそうな二つ名の奴にも無理じゃろうて。しかし、カオスの《封鎖世界》は途轍も無い規模の時間魔法を実現させたじゃろ?」
「えっと……? すんません詳しく」
「つまり、異空間迷宮の中では宇宙の理を半ば無視することが出来る。《迷宮魔法》とでも呼ぶべき、独自の魔法を行使できるのじゃ」
「そ、それじゃあ封鎖世界限定なら過去にも行けるってことに?」
「無理じゃ」
無理なのかよ!
「飛ばせたとして、魂だけじゃろうて」
――魂?
「俗に『魂』と呼ばれるものは、我の感覚だと故人の記憶に過ぎないのじゃが。エキドナはそれを単一の存在と見做すことで、記憶と人格を移し換えるという秘法を編み出したのじゃ。そこそこ天才じゃの」
『程度は違えど、ヒュドラの九つ首や百頭竜はその魔法を使うことが出来る。魔法とは考え方なのだ。ヒュドラの眷属には出来ても、僕たちに同じことは出来ない。しかし――』
「しかし、それを模倣できてしまう者がここに居るというわけだね」
三者が俺に目を向ける。
いや、アネモネに目は多分無いが……。
あったとしてもどれだか分からんが……。
『結論から言おう、オロチ。君の記憶と人格だけならば、封鎖世界の過去に送り込むことが可能だ』
「記憶と、人格だけ……」
よく意味が理解できず、オウム返しに答えてしまった。
『そうだ。つまりほぼ何も出来ない。過去の封鎖世界を観測は出来ても干渉はほとんど出来ない。ヒュドラがもし君の立場であれば、過去の人間を乗っ取るくらいは出来たかもしれないが、君の性格では多分無理だろう。それに――』
アネモネの視線というか気配が、ハトホルのほうに向いた気がする。
『歴史を変えるというのは、それこそ終末化現象を引き起こすようなことだと僕は思う。だからカオスたちを殺しても現在の状況が変わるかは怪しいし、そもそも彼らを殺す手段がないだろう』
「過去の時代で協力者を募れば良いじゃろ」
簡単に言ってくれる。
もし協力を得られたとしても、初代のネメア人がカオスに勝てるわけがない。
ネメア人とはそもそも人間と大差ない種族なのだ。
それ以外の種族……いたとしても、それはカオスやクロノスの直属の配下のはずだ。
それを裏切らせるなど不可能に近い。
…………。
本当に誰もいないのか?
何か見落としてはいないか?
この心に引っ掛かるものはなんだ?
新世界ネメアとは、終わりの迷宮の果てにあった場所だ。
迷宮……果て……奥底……。
「あ――」
いた……。
いるじゃないか!
俺たちよりも先に、ただひとり迷宮の奥底に挑んだ奴が。
ドゥームダンジョン最凶最悪の男――『セルベール』。
あいつは今、何処で何をしている?
『セルベール? その男が、四百年前の新世界にいる可能性があると?』
「いたとして、その男でカオスたちに勝てるのかのう?」
「あいつは得体の知れない強さを持っていた。ドゥームフィーンドの中で、百頭竜の領域に一番近かったのはあいつのはずだ」
しかしセルベールであっても、カオスとクロノスに勝つのは難しいだろう。
また、倒したところで歴史が変わらない可能性も高いという。
「なら、アヤセは四百年前の時代に転移して、直接カオスたちを倒すことを目指すのかい?」
「何度も試せるような方法ではないぞ。それに汝自身が望まねば、時の向こうから帰ってくることは出来ないじゃろう」
先に言え。
『逃げ出したいと思ったなら、すぐにでも帰ってこれるだろう。だが、君の性格だと目的を達成したと自分で納得せねば、帰ってこれないのではないかとも思う』
「……もう少し、考えさせてくれ」
引き続きシュウダの行方を探す場合はどうか。
シュウダはネメア帝国史中期の人間。
ドゥームフィーンドの寿命は人間と大差無いという。
セルベールが新世界に迷い込んでいた場合、その時代だと既に寿命だ。
終末化現象が発生したのは、現実の時間ではつい最近のこと。
発生してから一ヶ月も経っていないのだろう。
だが、時間の進みが異なる封鎖世界から見た場合、それが発生したのはいつだ?
