終章 始まりの街のオクテット

第125話 迷宮の果てへ

 食堂に置かれたテレビの前では、女性陣がゲームに興じている。

 ハイドラに頼まれて、瓦礫の街から持ち帰ったものだ。

 とはいえ、今ではハイドラも空間収納を会得しているが。

 コレクションを守る必要に迫られて覚えたらしい。


 その輪に入っていなかった俺とブレードは、食堂の片隅でちびちびと飲んでいる。

 コボルドたちも今日の仕事を終え、めいめいくつろいでいた。

 ブレードはお猪口をコトリと置くと、俺に質問する。


「そろそろ行くのか」


 そうだな……そろそろか。


「神殿階層は結局一度しか潜ってないからな。何が起こるか分からんし、全員では行かないけど」


「なら創造主を連れて行くのはやめておけ。最前線に出すには少し不安がある」


 ハイドラか……。やっぱそう思うよな。

 実戦だととんでもないことになるんだが、直接見た俺も半信半疑だからなあ。気持ちは分かる。

 あと本気のあいつなら迷宮の壁も壊せるに違いない。

 迷宮内で本気の攻撃をぶっ放されると、俺が生き埋めになる。


「今回のメンツはとりあえずモニクだな。色々助言が欲しいから、現場を見て貰いたい」


 今のモニクが対超越者結界を素通りしてダンジョンに入れることは確認済だ。

 ハイドラの訓練がてら、よくエーコと三人で地下洞窟エリアに潜っている。

 ヒュドラ生物にはたまに遭遇するみたいだが、奴らはハイドラに攻撃はせず逃げちまうんだよな。だから実戦訓練、というわけにはいかないようだ。


「あとは……そうなるとやっぱブレードか」

「あの神殿階層では、拙者の出番は無さそうな予感もするがな」


 前回は全く敵が出なかったからなあ。

 出たら出たで一度は引き返す予定だし、あまりブレード向きの仕事じゃないのはその通りか。ハイドラだと不安があり、ブレードだと過剰戦力。


「だったら私が行きましょうか」


 いつの間にかゲームから離れて、近くに来ていたセレネがそう提案した。

 無表情なので真意を測りかねる。


「えっ……。セレネが動くの? どういう風の吹き回し?」

「先輩は私のことなんだと思ってるんです?」


 えっと……やる気の無い司令官……?

 もう少しオブラートに包んで言うと。


「動かざること山の如し……みたいな」


 セレネは俺に向けて無表情でダブルピースした。キャラがよく分からない。




 俺の推薦でコボルドマーセナリーのミノにも来て貰うことになった。

 俺、モニク、セレネ、ミノの計四人。


「じゃ、アヤセくん。私たちはこっちだから」

「ん。気を付けてな」

「お前らこそな。あたしらは別に危険なとこ行くわけじゃねーし」


 エーコとハイドラ、あと勝手に付いて行ったツミレは、北の迷宮入口から洞窟エリアの調査を兼ねた訓練に向かうようだ。

 俺たちは西の駅からだな。

 別れの挨拶をして、各々迷宮へと向かう。


 俺たちも道中ヒュドラ生物に襲われることはなかった。

 西の駅、地下洞窟エリア、ドゥームダンジョンと順調に進み、夢幻階層の西の境界線、橋の手前までやってきた。


「こっから先が神殿階層だ」


 転移時のトラブルに備えて軽く打ち合わせをすると、慎重に橋を進む。

 そして、四人共無事に神殿階層へと転移した。


「ん?」

「む?」

「どうかしましたか? ふたりとも」


 このメンバーは俺以外は初めて神殿階層に入る。

 だからモニクの疑問は俺とは別の内容だろう。


「夢幻階層は異空間迷宮だったけど、この神殿階層は普通の迷宮だね……?」

「そうみたいですね」


 え……。

 モニクとセレネはそんなことが分かるのか?

 夢幻階層は空とかあるし、どう考えても《終わりの街》の地下に普通に収まっているわけではない、というのは俺にも分かる。

 でも場所が屋内だと、普通の地下迷宮か異空間迷宮なのか俺にはさっぱりだ。

 これは神殿階層攻略に於いて、なんらかのヒントになるかもしれない。

 このふたりを連れてきたのは正解だったな。


「それで、アヤセは何か気になることがあるのかい?」

「いや、この階層……。なんか、前来た時よりもボロくなってるような……」


 それを聞いたモニクは近くの柱に向けて歩き出した。

 ミノが護衛のように後に続く。


「今のボクではそこまで場所の記憶を読むことは出来ないが、この迷宮はだいぶ古くからあるようだ」

「ふうん……つまり?」

「元から古いので、アヤセの気のせいでは?」

「え……いや前回はもっとこう、新築感があったんだけど」

「先輩、そういうのは思い出補正っていうらしいですよ」


 し、信じて貰えねえ。

 人選をミスったかな……?

