第132話 魔王城

 このショッピングモールが本物と違う点といえば、森の木々が壁の内外に出たり入ったりしているところだろうか。

 また、夢幻階層同様に内装の機能等を完全に再現しているわけではない。

 言ってみれば巨大なハリボテだった。


 とはいえ、後から部分的に作り込むことも可能だそうだ。

 セレネひとりでその全てを作るのは負担なため、コボルドたちが内部をリフォームすべく乗り込んでいく。

 俺はかつて《つるぎの街》で回収した資材や、ホームセンターで収納した道具などをどんどん渡していった。

 多分足りないなこれ……。

 後で元の世界に戻って、もっと色々持ってこよう。


「なんという砦だ……。オロチ殿は戦争でも始める気――いや、神々と戦うのだったか」

「砦じゃなくて店なんだよこれ」


 信じ難い、という目を向けられてしまった。

 確かに、ネメア人はともかくヒュドラとは戦争中だ。

 この世界はネメア人の国であると同時にヒュドラの根城でもある。

 敵陣のど真ん中に砦。それも悪くない。


 ブレードと一部のコボルドたちが、猪や鹿らしき動物を担いで戻ってきた。

 食うつもりか。

 そういえば、コボルドたちは自給自足を目指していたるんだったな。

 この森林で採取し、狩りをして生きるのは、あいつらにとっても願ったり叶ったりなのかもしれない。


 マーセナリーたちがこちらに駆け寄ってきて、調味料を要求された。

 まあ、その辺は難しいよな。いきなりは。


 昼は移動中で携帯食だけだったし、夜はしっかり食っておきたい。

 俺たちの世界のカロリーバーの味は、ラウルにはウケていたみたいだが。




 作業開始から数時間後、モニクがコボルド二名を連れてやって来た。


「よくここが分かったな?」

「コボルドたちが連絡員を務めてくれたからね」


 モニクは神殿階層の書類や壁の欠片、新世界の石ころなんかを持ち帰ってアネモネに鑑定してもらっていたらしい。

 なるほどそんな手が。

 確かにアネモネなら、魔力体力の限界とかお構いなしに色々解析できそうだ。

 天叢雲剣を持ち帰るのは……駄目だよなやっぱ。


 メシの準備が出来る頃になると、ようやくツミレが転移してきた。

 正直お前の存在を忘れていた。

 ご飯の時間に間に合ってえらい。


 ショッピングモールの中庭にて、総勢数十名のコボルドたちとメシを食う。

 現地の野趣あふれる味を楽しんだり、ラウルに向こうの世界のものを食わせたりして、大いに盛り上がった。


 新拠点一日目の夜は、こうして更けていった。




 数日が過ぎた。


 俺は元の世界――『始まりの地』から物資を補充したり、アネモネに鑑定してもらう物を持ち帰ったりと忙しい日々を送っている。


 コセンとも連日相談をおこなう。

 俺はシュウダのことを調べるために。

 コセンは天叢雲剣を渡す相手を見つけるという、先祖代々の使命を果たすために。

 俺たちの利害は一致していた。


 新世界でヒュドラと戦争することについてはどう思っているのか、改めて聞いてみたところ。

 実際にヒュドラがどのような存在で、どういった戦いになるのか、コセンには想像が付かないらしい。


「決闘のようなものなのでしょうか? 周囲に被害などは発生しますか?」


「今のヒュドラがどこに居るのか、どれくらい強いのかが分からないからな……。俺たちとしては、向こうから攻めてくるなら拠点の森の外には被害が出ないよう努力はする。その辺はセレネと協議中」


