第131話 新世界

「神殿の地下から人が現れたという話を聞いたとき、コセン殿は先祖代々の使命を自分が果たせるかもしれないと、少しばかり過剰に期待されていたようなのだ。あまり気にしないでやって頂きたい」


「なるほどねえ……」


 神殿を後にして外界を調査する俺たちには、ラウルが案内役として付いて来てくれた。

 セレネの希望で、森林の中に作られた道を北に向かって進んでいる。


 例の剣はエーコに鑑定してもらったが、周囲の透明な岩を砕かないと、はっきりしたことまでは分かりそうにないらしい。

 展示室の鍵は頼めば開けてくれるらしいし、また今度調べてみよう。


 新世界の地図によれば、神殿の位置は南東にある小さな半島の中央辺り。

 北に向けて二時間も歩けば内陸部に出る。

 この辺りはまだ森林に囲まれていて、街道は西にあるという街に伸びている。


「さて、それでは東に進みましょう」


 ラウルがギョッとしたような反応を示す。

 俺にも獣人種の感情が少し読めるようになってきた。


「セレネ殿? 東には川があるが、そこまでの道も橋もないぞ」


「私たちは人知れずこの世界の神と戦うのが目的なのですから、人々が多く通るような場所に拠点を構えるわけにはいきません。ところで、森林って少し伐採しても問題ありませんか?」


 この世界の神と戦う。

 あらためて言葉にすると非常にアレ。

 ラウルも少し絶句していたが、気を取り直して質問に答えた。


「森林開拓は国がむしろ推奨しているくらいだが、それなりに凶暴な獣も出る。あなた方には問題ないのかもしれないが……」

「それくらいはあたしがなんとかする。でも、狩っても問題ないのか?」

「食えるのか?」


 ハイドラが意外と良識的な質問をした。

 ブレードはいつも通りだった。


 ネメア人以外の生物もヒュドラの創造物なのかね?

