第135話 星降る空のエトランゼ
現実に存在する星だと?
そして、今まさに終末の時を迎えているってのか?
アネモネには新世界の物資を色々と鑑定してもらっている。
それを手掛かりに、事実を推測していったのだろう。
『もうひとつ。惑星ネメアにて《封鎖世界》が創られたのは四百年前ではない。せいぜい一ヶ月前……。ネメア人という種族が誕生したのも同時期だと推測される』
なっ……!
『君は神殿階層でケクロプスの騎士が残した手記を直接手に取ったことがあるのだろう? 先月のことだ。そして今月になって僕が鑑定したその紙片は、文字が記されてから四百年の歳月が経過していた』
神殿階層の中は、たったひと月の間に四百年が経過していた?
そして、神殿階層とはネメア帝国の一部だ。
ネメア帝国の建国は四百年前とされている……。
「言わずとも分かるだろうが、これは《時間神》クロノスの仕業だね。瓦礫の街でアヤセがカオスたちに接触した後、封鎖世界とネメア人が創造され、クロノスは封鎖世界内の時間を四百年進めたのだ」
そうだ……クロノスは自分が『迷宮の力』を使うと言っていた。
封鎖世界もネメア人もあの莫大な規模だ。恐らくそれらも『迷宮の力』を使ってカオスが生み出したものだ。
創世神ヒュドラというのは――カオスのことだった。
エキドナの目的、自らが不老不死の神を目指すこととは全く方向性が違う。
奴の死後、それらは実行されたということか。
『ネメア人とは厳密には人間を元にした種族ではない。あれはドゥームフィーンドをモデルとして、更に人間寄りに進化した種族だ』
「夢幻階層の戦い……。ドゥームフィーンドとケクロプスの騎士の決着が、彼らの進化の方向性を決めた。カオスが今まで模索していたハイドラたちの存在、全てはこのためだったのだろう」
同族同士で戦わせ、生き残ったより強い種を強化する呪い、蠱毒の如き儀式魔法。
全ては環境に適応した新たな進化のため、同胞を守るため。
ヒュドラ生物の本能そのものだ。
ヒュドラ生物はエキドナたちオリジンの思惑を超え、毒の中で生きる生物ではなく、結局は人間のような特性の種族へと回帰した。
これが、カオスとクロノスの目的だったのか。
「補足するならカオスは空間魔法に特化し過ぎたヒュドラ生物なので、眷属の創造はそこまで得意ではない。ネメア人がドゥームフィーンドの特性をコピーして生まれた存在だとすれば、彼らの本当の創造主はハイドラであるとも解釈できるね」
ハイドラお前……新世界の神だったのか。
どこまで進化するんだ。本人の知らないところで。
「でも、ネメア帝国はなんであんな中世みたいな世界なんだ?」
『初代ネメア人は現代世界の記憶を持って生まれたはずだ。しかしヒュドラ生物とは異なり子孫に記憶と人格を引き継ぐ能力はない。現代の知識を伝えても、新世界には資源が無い。だから文明が急速に退化してしまったのだろう』
今の科学技術なんて、あっという間にロストテクノロジーになったってわけか。
「ヒュドラはいつあの星を確保した? カオスはともかく、エキドナの目的とはあまり関わりがないようだけど」
『約四ヶ月前、世界大災害のすぐ後だ。地球と同じくらいの規模と環境の星を見つけること自体、『迷宮の力』が無ければ不可能だっただろう。見つけたのがカオスなのは間違いないが、エキドナの存命中に、勝手に『迷宮の力』を行使したとは考えづらい』
「つまり惑星ネメアの発見はエキドナの命令のはずなんだ。でも、その理由までは分からない」
エキドナの目的……あるいは性格はどんな感じだったか。
ふと、奴の言葉を思い出す。
モニクに倒されるとき、エキドナは《コズミック・ディザスター》の出現を恐れているようだった。
奴は終末化現象を望んではいなく、また自らの滅びがきっかけでそれが起こると考えていた。
実際には、ヒュドラを滅ぼした程度では終末化現象は起こらない。
エキドナはその危険性について、非常に慎重に見積もっていたといえる。
そういうことか……。
「エキドナは、『迷宮の力』を使って自身が神を目指すことで、《終末化現象》が発生すると考えていたんじゃないか?」
「言われてみれば、そうかもしれないね」
「これはあり得るだろうか? エキドナは、地球とは別の星を生贄にして神に進化しようとした」
アネモネの触手の動きがピタリと止まった。
『これは驚いた……! 魔法とは考え方。君はヒュドラの発想を読み解くことに長けているからこそ、あれだけのヒュドラ魔法を模倣できるのだな。《終末化現象》を別の星に押し付けることがエキドナの企みだったとは。しかし、その企みは実行していたとしても失敗しただろうね』
ふむ……どうしてだろう。
アネモネの次の言葉を待つ。
『終末化現象の原因となったのは間違いなくヒュドラだ。だから、滅びの因果はヒュドラに深く結び付いている。エキドナは惑星ネメアを贄にしようと目論んだのだろうが、目的を成就しても滅びの運命は避けられなかっただろう。エキドナだけでなく、地球をも巻き込んで』
「だったら今の終末化現象は、地球に及ぶ可能性もあるのか!?」
『可能性だけなら残念ながらある。その時にならないと分からないがね』
まじかよ……。
しかし、エキドナの目的は実行されなかったはずだ。
なら、どうして今の終末化現象は起こっている?