「…………っ!」
「アヤセ?」
――その時代、世界の果てに大きな変化が起こり、この世の終わりを主張する声が多くなった。
歴史書に記されていた一節だ。
だが帝国はその後二百年間続いており、世界の果てもただそうしたものとして受け入れられた。
これは世界の果ての先が、地獄のような光景に変化したことを記していたのでは?
時間の進みが異なる封鎖世界の内部から見た場合、暴風も、あるいは稲光すらも止まって見えたかもしれない。
封鎖世界内部は夢幻階層と同じく、昼も夜も擬似的な現象として空を染め上げているのだ。
境界線に近付かなければ、外の様子を見ることは出来ない。
二百年前……。
それは九つ首に名を連ねるカダ、トウテツ、シュウダが活躍したという動乱の時代だ。
ヒュドラ生物とは異なる進化を遂げ、たいした力を持たないネメア人。
そのうち同じ時代の三人もが新生ヒュドラ――
いや……《コズミック・ヒュドラ》の一員という不自然さ。
誰も望んではいないはずの星の滅亡。
超越者たちは、カオスはそんな失敗をするような男ではないと言う。
終末化現象とはなんだ。
それは、行き過ぎた力が引き起こす反動の滅亡。
地球と似たような文明の惑星でいえば、科学が発達し過ぎたがために起こることもあるそうだ。
つまり、超越者のような卓越した個の力でなくとも。
コズミック・ディザスターを呼び寄せてしまう可能性はあるのだ。
今起きている終末化現象は、クロノスの時間魔法が原因なのは間違いない。
しかし、それは意図的に滅びを呼ぶためのものではなかったはずだ。
どこかで、
もしや……。
もしや、終末化現象が発生した直接の切っ掛けは。
――カオスたちヒュドラ生物ではなく、ネメア人にあるのではないか?
そんなものは俺の想像に過ぎない。
だが、終末化現象の理由を調べ対策を練るというなら、時間魔法が原因であることは分かりきっている。
なら、四百年前に行ったところで新たな情報が得られるだろうか?
迷宮魔法は何度も試せるような術ではないという。
目的を遂行できなければ、俺が帰れなくなる可能性すらある。
これは……星の命運を賭けた大博打だ。
「二百年前の時代に行って、終末化現象の真相を探る」
アネモネとハトホルは直接封鎖世界に行くことは出来ない。
迷宮魔法を行使するにあたり採用された方法は、モニクが連れている例の強化ウィスプを使う方法だった。
「この人魂なら頑丈そうじゃから、ちいとばかし過積載しても問題なかろ」
おいおい……。
『《時間魔法》……《過去視》……《時間転移》……《千里眼》……《並列思考》……《念話》……《念動力》……《精神武装》……《精神憑依》……』
「おうおう、駄目元で色々ぶっ込んでおるのう」
なんだよ精神憑依って。
人間を乗っ取るのは俺には無理だって言ってただろ。
本当に駄目元なんだな……。
翠色のウィスプが、プスプスと音を立てて煙を噴いている。
大丈夫?
死んじゃわない?
ウィスプってアンデッドだからもう死んでるのか?
『準備は出来た。後は現地で冥王に迷宮魔法を行使してもらえば良いだろう』
「それじゃあ、行こうかアヤセ」
へいへい……。
滅亡の危機だってのに緊迫感薄いなあ。
アネモネは地球滅んでも生きてけるんだろうけど、死の超越者と元死の超越者は……ひょっとして覚悟キマっちゃってるのかね?
――惑星ネメア。封鎖世界。
神殿の南の海岸へと再び戻ってきた。
迷宮魔法がどんなものかは分からないが、人目を避けるためだ。
「アヤセ……辛くなったら逃げ出してもいい。滅亡の宿命が避けられなかったとしても、せめて最後はここへ帰ってきてくれないか?」
覚悟キマってるらしかった。
「そうさせて貰うよ。でもアネモネの見立てだと、俺の性格じゃ難しいんじゃなかったか?」
「帰りたくても逃げ出したいと思えないのだったら、ボクに会いたい、でもいいんだよ?」
「……参考にするわ」
互いにふっと笑うと、モニクは両の手に掲げるように翠のウィスプを差し出した。
迷宮魔法《時間転移》。
今から二百年前の新世界ネメアに転移するのは、俺の記憶と人格のみ。
具体的に何がどうなるのか、術者のアネモネにすら分からない。
前代未聞の魔法が行使された。
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