 顔を少し傾けてこちらを見上げるミノの視線に、やや同情めいた気配を感じる。


「冗談だよ、アヤセ」

「そうですよ先輩」


 キミたち変なところで息ぴったりだね……。


「さて、そうなるといくつか疑問が出てきますね。まず、この迷宮は先輩が前回来たところと同一の場所なのでしょうか?」


「地形の情報は前回と一致するな。ただ、俺の鑑定は普段は精度が低いんで詳しいことは分からない」


 確かにそこは疑ってかかるところかもしれない。

 しかし、もっと根本的な疑問として、そもそも神殿階層ってのはどこにある迷宮なんだ?


「アマテラスの鬼塚さんが言うには、《終わりの迷宮》のドゥームダンジョン辺りまでの地形は俺たちの証言とそう変わらないそうだ。その下ははっきりと透視できないらしいが、俺はそこが夢幻階層だと思ってたんだけど」


「《龍脈》の異能者か。夢幻階層は異空間迷宮だが、それを発生させた術式が設置されているのは《終わりの街》の地下で間違いないのだろうね」


「なら、神殿階層というのはその下に? それとも、《終わりの街》とは別の場所にあるんですか?」


 そういう……可能性もあることになるよな。

 前回来たとき、神殿階層には上り階段しかなかった。

 もしやこの迷宮を上っていくと、元の街とは違う地上へと出るのだろうか。

 俺が考えている間も、モニクとセレネは意見を交わしている。


「この神殿階層というのが元から用意されていた別の迷宮だとして。夢幻階層を中継地点として《終わりの迷宮》とここをつなげている、ということになるのかな」


「そんなことをする理由はなんでしょうか? 封鎖地域で集めた魔力を移動させる必要があった? 《九つ首》の中で、終わりの迷宮の主だけは迷宮間を自在に行き来することが出来たのなら……」


「セレネ。キミの想像通り、カオスの役割は転移門で迷宮の魔力を集めることだったのだろう。強力な時間魔法を求めたエキドナの目的とも合致する。そしてその最終的な集積場所は、終わりの街ではなかったのかもしれない」


 ふたりの会話からすると、封鎖地域の魔力は各迷宮の転移門を通じて終わりの迷宮へと集められる。

 そして、夢幻階層を経由して神殿階層。更に、その先にある場所へ――


「――迷宮の果て」


「それは、カオスがキミと決着を付けると言っていた場所か」


「なるほど分かりました。では私たちは神殿階層の終点を見つけて、そこにハイドラとブレードを送り込めばいいのですね」


 セレネの中でそのふたりは決戦兵器かなんかなの。

 そしてさりげなく自分自身を戦力から外したな……。


 俺が先頭、ミノが殿しんがりとなって最初の階段に進む。

 次に目指すのは神殿階層二階の最初の部屋だ。

 モニクたちなら何か新しい事実に気付くかもしれない。




 二階、といっていいのかどうかはともかく、転移門からひとつ上の階へとやって来た。

 本来ヒュドラの迷宮の壁は強固で、百頭竜クラスの力でもない限りは破壊できないはずだった。

 しかし、この神殿階層の壁や柱はそこかしこにヒビが入り、砕けた壁や天井の欠片が床に転がっている。

 前回はこんな状況ではなかったはずだ。

 壁の強度を鑑定してみたところ、ダンマスが不在になった地下迷宮程度の硬さだろうか。

 神殿階層が《終わりの迷宮》とは別の場所にあるというのなら、ダンジョンとしての性質も別物であっても不思議ではない。


 階段から一番近い扉を開けて室内へ侵入した。

 妙に扉の音が軋む。

 部屋の中は、前回出ていったときのままだ。

 そのときにブレードが放った報告書らしきものも、机の上にそのままに置かれている。


「やっぱり同じ迷宮だな。書類の位置も前に見たときと同じだ。ただ……」

「前に見たときよりも古くなっている、かい?」


 そう言うモニクは書類を見つめていた。

 紙で出来た書類は、迷宮の壁よりもはっきりと古びて見える。

 俺はその書類を手に取ってみようとしたが――


「……は?」


 指で掴んだそばから書類はボロボロと崩れ去った。

 まるで、長い歳月そこに放置されていたかのように。


「前は普通に読むことが出来た書類だぞ? どうなってんだ?」

「この部屋の紙、どれも完全に寿命ですね。軽く百年以上経ってそうです」


 馬鹿な。俺が以前ここに来てから、ひと月も経っていない。

 仮にその時点で紙が古かったとしても、こんなに急激には変化するわけがない。


「時間魔法……。もしかしたらボクたちは、既にクロノスの術中なのかもしれないね」

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