 天叢雲剣については、そもそも剣を収める透明の巨岩自体が、地面の下の迷宮と一体化していて誰にも持ち出せないらしい。

 エクスカリバーみたいに、選ばれた使い手なら取り出せたりするんだろうか。

 モニクの鑑定によれば岩の硬度は迷宮の壁並で、ハイドラの本気でようやく壊せるくらいのレベルなのだとか。

 それ実行したら神殿も全壊するやつじゃん却下。




 拠点の改装が一段落すると、監視用のウィスプを何体か残して、神殿で資料を読む時間が増えた。

 俺の頭じゃ語学力なんてたかが知れてるのだが、どういうわけか新世界の文字もすぐに読めるようになった。

 念話の魔法で文字も読めるわけではないが、言語理解に相当な補正が入るのだろう。


「んん?」

「どうされました?」


 ウィスプから脳内に垂れ流される画像に思わず声を出すと、コセンに怪訝な反応をされた。

 能力を絞ることで、ウィスプの通信射程距離は飛躍的に向上している。

 今使っているのは自力での移動すらほとんど出来ないタイプだが、映像と音声を数キロメートルも飛ばすことが出来る。


「拠点に妙な連中が来てるな」


 手元のウィスプに指示を出すと、揺らめく燃えさしは発光して中空に画像を投影した。

 俺の新たな特技により、拠点の様子が映し出される。

 そこには、ネメア人と思しき集団と対峙するハイドラやコボルドたちの姿があった。

 その映像を見たコセンが言うには。


「あれは……森林を移動して交易を行う商隊ですね。街道に分かれ道が出来たので、そちらへ向かったのでしょう」


 セレネが作ったあの道ね。

 そりゃあいきなりそんなものが増えていたら、進んでみたくはなるだろう。

 ただ、東の森はそんなに安全な場所ではないというのが、ネメア人の共通認識ではなかったか。

 彼らは神殿の西の街と北の街。その間で交易する集団らしい。

 神殿にも物資を運ぶ役割を担っているそうだ。


「危険な森を行き来する商隊ですからね。気性の荒いごろつきと紙一重の連中なのです。必要悪といいますか」


 言われてみると、なんともガラの悪い連中だ。

 ファンタジーな洋ゲーとかに出てきそうな感じ。

 慌ててコボルドに指示を飛ばす。


「シチリン、そいつらは一般ネメア人だ。ハイドラに殺すなって伝えろ」


 その場に居たシチリンが連絡用のウィスプに向けてジェスチャーを送る。

 了解したようだ。


『ああん? てっきりヒュドラの手先かと……シメるのは構わねーんだな?』


 ウィスプを通じて、絶望的に交渉下手な奴の声が聞こえてきた。

 いや……出来れば平和に話し合いをしてほしいが。

 雰囲気的に無理っぽいなあ……。

 交渉に関して俺も人のことは言えないが、あいつやブレードとは一緒にされたくない。


 そして、乱闘の音と雄叫びが聞こえてきた。


 ハイドラは俺たちの中では周囲から心配されがちだが、それは相手がそこそこ強敵だった場合の話である。

 身体スペックの割に隙だらけだからな……。

 超強敵が相手なら最強なのだが、それは今は関係あるまい。

 いずれにせよ、一般ネメア人程度では百人束になろうが普段のハイドラにすら敵わない。


 本職は商人であるらしいごろつき共は、ショッピングモールに興味があるのだろう。

 脇を抜けてコボルドたちに襲いかかった奴は、ナイトにあっさり取り押さえられた。

 少し離れた場所では、マーセナリーの投擲したボーラに絡まって転がってる奴も見える。

 メイジたちは何もしていない。あいつらが攻撃すると死人が出るからな……。


「あ、今ハイドラにぶっ飛ばされた奴。打ちどころ悪そうだから治してやって」


 ヒーラーに治療を命じると、倒れている商人たちを光が包み込む。

 これでまた襲いかかってくるようなら知らんが、治療された連中は流石に戦意が喪失したらしい。

 喧騒は徐々に収まっていった。




「んで? こいつらはお前の配下になったん?」

「いや別に配下とかいらねえし。どうしろってんだよ」


 ショッピングモールの西側広場には、コボルドたちと同じくらいの数の商人が整列していた。

 人間種に混ざって、何種類かの獣人種も居る。

 映像で見た時は居なかったが、馬車とか非戦闘員も森で待機していたようだ。

 ラウルが彼らとは顔馴染みだったようなので、俺たちのことを簡単に説明してもらった。

 ここが戦場になる可能性についても。


「あっしらはハイドラ様に従うと決めたんで。自分の身は自分で守りやす。オロチの旦那からもなんとか言ってくれやせんか」


「配下になってどうすんの……? この施設を通ったほうが北との交易がやりやすいってんなら、少しくらい滞在しても構わんよ。ただしさっき説明したように安全の保証は出来ないから、いつでも避難できる準備はしておいてくれ」


「はっ!」


 ガラの悪い連中は、声を揃えて返事をした。

 ヒュドラとの戦いを控えている今、ここにネメア人を滞在させることはあまり望ましくはない。

 ただ、彼らは常に移動している商隊なので、出入り禁止にするほどでもないだろう。


 と、思っていたのだが。


 どうも噂を聞き付けたらしい近隣の街の奴らが、ぽつぽつと拠点を訪れるようになった。

 危険な獣がうろうろする森の中に入ってくるような連中なので、それなりに腕に覚えはあるらしい。

 中には、噂のハイドラと腕試しの決闘をしたいとかいう冒険者まで出てくる始末。


 この世界……冒険者なんていたのか。


 ハイドラにたまたまエンカウントして戦えるのはごく一部。

 だいたいの奴はコボルドたちにボコられ、運の悪い奴はブレードと戦う羽目になった。

 そしてそのうちの何割かは、どうしてそうなるのか知らんがハイドラの配下に加わった。

 無論、ハイドラ本人の与り知らぬところである。




 ネメア帝国南東の端、帝都から最も離れた辺境の田舎。

 その地域で、東の森に魔王の城が出現したという噂は、猟師や商人、冒険者たちの間で静かに広まりつつあった。

 主に彼らの娯楽的な意味で。


 そう、この世界は娯楽に乏しいのだ。

 ショッピングモールは元来、娯楽施設も兼ねてるのでそんなに間違ってねーけど。

 娯楽施設の城というと某灰かぶり姫を連想するが、残念なことに呼び名は魔王城である。

 噂の発端となった誰かさんは、お姫様とかいうガラではない。


 あのショッピングモールを作った企業も、三号店が別世界で魔王城呼ばわりされることになろうとは、夢にも思っていないだろう。

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