 ヒュドラは眷属以外にも迷宮とか色々創造できるし、動物や植物なんかの再生産も得意なのかもしれない。

 食い物しか再生産できない俺の上位互換だ。

 武器の修繕とかも多少は出来るが……。


「我々も狩っているし、食べてもいる」

「では、少々手荒にいっても問題なさそうですね」


 ラウルの返事を聞いたセレネはおもむろに対物理障壁を展開すると、それらを水平にして地面の高さまで降下させた。

 半透明多角形の薄い膜は地面の上で高速回転を始め、周囲の草を切り飛ばしながら唸り声を上げる。


 これは……電動丸ノコギリだな……。


 地面に沿って東へ進む丸ノコが、進行方向のあらゆる草木を削り始めた。


「木はそう都合良く外側に倒れてくれないので、適当にフォロー願います」

「あいよ」


 答えたハイドラが、片手から魔力弾を射出して倒れかけた大木に命中させた。

 こちら側に倒れかけていた大木は、切り開かれた道の外側へ方向を変えて倒れていく。

 道の中央部に残った木々は、俺の収納へ放り込むことにした。


「では、行きましょう」

「まさか……このまま川まで道を作る気なのか!」


 ラウルは唖然としているが、俺も少し呆れている。

 新世界を開拓する気なんだろうか。


 ほどなくして川に着いた。思ったより川幅がデカい。

 聞いた通り、橋も何もない。というかこの世界の文明度合いからすると、ここに橋を架けるとか無理だろ……………………とか思った次の瞬間には橋が出来ていた。


「セレネさん……?」

「これはダンジョンマスターの魔法、《迷宮生成術》ですよ先輩。夢幻階層にあった橋は地上の橋のコピーですが、これも同じものです」


 異世界の大森林に似つかわしくないコンクリの橋がそこにあった。

 実に見覚えのあるデザインである。

 具体的には西の隣町の境界線にある橋だろこれ。

 アスファルトの道路には、ご丁寧に車線まで引いてある。

 絶対この世界には必要ないと思うぞ……。


「ドゥームルーラーの技、ますます冴え渡っているようだな」

「すげえな! これが裏ボスの力か!」

「私の親戚の人たち、この魔法見たら卒倒しそう……」


 ブレード、ハイドラ、エーコが口々に感想を漏らす。


「セ、セレネ殿。いったいどこまで……」


「始まりの神殿から見て、北東沿岸部の森は川に阻まれて、神殿と北側の街の間での往来は無いと聞きました。拠点にするならこの地域が妥当でしょう」


 ……俺、拠点って聞いて家一軒とかそういうのをイメージしてたんだけどな。

 セレネの中でなんのスイッチが入ったのか、歴史シミュレーションゲームが始まりつつある。

 ラウルの立場からすると、隣接地にいきなりわけわからん強国が旗揚げしたようなもんだな。


「それに先輩。この地形、似ていませんか?」

「え? 何に……ってああ、そういえば」


 神殿にあった地図を鑑定した際に、魔力に刻まれたその形状を思い起こす。

 西側に川。南に海。東は川ではなく海だが。

 三方向を水に囲まれ、広さも恐らく同じくらい。

 新世界ネメア南東端沿岸部の森林地帯は、《終わりの街》の地形に似ているのだ。

 ちなみに帝国の首都は島の反対側、北西沿岸部に位置している。


 うん。セレネさんはやっぱ森林全域を拠点にする気らしい。

 帝国と戦争とか始めたり……しないよね?




 更に二時間ほど歩いた。

 たまに段差を迂回するくらいで、ほとんど減速することなく森林伐採をしながら東に進んだのだ。

 最初に「少し伐採」とか言っていなかったか。

 俺たちの世界の「少し」という言葉の意味が誤解されかねない。


「楽しめそうな場所だ。食うために狩りをして過ごすのも悪くない」


 森の奥を見ながら、ブレードがそんなことを言う。

 東の森の獣はそれなりに凶暴で、この地域に人が住まないのはそれが原因でもあるらしい。

 だが、今のところは襲われていない。

 ビビって逃げてしまったらしい気配もあったが、慎重にこちらの様子を見ている個体も居たようだ。


「着きました。では始めましょう」


 皆が足を止める。

 セレネは空間収納から三日月の杖を取り出して掲げた。


「コボルド軍団レギオン


 …………。

 何も起きない。


「えっと?」

「転移喚び出しですからね。向こうが承認したら成立します」


 言ってるそばから、数体のコボルドが周囲に現れた。

 あー、強制召喚とかじゃなくて、向こうの準備が出来てから転移なのか。


「オロチ殿……彼らは昨日の獣人種か?」

「ああ。全員仲間だから安心してくれ」


 続々と周囲の気配が増える。

 目の前に銀色の鎧を着込んだ、コボルドナイトのシチリンが現れた。

 続いてローブに三角帽子を装備した、コボルドメイジのスミビも現れる。


「シチリン、スミビ。皆を所定の位置から退避させて待機」


 セレネの命令を受けたユニークコボルドのふたりは、コボルドたちに無声の指示を飛ばし、俺たちの後方へと移動を開始する。

 更にコボルドマーセナリーのミノ、タン、ユッケが現れ、レギオンの指揮に加わった。


「全員揃ったのかな?」

「ツミレは昼寝中だそうです」


 相変わらず自由なヤツよ……。


 再びセレネは三日月の杖を掲げ、目の前の森に集中した。

 空間の歪むような気配がした。

 先程、橋を架けた時にも感じた気配。


 ――《迷宮生成術》。


 森の木々を包み、一体化するように石の壁のような物が地面から積み上がっていく。

 恐らくは、これが本拠地なのだろう。

 石壁は木々と一体化しながら徐々に建築物の形を取り始め――


 そして、見覚えのあるショッピングモールが森のド真ん中に顕現した。


 ラウルは絶句していた。

 俺たちも絶句していた。


 地上のショッピングモール一号店と夢幻階層の二号店。

 そして新世界の三号店である。

 んなアホな。


 あのショッピングモールを作った企業も、本物は災害でワヤになった上、別世界に勝手に支店を作られているとか、夢にも思っていないだろう。

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