「カオスたちは何処に行ったんだ。あいつらなら、何故こんなことが起きているのかも知っているんじゃないか?」
「カオスとクロノスは本来ならもう寿命だ。その一方、四百年という時間は彼らが超越者に至るに十分な時間。ヒュドラ生物の特性を用い、記憶と人格――魂だけを分離し超越者に至らしめようとした。恐らくは新世界を外敵から護るために」
時間を進めたのはそのために……。
ヒュドラは敵を作り過ぎた。
だから、種を守るために力が必要だった。
魂だけ、実体の無い超越者。無より現れし神。
奴らは、あのミドガルズオルムと同じような存在になったというのか。
新生《九つ首》もケクロプスのような例外を除き、魂だけの存在という話だった。
そうか……そこにカオスたちの現状のヒントがあったんだな。
というより、改めて考えてみると。
カオス、クロノス、カダ、トウテツ、シュウダが死亡。
新世界に居たと記録されているメドゥーサも恐らく死亡。
また、百頭竜ネメアが初代皇帝のことであればやはり死亡。
情報が一切無いヴリトラを除けば、ケクロプス以外は全員死亡している。
ケクロプスは、クロノスが時間を進めている間はこちらの世界に居たのか。
多分、万一に備えて対超越者結界を保持するため、とかの理由で残されたのだろう。
「そうすっと、ケクロプスの言う新生ヒュドラの目的ってのはいったい……いや?」
いや待て。
終末化現象とは不可避の滅びの現象。
思い起こされるのは『全てを滅ぼせ』という新生ヒュドラの言葉。
「これは……偶然か?」
『偶然ではない。君の想像する通りだ。宇宙の歪みを是正する力、《コズミック・ディザスター》はその星を滅ぼすために最適化された形で具現する。つまり今回は、惑星ネメアにおける絶対強者の姿を取ったのだ』
「新生ヒュドラの正体は、《コズミック・ディザスター》か!」
でも、何故だ。
「そもそも、どうして終末化現象が起こった?」
『時間魔法というのは、本来脆弱な魔法なのだ。せいぜいが生物一体の速度を変化させる程度のもの。直径千キロに渡る空間の時間を四百年も進めれば、まず間違いなく惑星破砕レベルの揺り戻しがやってくる』
じゃああいつらは、宇宙レベルの自爆をかましたってことなのかよ!
「宇宙レベルの馬鹿なの!?」
「アヤセの言いたいことは分かるが、カオスという男はそこまで愚かではない。それを防ぐための《封鎖世界》だったのだ」
アネモネやモニクの見立てでも、カオスであれば宇宙の理から隔絶された空間を創り、時間のズレによる歪みを防ぐことは可能なのではないかということだった。
予定の段階では、問題はなかったはずらしい。
……だが、結果はこの通りだ。
少しずつ真相が明らかになり、動機などもはや重要ではないことを思い知る。
今、惑星ネメアには真の滅びが迫っている。
地球をも巻き込む可能性すらある。
それでも、可能な限り地球に避難させるべきか?
ネメア人はヒュドラ毒満ちる迷宮を通ることは出来ないのに?
なんらかの魔法を使ったとしても、救える数には限度がある。
それに、地球で彼らは生きていけるのか。
ドゥームフィーンドですら、この星には居場所が無いのが実情なのに?
コセンやラウルはそれを望むのか?
コボルドたちの、セレネの気持ちは如何ばかりか。
ハイドラの、そしてハイドラを慕う者たちの……未来はどうなる。
俺には悪い予感がある。
確信と言ってもいい。
それは……。
ネメア人を見捨てるような根性では、遠からず地球も滅ぶということだ。
そんなヤツには…………何も守れないからだ!
俺は――
俺のすべきことは――
「話は全て聞かせてもらったのじゃ!」
突如、ガラッという音と共にオペセンの窓が開け放たれた。
窓から入ってきたのは、オリエンタルな衣装に身を包んだ黒髪褐色肌の女。
「ハ、ハトホル!?」
「人類は滅亡する! だから、なりふり構わず宿命に抗いに行くのじゃろ?」
驚いているのは俺だけのようなので、ビールの神様にして《死の超越者》――ハトホルの存在に気付いていなかったのも俺だけなのだろう。
いつものアレ。
『ハトホル。コズミック・ディザスターを止めることなど……不可能だ』
「それでもそこのオロチは挑む気ぞ。
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